02-3.

「あれはひどかったね。アディがいなかったら、死んでいたよ」


「ええ。ボブだけではなく、ディーンもケイシーも同じでしょう。私も生き抜けるとは思ってもいませんでした」


 アデラインは木札をひっくり返しながら、入隊当時の話をする。


 同期入隊をした者たちの半数以上が辞表を提示することになった討伐だ。アデラインの後輩であった訓練生の多くが命を落とし、魔物の暴走を目の当たりにした悲劇でもあった。


「私はこれで。ボブも適度に休みながら仕事をした方が良いと思いますよ」


 事務室の滞在時間は短い。


 出勤をしたのだ。


 すぐにメルヴィンがいるだろう第一騎士団の執務室に向かわなければならない。


 ……気が重いですね。


 メルヴィンのことを恋い慕っている。


 幼い頃の小さなやりとりはアデラインの大切な思い出だ。


 なにより、前世の死の恐怖を和らげてくれたのはメルヴィンとの会話だったと思っている。


 だからこそ、気が重くなる。


 アデラインはメルヴィンに好かれていない。その事実が心に重く響く。


 ……仕事は仕事です。切り替えていかなければなりません。


 アデラインは自分自身を叱咤する。


 第一騎士団の執務室の扉を前に深呼吸をする。


 執務室の出入りは慣れたものだ。


 補佐役に任命される前から、メルヴィンの指名により手伝いをさせられていた。


 なぜ、アデラインが手伝い係に指名されたのか、理由は明かされないままではあったが、アデラインは前向きにとらえることにした。


 騎士としての自分ならば、メルヴィンは信頼を寄せてくれている。


 そう信じなければ、この場に立っていることができなかっただろう。


 ……大丈夫です。今の私は、アディ・エインズワースなのですから。


 自分自身に言い聞かせ、意を決して、扉を叩く。


「入れ」


 部屋の中から返事が聞こえた。


 メルヴィンは既に仕事に取り掛かっていたようだ。


 アデラインは扉を開け、執務室の中に足を踏み入れる。


「アディ・エインズワース。本日よりメルヴィン騎士団長の補佐役として拝命されました。よろしくお願いいたします」


 アデラインは迷うことなく、名乗り、敬礼をした。


 それに対し、メルヴィンは視線を向けた。


「知っている。お前でよかったと心の底から思う」


「ありがとうございます」


「仕事にとりかかってくれ。やることは、前に手伝いをさせた時と同じだ」


 メルヴィンは目を細めて笑っていた。


 ……私を見て、心が和らいだのかしら。


 多忙なメルヴィンの癒しになっているのは間違いないだろう。


 ……違うわ。私ではなく、アディを見て、よね。


 複雑な心境だった。


 メルヴィンはアディ・エインズワースに絶対的な信頼を寄せている。


 その正体が婚約者であるアデラインだということに気づかず、なにかと手伝いをさせて、傍に置いておこうとしていたのが決定的な証拠だ。


「アディ。なにか困ったことがあったのか?」


 メルヴィンは書き物の手を止めないまま、問いかける。


「いいえ。メルヴィン騎士団長。この手の書類が提出期限前に集められているのは、珍しいことだと感心していただけです」


 それに対し、アデラインは淡々と返事をした。


 討伐隊の報告書は期日が過ぎることが多い。珍しく、まとめられている報告書の内容を細かく分析し、今後に生かせるような資料にするのがアデラインの仕事だ。


 ……必要性の感じない仕事ですね。


 今まで通り、手伝い係でよかったのではないかと思う。


 それを補佐役などと役職名を与え、騎士団長の傍に四六時中いなければならないような形にするのは、どう考えてもやりすぎだろう。


 ……メルヴィン様がよく反対をされなかったものです。


 メルヴィンは非効率的なやり方を嫌う。


 効率的に進めていかなければ、命が危うくなるような現場に立ち続けているからこその考え方だろう。


「近々、大規模な討伐の予定がある」


「存じております。第一騎士団と第二騎士団の合同任務となるのでしょう?」


 アデラインは数日前に発表された大規模な討伐任務の詳細を思い返す。


 騎士団の合同任務は少ない。それだけ大きなリスクを抱えて挑まなければならない任務となるのだろう。


「そうだ。第二騎士団は、主に聖女様たちを守ることになる。合同任務とはいえ、互いの足を引っ張るようなことにはならないだろう」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは顔をあげた。


 ……エステルが来るというのですか。


 エステルは王立魔法学院の三年生になったばかりである。


 聖女にふさわしい光属性の力を発揮し、魔法実技は学年一位となったと喜々としてアデラインに報告をしていたあどけない姿を思い出す。


「聖女様は学生の身分です」


 アデラインはエステルの身の安全を危惧する。


 アデラインが学生だった頃、騎士団の仕事に参加をしたことはない。


「討伐任務への同行は荷が重すぎないでしょうか?」


 アデラインは心配だった。


 討伐任務の為、優秀な生徒たちが選ばれて参加したという話も聞いたことがない。


 ……エステルが聖女だからなのでしょうか。


 暴走した魔物は大量発生を繰り返している。


 生態環境を破壊し、人々の命を危険に晒しているのは事実である。だからこそ、騎士団が大規模な討伐任務を行っているのだ。


「魔術師団が独自に導き出した仮説を知っているか?」


 メルヴィンの書類仕事は終わったのだろうか。


 気づかない間にアデラインの隣に立っている。僅かに手を動かせば触れそうな距離だ。


 ……嫌がらせですの? メルヴィン様!


 心の中で非難する。


 顔を赤くならないようにする方法を調べてくるべきだったと、心の底から後悔をしながらアデラインは首を小さく左右に振った。


「いいえ。聞いたことがありません」


 アデラインの仕事は、他の騎士とあまり変わらない。


 補佐役に抜擢される以前まではメルヴィンの手伝いと、他の騎士たちと同じように体力維持や技術を高める為の訓練に追われる日々。


 それがなければ、討伐任務や治安維持任務などの騎士団本部から離れる仕事だ。


 その比重は以前とは変わってくることだろう。


 少なくとも、メルヴィンの動きに合わせる日々になる。


 ……耐えられるかしら。


 メルヴィンの考えはわからない。

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