04-3.
「はい。気を付けます」
アデラインは言葉遣いを正す。
貴族の出身であることは公にしている為、極端に言葉遣いを崩すわけではない。丁寧な口調の男性であるように振る舞うのは、慣れたものだった。
先ほどまでのやりとりを誤魔化すかのように、アデラインは適当な箱の中にコルセットなど詰めていく。それをソファーの下に隠そうとして、手を止めた。
「メルヴィン騎士団長。執務室には副団長も来られますので、荷物をここに隠すと都合が悪いでしょうか?」
「……そうだな。こちらに空きがあるから、そこに入れておこう」
「ありがとうございます」
アデラインは箱を抱えて立ち上がる。
……体が軽いですね。
圧迫をしていないからだろうか。
男装をしていない普段着であっても、ドレスを着用する為のコルセットを身に付ける日々に慣れている為、コルセットがないことに違和感を抱きつつも、開放感を感じる。
「……冬用の上着もあるが」
メルヴィンは箱を運んでいるアデラインに視線を向けつつ、問いかけた。
管理は行き届いているものの、私用となっているクローゼットには季節関係なく予備の隊服が一式揃えられていた。その中には、冬用の厚手の上着も含まれていたようだ。
「厚着をしなくても大丈夫です。不格好ですが、急激に痩せたようには見えないでしょう?」
「いや。まあ、胸にいたっては成長期を疑われるかもしれないが」
「見ないでください。これでも気にしているのですから」
アデラインはメルヴィンに箱を渡す。
それを当然のようにメルヴィンは受け取り、クローゼットの中にしまう。メルヴィンしか使わないのにもかかわらず、かなり余裕をもって作られていたようだ。
「気にする必要があるのか?」
「あります。圧迫をしすぎて失神をしたのをお忘れですか?」
アデラインは当然のように言い返した。
「……それもそうだな」
メルヴィンの問いかけの意図は伝わらなかったようだ。
わざわざ言い方を変える必要もないだろう。
「合同任務には参加をするつもりか?」
メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは眉をひそめた。
「当然です。私は騎士団長の補佐役です。いつも通り、最前線で騎士団長を支えるつもりですよ」
アデラインは即答する。
問いかけられた意味がわからない。
……元々は合同任務の話をしていたのでしたわね。
アデラインが意識を手放す前まで話していたことだ。
近日中に行われる大規模な討伐任務では多大な犠牲者がでてしまう。その犠牲を最小限に食い止め、魔物の暴走を抑え込む為にも、学生であるエステルが強制的に参戦させられるのだ。
騎士であるアデラインが参加しないわけにはいなかった。
「危険ではないか?」
メルヴィンの言葉に対し、アデラインは首を横に振った。
「危険のない任務などありません。討伐任務は危険が伴うものです。メルヴィン騎士団長らしくないお言葉かと思いますが?」
アデラインの実力はメルヴィンも知っている。
その上で危険であると口にするのは、アデラインが女性であり、自身の婚約者であると知ってしまったからだ。
「危険性を考慮するのならば、騎士団長には最前線ではなく、後方での指示に回っていただきたいくらいです。指揮官の貴方が最前線に立つほど危険なことはありません」
アデラインは遠慮なく言葉を続ける。
「私のことは心配しないでください。これでも、討伐任務の成績はトップクラスです。私の実力は騎士団長もご存知でしょう?」
アデラインは踵を返す。
与えられた補佐役用の机の上にある書類の束を掴み、すぐにメルヴィンの元に戻る。躾の行き届いた飼い犬のような動きをするアデラインに対し、メルヴィンは複雑そうな視線を向けていた。
「事前調査に目を通されていないようですね。こちらをどうぞ、お読みください」
アデラインは書類の束をメルヴィンに渡す。
「嫌になるほどに読んだが」
「それでしたら、今回の大規模討伐の対象がゴブリンであることも理解してますか」
「当然だ。繁殖期に入る前の大規模討伐を提案したのは、他でもない俺だからな」
メルヴィンの言葉に嘘はない。
ゴブリンは定期的に繁殖期を迎える魔物である。
魔物の中でも知性は低く、欲望に忠実であると知られている。
彼らの繁殖力は凄まじく、数が増えすぎる前に討伐をするのが適切であると考えられてきた。
聖女の魔法の一つである聖域の効果を試す相手と考えると、非常に相性が悪い。聖域による浄化の影響を受け、理性を取り戻したとしても、たかが知れている。
魔物の暴走化による狂暴性を抑え込んだ隙に、制圧をすることになるだろう。
「狂暴化したゴブリンの中には人に手を出すものもいる。今回の討伐対象にも、その手のものがいるかもしれない」
「可能性は否定できません。それならば、すぐにでも討伐を行うべきと判断なさったのは正しいことだと思います」
「討伐は行う。だが、アディには危険な目には遭わせられない。なにか適当な理由を付け、本部に待機できるようにするべきだ」
メルヴィンの心配は当然のことだろう。
討伐から生き延びたゴブリンによる民間人の被害は、度々報告されている。それは、女性を子を産む道具として扱い、悪戯に辱め、残虐な方法で命を弄ばれた報告ばかりだ。
人型の種族がゴブリンの子を孕んだ報告はない。
それなのにもかかわらず、ゴブリンによる被害の報告は毎年確認されている。
……お兄様にも、その心配をしてほしいものです。
カーティスはゴブリンの生態を熟知していながらも、エステルの聖女としての力を試す絶好の機会だと主張しているのだ。
研究の為ならば、エステルの心が傷ついても気にもしないのだろう。
カーティスの性格をよく知っているからからこそ、アデラインは引くわけにはいかなかった。
「その状況下になった場合、真っ先に優先しなければならないのは、聖女様の安否でしょう」
アデラインは騎士としての答えを口にする。
「私の心配をしてくださったことには感謝します」
「心配をされて喜ぶくらいなら、素直に受け入れてくれ」
「それはできません。ですが、最大限の努力はします」
アデラインは引かない。
なにを言っても、討伐任務に参加するつもりだろう。
……メルヴィン様らしくもないですね。
本気で心配をしているのだと、嫌になるほどに伝わってくる。
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