第8話 戦士の産地
アルカンレーブ帝国において、皇家および三大公爵家の地位は、一般の貴族と一線を画する。建国の英雄の血を受け継ぐ最も歴史深い家門であり、各自領土を保有するのが特徴である。たとえば、パルマン伯爵家はウラヴォルペ公爵家に古くから仕える家臣であるが、平民の言うところの「パルマン伯爵領」は帝国法上存在しない。管理及び警備のために、ウラヴォルペ公爵家が貸与した土地の管理人がパルマン伯爵家という扱いになる。代わりに、品位維持費や年金などの供与がある。
人類の生活圏は虹の神殿に守られた一部の土地に限られ、その外側には魔界が広がっているという地理の関係上、土地が増えることはない。従って、領地を持つ皇家・公爵家、そして神殿の本拠地の置かれた公国が大きな権威を持つのだ。
レオニアスがひとりの騎士として身軽に動き回れるのは、公爵家という後ろ盾があることと、姉アルナールの影響が大きい。
アルナールは、社交界では『鉄拳公女』と呼ばれる存在である。太陽の下で薔薇色に輝く長い髪、生気あふれる黄金色の瞳、剣によって鍛えられたしなやかな
「弟より顔が良くて、私より腕のいい男」
というアルナールの希望を満たせる男が、帝国に果たして何人いるものか――21歳の彼女に、今のところ婚約者はいない。
つまるところ、レオニアスに手を出せば、公爵家によって抹殺されるか、良くてもアルナールの鉄拳が飛ぶ。そうと知って敢えてレオニアスに危害を加えようとする人間はおらず、護衛もつけずにふらふらと領内を歩き回ることが出来るのである。
そんな話を、巡回中のセシル・ディシャンとイシャーダ・ラミーから聞いたフレジアは、虹の女神にもっと感謝しようと思った。レオニアスが現在とは違う境遇にいたなら、きっと下町の酒屋で出会うことなどなかっただろうから。
そんなフレジアを相手に、隊長の自慢話を続けていたセシルだったが、会話の途中で不意に口ごもった。
買い食いしたきなこパンの、きなこにまみれた口元を拭っていたイシャーダが首を傾げる。
「先輩、どうかした? ――公子さまの立場もいいことばかりじゃないって? 例のアレか、剣聖の末裔なのに剣術がまずいっていう……イタイイタイ」
遠慮がない最年少騎士イシャーダの腹に、赤髪のセシルがぐりぐり肘をねじ込んだ。
「イシャーダ、別にうちの隊長、弱くないから。中間だから、ど真ん中だから。フレジアの前でなんてこと言うのよ」
「イタイって。弱いとは言ってないだろ。それに、だいたいのヤツは知ってる話だって」
イシャーダの言う通り、フレジアもその話は知っていた。剣の名門に生まれたのに剣が使えないない息子、というのが酒場で酒の肴にされることがあるからだ。
思い出して、フレジアは腹を立てた。
「それがそんなに悪いことなんでしょうか。レオニアスさまは、優しくて素敵な方です」
うんうん、と力強くセシルが頷く。
しかし、イシャーダは意外とうがった意見を述べる。
「優しくて俺たちにも気ィ遣ってくれるし、好きか嫌いかで言うなら、俺だって好きだよ。けどさ、公爵家がばかみたいな権力を持ってるのは、帝国を守る役目を負ってるからだろ。中でもウラヴォルペは武力の中心だ。そんな中で、強くも弱くもない腕って言うんじゃ、そりゃ肩身が狭いのは当たり前だと思うな」
ウラヴォルペ公爵領の最大の特産品は「戦士」である。強い騎士や傭兵を育成し、他領地に派遣することで収入を得ている。実力が重視されるのは当然の世界で、レオニアスが身分にも関わらず公人としては一騎士にとどまるのもそれが最大の理由だった。
なんとか反論しようとしてそれが出来ず、もう一度イシャーダをぐりぐりするセシル。
「イタイって! 俺だってもどかしいよ。公子さまがまじめに訓練してるのも知ってるしさ。でも他人にはどうしようもねーじゃん」
「だからって、そんな突き放したような言い方しなくていいでしょ!」
ふたりの会話を聞いて、フレジアは肩を落とした。
「おひとりで、どこか寂しそうに飲んでいらっしゃった理由は、それなのかもしれませんね……」
フレジアの言葉を聞いたセシルもいっしょに落ち込んでしまい、この場をどう収めようか悩んだイシャーダだが、頭脳労働が得意でない彼は早々に諦めて、手に持ったままだったきなこパンを食べることに専念した。
さらに悪いことに、手洗いから戻って来たレオニアスが一連の会話をすべて聞いていたのだが、三人がそれを知らずにいたことは幸運と言えるのかもしれない。
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