男装の悪役令嬢は、女嫌いで有名な騎士団長から執着されて逃げられない

佐倉海斗

01-1.一度目の人生の幕が下りた

 かつて豪華絢爛なドレスに囲まれ、丁寧に世話をするメイドたちに愛された少女、アデライン・エインズワースの姿は見る影もない。


 生まれ持った侯爵家の令嬢という立場を奪われ、両親や兄に見捨てられ、一人、冷たい牢獄の中に放り込まれてからどれほどの日数が過ぎただろうか。


 アデラインは後悔をしていた。


 13年前、父親が潰れかけていた孤児院から貰い受けてきたという義妹を疎み、義妹の生まれ持った特別な力を妬み、嫌ってきたことを後悔していた。


 しかし、後悔するのはあまりにも遅すぎた。


「――聖女を害した貴女に罰が下ることになった」


 牢獄の面会に来たのは黒い服に身を包んだ男性だった。


 ……メルヴィン様。


 男性、メルヴィン・スコールズの名をアデラインは知っている。


 先代の騎士団長だったエインズワース侯爵から、次代の騎士団長にと指名された出来事は大いに世間を賑わせた。その話題をアデラインも好意的なものであり、いつの日か、メルヴィンの剣を振るう姿を見てみたいと思っていた。


 それは叶うことのない夢だった。


 ……どうして?


 アデラインは疑問を抱く。


 第二王子の婚約者だったアデラインとメルヴィンが関りを持つ機会はなく、婚約が破談となった後、アデラインは冷たい牢獄の中にいた。


「アデライン嬢」


 メルヴィンは膝を折る。


 冷たく、掃除の行き届いていない通路に膝を付けた。


 ……どうして。


 言葉にならない。


 どのような言葉をかければいいのか、アデラインにはわからなかった。


「このような形で貴女と再びお会いすることになるとは、思っていなかった。これが悪夢であればいいと何度も神に願ったくらいだ」


 メルヴィンの言葉に対し、アデラインは目を閉じる。


 ……そうなの。覚えていらっしゃったのですね。


 幼い頃、一度だけメルヴィンと言葉を交わしたことがあった。


 それは些細なやりとりだった。


 それをメルヴィンが覚えていると思ってもいなかった。なにより、アデラインも記憶の奥底へと沈め、思い出さないようにしてきた大切な記憶だった。


 それは初恋だった。叶わず散った幼き恋心だ。


「……私もですわ」


 アデラインは閉ざしていた口を開く。


 聖女を害した罪で牢獄に放り込まれたというのにもかかわらず、過激な拷問や尋問はなかった。


 しかし、聖女を本当に害したのか、問いかけられることもなかった。


 聖女を害する者には、罰が下ると世間に知らしめる為だ。


 アデラインは見せしめだった。


「貴女は、セドリック殿下を愛していたのか?」


 メルヴィンの問いかけに対し、アデラインは目を閉じたまま、ゆっくりと首を左右に振った。


「一度も?」


 メルヴィンは再び問いかける。


 それに対し、アデラインはゆっくりと首を縦に動かした。


 ……言葉にすることさえも許されないなんて。


 年下の婚約者を一度も愛したことはなかった。それでも、家の為の政略結婚だと自分自身に言い聞かせ、愛しているかのように演じ続けた。


 その結果、魔法学院の卒業と同時に婚約を破棄すると告げられた。


 十六歳の婚約者の得意げな顔を生涯忘れることはないだろう。


 愛されていると思い込んでいた婚約者は、アデラインではなく、義妹を選んだ。


「それでは、なぜ、貴女は聖女を害したのだ?」


 メルヴィンは問いかける。


 その問いにアデラインが答えるはずがないと諦めた顔をしながらも、聞かないままではいられなかったのだろう。


「きっと、私は、あの子が恐ろしかったのでしょう」


 アデラインは答えた。


 冷たい牢獄に放り込まれた日から、ずっと、考えていたことだった。


 後悔の末にようやく辿り着いた答えは、子どもの言い訳でしかなかった。


「お父様とお母様、それからお兄様も、すべてをあの子にとられるのではないかと思い込んでしまっていたのですわ」


 アデラインは冷静だった。


 なにもない牢獄に放り込まれ、すべてを奪われたからこそ、冷静だった。


「愚かな真似をしたと思っておりますわ」


 アデラインの言葉をメルヴィンは遮らない。

 彼女の最期の言葉を聞き逃さないようにしているかのようだった。


「義姉として振る舞ってあげられなかったのに」


 アデラインの頬を涙が伝う。


 ……かわいそうな子。


 アデラインの処遇改善を訴えた家族は、一人だけだった。


 義妹だけがアデラインを釈放するようにと訴え、処罰が決定した後も、処罰を覆そうと必死になっていることだろう。


 ……家族として受け入れてあげればよかった。


 それを知ってしまった。


 家族に見放されたアデラインにとって、それは間違うことのできない愛だった。生まれた時から享受してきたはずの両親や兄から向けられる愛よりも、遥かに重く、尊ぶべき愛を向けられていた。


 それを拒絶することなどできなかった。


 誰からも疎まれ、嫌われたまま、この世を去る覚悟はしていた。


 その覚悟を一瞬で打ち砕くほどの愛を、アデラインは胸に抱きながら、この世を去るのだろう。


「私に下される罰は当然の報いといえるでしょう」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは眉間にしわを寄せた。


 メルヴィンがアデラインを訪ねてきたのは、下される罰の内容を告げる為だ。

その役目を引き受ける条件の元、アデラインと面会することが許されたのである。


「……貴女の罰が、絞首刑であったとしても?」


 メルヴィンの声は小さくなる。


 与えられる刑罰を軽くする方法はなかった。本来は、貴族であった為、苦しむ時間が比較的短くて済むとされている斬首刑ではなく、平民同様に絞首刑が選択されただけである。


 それをメルヴィンはアデラインに告げた。


「あら、意外ですわね」


 アデラインは目を開けた。


 心の底からそう思っているようだった。


「火炙りだと覚悟をしておりましたのよ」


 聖女を害した悪女を退治するのならば、火炙りが妥当だと考えていた。


 それは多くの人々の心に残ることだろう。


 そうでなければ、再び聖女を害する者が現れるかもしれない。


「一審は火炙りだった。だが、……あまりにも、罰が重すぎると」


「ええ。そうでしょうね。きっと、あの子が反対をしてくださったのでしょう?」


 アデラインは笑わない。


 貴族らしくあれと鍛えられたはずの表情筋が動いてくれない。


「あの子が面会に現れると思っておりましたのよ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは頷く。

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