04-2.
「わかった」
メルヴィンの返事を聞き、アデラインは顔を隠すのを止めた。
期待に満ちた視線が痛いほどメルヴィンに突き刺さる。
……わかってくださるなんて!
拒絶をされると覚悟をしていた。
婚約を白紙に戻されるかもしれないと覚悟をしていた。
それなのにもかかわらず、アデラインの勢いだけの本音をメルヴィンは受け止めてくれたのだ。
「今日のことは誰にも明かさないと誓おう」
「ありがとうございます! メルヴィン様!」
「だが、男装を黙認し、その正体も黙っておくんだ。当然、俺の要求にも応えてもらえるのだろうな?」
メルヴィンの言葉を聞き、アデラインの動きが止まった。
……怖い。
婚約を白紙に戻されるのではないかと不安が高まる。
正体が気づかれているとも知らず、結婚をしたくないと口走ってしまったのだ。それを口実にされてもおかしい話ではない。
「アデライン、返事はどうした?」
メルヴィンに迫られる。
……近いのではなくって!?
アデラインは動揺を隠せなかった。
下手に動けば唇が当たってしまいそうな距離だ。
「は、はい。もちろんですわ」
アデラインの声が震えてしまう。
その返事を聞いて納得したのだろうか。
「良い返事だ」
メルヴィンはアデラインの髪を撫でる。
部下を褒めるような仕草だ。女性だと気づかれる以前も度々髪を撫でられたことがあったが、その時よりも鼓動が高まり、赤くなった頬が元の色に戻らない。
「結婚をしても、男装をしたまま騎士として働いてもかまわない。もちろん、大公子妃になるんだ。今より、仕事の時間は減ることにはなるが、それでも、かまわないだろう?」
メルヴィンの言葉の半分も理解せず、アデラインは何度も頷いた。
アデラインの髪を撫でるのを止め、メルヴィンはおもむろに隊服を脱いだ。それを迷うことなく、アデラインに渡す。
「……洗濯物をメイドに渡せばよろしいのですの?」
アデラインは見当違いなことを口にする。
まだ動揺をしていた。混乱をしている頭ではメルヴィンの何気ない行動の意図に気づくことができず、言葉遣いにも気を回せていない。
「いや。それを着ていた方が良いだろう」
メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは首を傾げる。
「前を隠せないのだろう。近日中に隊服の寸法を見直した方が良さそうだな」
メルヴィンは言葉を付け加える。
そこまで言われ、アデラインはメルヴィンの言いたいことを理解した。
「……見ないでくださいませ」
「無理を言うな。目が行ってしまうのはしかたがないだろう」
「冗談でしょう。メルヴィン様は女嫌いだと伺っておりましたもの。それならば、お嫌いなものを視界に入れようと努力をしないでくださいませ」
アデラインは文句を言いつつ、渡されたメルヴィンの隊服を羽織る。
……詰め物をしていても、敵いませんわね。
両手を伸ばしてみたが、指先しかでない。
全体的に不格好ではあるものの、胸が丸見えになっているよりは良いだろう。余裕はないものの、隊服のボタンも問題なく止めることができた。
対格差を実感する。
男装している時は恰幅のいい姿になっていると思っていたものの、メルヴィンの隊服を着てみると違いがよくわかってしまう。
「メルヴィン様。早く、服を着てくださいませ。目のやりどころに困りますわ」
「お前も見ているじゃないか」
「私はメルヴィン様をお慕いしておりますもの」
アデラインは堂々と告げる。
……とはいえ、気まずいのですけども。
視線を露骨に逸らしてみるものの、やはり気になってしまい、視線をメルヴィンに戻してしまう。その繰り返しだ。
「予備の物を出してくる。アデラインは、適当な箱の中にそれらをしまっておけ。帰宅時に持って帰るのを忘れないようにな」
メルヴィンは踵を返し、さっさと執務室の隅に向かう。
執務室の角には備え付けのクローゼットがある。
第一騎士団の執務室は、基本的にはメルヴィンしか使わない部屋の為、私物を保管してあるのだろう。その中には予備の隊服も含まれているようだ。
……箱を探しましょうか。
男装をするのに必要なものたちを隠さなければならない。
……エリーに心配をかけることになりそうですわ。
侯爵邸にコルセットの予備があったはずだ。
しかし、さらしやコルセットの紐の切られた痕は、緊急事態であったことを隠しきれないだろう。
「……予備の隊服を貸してもらえばよかったのでは?」
アデラインは気づいてしまった。
それを何気なく口にしてしまったことにより、予備の隊服に手を通していたメルヴィンがわざとらしく咳払いをした。
……仕事に支障はありませんね。
軽く袖を捲る。
三回ほど袖を折れば、事務仕事には支障がでないだろう。
……訓練は体調不良を理由に断らせてもらいましょう。
思考回路が正常に動き出したようだ。
火照ってしまっている頬を隠すように手を当てながら、深呼吸をする。
……取り乱す必要はありませんわ。
自分自身に言い聞かせる。
メルヴィンはアデラインの秘密を守ってくれるだろう。
その代わりになにを要求されるのか、わかったものではなかったが、アデラインに無理をさせるようなことはしないはずである。
「メルヴィン騎士団長」
アデラインは騎士のアディとして声をかける。
「私のことは今まで通り、アディと呼んでくださいね」
「わかっている」
「他の方に気づかれないように協力もしてくださいね」
アデラインの言葉にメルヴィンはため息を零した。
「努力をしろ」
メルヴィンは図々しいと言わんばかりの顔をした。
「協力は最大限にしてやろう。だが、その前に言葉遣いを正せ。その話し方では正体を明かしているのも同然だ」
メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは大きく頷いた。
……あまりにも話しやすかったのですもの。
心の中で言い訳をする。
メルヴィンに正体がばれてしまえば、騎士生活に終わりを告げると覚悟していた。上司と部下という関係は崩れ、冷遇されることになるだろうと諦めていた。
しかし、メルヴィンの態度は変わらなかった。
それがなによりも嬉しく、アデラインの心は浮かれきっていた。
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