03.騎士団長の独白と自覚する恋心の行方

* * *



「……アディ」


 腕の中で意識を手放したアデラインの言葉を無視することができなかった。


 メルヴィンは医務室へと向かおうとしていた足を止め、執務室に常備されている二人掛け用のソファーにアデラインを寝かせる。


 ……なにを隠している。


 メルヴィンはアデラインの汗をハンカチで拭う。


 それは婚約者から贈られたものだった。刺繡が上手くできたので貰ってほしいと初々しく書かれた手紙を受け取った日のことを、メルヴィンは忘れたことがない。


 なぜ、急に婚約者のことを思い出したのか。


 メルヴィンにはわからなかった。


「息苦しいのならば、服を脱がせば少しは楽になるだろうか」


 考えている言葉がそのまま口からでてしまっていることに、メルヴィンは気づかない。


 そして、メルヴィンはアデラインの制服のボタンに手を掛ける。


「……は?」


 制服の下になにかを着ている人は多い。


 貴族ということもあり、肌着を身に付けるのは珍しくはない。寒がりの人ならば、中に動きに支障がでないように作らせた服を着ていることもある。


 しかし、アデラインは違った。


 異常なまでに胸に巻かれているさらしと、胸と腹の差を埋めるかのように大量に詰められたタオルを紐で縛り、その上から見たことのない形をした専用のコルセットを付けている。


 急に呼吸困難に陥り、失神をした原因は一目瞭然でもあった。


 ……女性だったのか。


 メルヴィンはアディ・エインズワースを男性だと思っていた。


 十六年前の思い出を語ったのも、初恋の相手が少女だと思い込んでいたが、実は男性だったようだという話をしようとしただけなのだ。


 その相手がアディであると打ち明け、恋を実らせたいと思っていた。


 それは見当違いだったのだろう。


 思い出話に反応をしたことを考えれば、目の前で倒れている彼女は当事者で間違いはない。しかし、今はそのことを考えている暇はなかった。


 ……どうしたものか。


 圧迫している原因を取り除ければ、呼吸は楽になるだろう。


 そうすれば、意識も戻るはずだ。


「すまない。アディ。急を要することだからな」


 メルヴィンは覚悟を決める。


 常に常備をしている携帯用のナイフを取り出す。念入りに巻かれているさらしを丁寧に解いている余裕はなく、メルヴィンは肌を傷つけないように細心の注意を図りながら、さらしを切断していく。


 少しずつさらしが緩くなってきたのだろう。アデラインの呼吸が苦しそうなものから、安定したものへと変わり始めていた。


 ……これは、さすがに。


 目を逸らせば、肌を傷つけかねない。


 ……見てはいけないとはわかっているが。


 零れ落ちそうなほどに大きな胸に視線がいってしまう。


 さらしを一直線に切っていく。一番上まで切り終えたことにより、さらしは役目を失ったかのように滑り落ちていく。


「あー……。アディ? 意識は戻ったか?」


 メルヴィンはアデラインに声をかける。


 それに対し、アデラインは薄目を開けて軽く頷いた。まだ言葉を発するほどに回復をしているわけではないようだが、とりあえず、意識は戻ったようだ。


「圧迫をしているのが原因だろう。申し訳ないが、下のコルセットも外さなければならない」


 メルヴィンの言葉に対し、アデラインは頷いた。


 話の半分も理解していないだろう。


 しかし、アデラインが頷けば、同意したのも同然である。


「すまない。体の向きを変える。辛かったら、遠慮なく言ってくれ」


 メルヴィンは慣れた手つきでアデラインを横向きにした。


 討伐任務などでは死傷者がつきものだ。すぐに駆け付けられる光魔法を使える神官がいるとも限らない。その場合、傷の浅い者が手当てに回ることがある。


 騎士団長とはいえ、メルヴィンも手当てをする側に回ることがあった。


 ……これなら、なんとかなるか。


 コルセットを縛る紐を携帯用のナイフで切っていく。


 すぐに解けないように念入りに硬く縛られているものを、解く為の時間が惜しかった。


「どうして、ここまでするんだ」


 コルセットを外す。


 その下に隠されていた大量のタオルを目の前にしてため息が零れた。


 ……アディ。


 思い返せば、おかしいところばかりだった。


 任務に厳しいことで有名なメルヴィンを慕うのは、アデラインがメルヴィンの素晴らしさを他の騎士たちに語り始めてからである。


 語り始めた頃、大量の死傷者を出した討伐任務が起きた。


 その責任問題をメルヴィンに押し付けようとする他の指揮官たちを説得し、裏に手を回していたのがアデラインだとわかったのは、数か月後の話だ。


 ……バカなやつだ。


 タオルを一枚一枚、外していく。


 ……ん?


 タオルになにか書いてあることに気づいた。


 それはエインズワース侯爵家の家紋だ。丁寧に一枚ずつ刺繍されている。万が一の事態が起きた時、身分がわかるようにエリーが仕込んでいたのだろう。


「……まさか、アデラインなのか?」


 メルヴィンはタオルに刻まれた名を口にする。


 体を圧迫するものがなくなり、呼吸が安定しているアデラインの意識がはっきりとするのは時間の問題だ。


 今もなにも言わず、されるがままとなっているものの、失神状態から立ち直っており、なにをされているのか、わかっているだろう。


 それは当然のように受け入れられるものだった。


 探し続けていた十六年前の初恋の相手がアディであると気づき、少々浮かれていた。拗らせた恋心を暴走させ、強引に唇を奪ってしまったことを後悔したものの、拒絶をされなかったことに安堵している自分もいた。


 婚約者の話をされても不快ではなかった。


 母や姉の日頃の言動や、大公子と関係を持とうと露骨なまでに誘惑をしかけてくる女性たちの言動に嫌気がさしていたのは事実だ。女性嫌いを拗らせたのは、周囲の影響も大きかった。


 しかし、アデラインとの婚約を白紙に戻す勇気だけはなかった。


 なぜか、わからない。それをしてしまえば、後悔をする自信だけはあった。


 すべての辻褄があってしまった。


 ……そうか。


 体の向きを正面に戻す。


 仰向けの状態が呼吸をしやすいことを知っていた。


 ……俺は、ずっと、アデラインが好きだったのか。


 恋心を自覚する。


 探し続けた初恋は身近なところに潜んでいた。それに気づけなかったことと、アデラインに対して冷遇していた自分自身の行動を思い出し、血の気が引けた。

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