02-4.
「聖女の力の一つには、聖域を発生させるものがある。それにより、暴走した魔物を浄化することができれば、魔物の理性を取り戻せるかもしれない。という仮説だ。それを検証する為に聖女様には参加していただくことになった」
メルヴィンの話を聞き、アデラインの眉間にしわが寄る。
……お兄様。よけいなことをしてくださりましたわね。
魔術師団に所属をするカーティスは研究熱心な性格をしている。
言い方を変えれば、研究の為ならば寝食を忘れて没頭し、研究の為ならば家族を巻き込んでもかまわないと本気で考えているような人である。
「だが、俺たち第一騎士団が関わることはほとんどないだろう。安心しろ」
メルヴィンの言葉に対し、アデラインは首を左右に振った。
……エステルの魔法には厄介な問題ごとがあるというのに。
カーティスのことだ。都合の悪いところは忘れたのだろう。
「メルヴィン騎士団長は、聖女様の泣き癖をご存知でしょうか?」
「噂程度には聞いたことがある。アディは詳しいのか?」
「エインズワースの遠縁ですからね。本家へ挨拶に出向いた際に、見たことがあります」
アデラインは嫌になるほどに知っている。
巨大な魔力を制御し、他の誰もが使うことができない光魔法を使うのは多大な心の負荷がかかる。エステルの泣き癖は心の負荷を和らげる為の自己防衛によるものだった。
エステルが泣き叫べば、技の威力は増す。
感情に左右される魔法の規模を大きくする為ならば、エステルのことを実験台と呼ぼうとしたカーティスに殴りかかったのは、忘れることができない思い出だ。
「慰めるのは近しい者でなければ、なりません。聖女様の御身に触れることになりますので、可能ならば、家族が相手をするのが良いかと思います」
アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは眉をひそめた。
……お兄様は参加されないのでしょうね。わかっていましたが。
研究の為の努力は怠らないものの、その為の犠牲はしかたがないと割り切っている。
義妹であるエステルが、泣きすぎて過呼吸を起こしそうになったとしても、カーティスは気にも留めないだろう。
カーティスはエステルを疎んでいるわけではない。
しかし、血の繋がった妹のアデラインに対しては、兄らしくしようと努めるのに対し、エステルに対しては他人に接するように扱う。
それに対し、エステルは不満を口にしたことはない。
「カーティスに参加をするように促してはみるが、期待はしないことだ」
メルヴィンの出した答えは無難なものだった。
それでも、参加をするように声をかけてくれるだけでも良い方だろうか。
……それに応じるような人ではありませんが。
カーティスはアデラインが男装をして騎士となっていることを知っている。それを口外するような真似はしないものの、わざわざ、助け舟を出すようなこともしない。
「アディ」
「はい。なんでしょうか」
「君も。……その、聖女様の慰め役には適するのだろうか?」
メルヴィンは聞きにくそうな顔をしていた。
それに対し、アデラインは違和感を抱く。
……アディがエステルを慰めるのは、なにも不都合なことはないはずですが。
顔だけは中性的な美少年だ。
しかし、タオルを詰めまくった結果、恰幅のいい姿になっているアデラインと天使のような愛らしい容貌をしたエステルが抱き合っていたとしても、妙な噂が立つはずもない。
……見た目は悪いかもしれませんが、エステルは私だと知っておりますし。
仕事の支障にならないだろう。
仮にエステルに手を出したなどと言いがかりを付けてくる連中が現れたとして、アデラインの実力ならば、騎士団長が相手でない限り、決闘に勝利することだろう。
「はい。ご家族の方が来られないのならば、私が最適となるでしょう。遠縁とはいえ、何度も顔を合わせたことがありますので」
アデラインは息をするように嘘を吐く。
毎日、侯爵邸で顔を見合わせている。男装をしている姿もエステルは嫌になるほどに知っており、改善をするべきだと何度も癇癪を起していたことも、アデラインは知っている。
「慰めるとは、具体的にはどうするんだ?」
メルヴィンの問いかけの意図を理解できなかった。
……それを知ってどうするのでしょうか。
言い逃げは許さないと言わんばかりの強い視線を感じながら、アデラインはメルヴィンの真意を掴めないままでいた。
「抱きしめて話を聞くのです。あくまでも、家族が傍にいるから安心するようにという意味を込めたものです! そんなに怖い顔をなさらないでください!」
アデラインの言葉を大人しく聞いていたメルヴィンの顔が怖い。
嫉妬しているようにも見える。
……嫉妬?
不意に浮かんでしまった言葉に対し、アデラインは心の中で否定する。
……ありえないわ。
メルヴィンはアディ・エインズワースのことを男性だと思っている。
なにより、上司と部下の関係だけだ。嫉妬を抱くような関係性ではない。
……私だと気づきもしない人ですし。
少しだけ心が傷ついたのを感じる。
正体に気づかれてしまえば、騎士生活は終わりだ。
結婚後、騎士として活動を続けたいと訴えたところで、女性のアデラインの言葉に耳を傾けてくれるとは考えにくい。将来の大公夫人としての教育だけを施され、それ以降はまともな関係性を築くこともできないだろう。
それを避ける為だけにアデラインは危険を覚悟の上で、騎士となったのだ。
「なぜ、俺が怖い顔になると思う?」
メルヴィンの問いかけに対し、アデラインはすぐに答えられなかった。
……嫉妬したからでしょう。
心の中で一度は否定した答えを導き出す。
……アディのことが好きなのでしょう。
婚約者であるアデラインのことを気にすることもしない人だ。
アデラインはメルヴィンを恋い慕っているということにも気づかず、ただ、目の前をまっすぐに見ているだけの人だ。
導き出した答えをアデラインは口にすることはない。
それはメルヴィンが自分で気づくべき答えだ。
「心当たりがございません」
アデラインの返事は失敗だった。
「わからないなら、教えてやろう」
メルヴィンの感情を煽るだけだった。
メルヴィンは不慣れな手つきでアデラインの顎を掴み、強引に顔を上に向かせる。そして、そのまま唇を重ね合わせた。
……最低ですわ。
初恋の人との初めてのキスは、想いを通わせてからしたかった。
それが叶わないとしても、せめて、アデラインとして見てほしかった。
「止めてください。メルヴィン騎士団長」
触れるだけのキスはすぐに終わった。
それ以上のことをしようとしないのは、メルヴィンが慣れていない証拠だ。
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