01-2.

 幼い頃、一度だけ言葉を交わした相手が最後の面会者だと誰も思わないだろう。アデラインがメルヴィンの姿を見て驚いていたのも、彼女が望んでいた相手とは違っていたからなのかもしれない。


「……聖女は、まだ、諦めていないとおっしゃっていた」


 メルヴィンはアデラインの死を回避しようと足搔く少女の姿を見た。


 その少女の行動を止めなかった。しかし、止める権利はメルヴィンにはない。


 アデラインの死を望まないのはメルヴィンも同じことであり、堂々と行動に移すことができる少女のことをメルヴィンは羨ましくも思っていた。


「まあ。あの子らしいこと」


 アデラインは床に置いたままになっていた古びた紙を掴む。


 それをメルヴィンが取れるような位置に投げた。


「あの子に渡してくださらない?」


 アデラインは、牢獄の中で手に入れることができた貴重な紙を手紙として利用した。それは慕っていた家族に向けるものではなく、疎んできたはずの義妹に向けて綴られた短い別れの言葉だった。


 義妹ならば、手紙を受け取るだろう。


 家族ならば、汚らわしい紙切れだと受け取りを拒否することだろう。


 それを牢獄の中で嫌というほどにわからされた。


「……手紙か」


「ええ。あの子に渡そうと思って書いておりましたの」


 アデラインの言葉を聞いているのだろうか。


 メルヴィンは鉄格子の境に落ちた紙を拾い、握りしめる。


「これは俺が受け取るわけにはいかないだろうか」


 メルヴィンは本気だった。


 手紙の内容を見たわけではない。他人宛の手紙を受け取る趣味もない。しかし、メルヴィンはアデラインが残したものを誰にも渡したくはなかった。


 その理由にメルヴィンは気づかない。


 ただ衝動的に問いかけただけだった。


「かまいませんわよ」


 アデラインは気にもしなかった。


「紙切れに別れの言葉を書いただけですもの」


 アデラインはこだわらない。


「私の最期の面会者となった貴方が受け取っても、なにも、おかしいことはありませんわ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは胸ポケットに紙をしまう。


 落としてしまうことのないように念入りに確認をしていた。


「聖女には言付けをしようか?」


 メルヴィンの提案は、本来、アデラインの手紙を受け取るべきだった少女に対する罪悪感によるものだった。手紙を横取りした自覚はあった。


「そうですわね。せっかくですもの、お願いいたしますわ」


「任せてくれ。必ず、伝えよう」


 メルヴィンは口角を上げた。


 ……嘘ですわね。


 幼い頃の癖が残っている。


 それをアデラインが見抜いていることにメルヴィンは気づいていない。


 ……私の言葉を独り占めなさるつもりかしら。


 それほどまでに強い感情を向けられる心当たりはない。


 しかし、それを指摘する気もなかった。


「もしも、来世があるのならば」


 アデラインは言葉を紡ぐ。


「私の愛を貴方にさしあげますわ」


 それは義妹に向けた言葉ではない。


 メルヴィンが言付けを伝えるという約束を守らないとわかっているからこそ、アデラインはメルヴィンへの愛を口にした。



* * *



 凍えるほどに寒い雪の日だった。


 布切れを繋ぎ合わせただけの簡易的な服を着せられ、靴を履くことも許されなかったアデラインは処刑台に向かって歩かせられる。


 多くの貴族や市民が見物をする為に集まっている。


 その中にはアデラインを罵倒する声をあげる者や、小石を投げつける者もいる。どこからか聞こえた聖女を害した悪女には死がお似合いだと叫ぶ声に同調する市民たちは、アデラインがなにをしてきたのか、なにも知らない。


 ……愚かな人たち。


 アデラインは罵声に挫けない。


 心を傾ける必要さえも感じなかった。


 処刑人に急かされるように歩き、準備をされていた処刑台の前に立つ。


「言い残すことは?」


 処刑人に問いかけられ、アデラインは口を開こうとした時だった。


「お姉さま!!」


 市民や貴族たちの罵声が静まった。


 アデラインを義姉と呼ぶのは一人だけだ。


 アデラインに嫌がらせを受け続け、存在を疎まれられた哀れな聖女だ。


 この場にはいないはずだった。


 取り押さえようとする衛兵の手を振り払い、決死の覚悟で処刑場に乗り込んできたのだ。


「お姉さま! あたしが助けにいきますから!」


 彼女は諦めていなかった。


 たった一人、処刑を食い止める為の方法を考えていた。


 必死に周囲の人を説得し続けていた。それが無駄になると理解し、彼女は、護衛の一人も付けることもなく処刑場に乗り込んできたのだ。


 目的はただ一つ。


 絞首刑になるアデラインを救う為だった。


「……バカな子」


 アデラインは涙を流す。


 死に対する恐怖ですら、流れなかった涙が頬を伝る。


「衛兵さんに頼んでくださる? あの子の目と耳を隠してさしあげてって」


「……それを願えるなら、なぜ、害を成した?」


「なぜかしら。もしかしたら、あの子を見て気が変わっただけかもしれないわ」


 アデラインは用意をされている縄に首をかける為、用意されている足台に片足を乗せる。


「それから、遺言を伝えてくださらない?」


 必死になって処刑台を登ろうとする彼女の努力は無駄になる。


 アデラインの言葉を聞いた衛兵たちは、彼女の目を塞いでくれることだろう。


「さようなら、エステル。どうか、お幸せに」


 それがアデラインの最期の言葉だった。



 ――アデラインの絞首刑は速やかに執り行われた。途中、聖女、エステル・エインズワースの乱入があったものの、刑は中止になることはなかった。


 アデラインを見世物のように扱おうとした貴族や市民は静まり返っていた。


 それは、エステルの泣き声が響き渡っていたからだろう。

 

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