第6話 姉妹
強い日差しが夏の訪れを告げる頃、ウラヴォルペ領では多くの人々が夏の訪れを意識する。時計塔のある中央広場に、露店や大道芸人が集まって『労働感謝祭』と呼ばれる行事が開かれるのもこの時期だ。
日中の日差しはまだ十分に暑いが、夕方になると優しい風が吹いて気温を下げてくれるので、領民の多くは夕方から活動を開始する。
感謝祭では、特別に仕入れた品物を売ったり、椅子を店舗の外に用意して気軽に注文が入るようにしたり、手作りで日用品や宝飾品を作っている作家たちは集まってテントを張り、そこで作家同士交流をしたり、観光客に品物を売ったりする。剣の街ウラヴォルペであるから、鍛冶屋や武器商人も張り切って商売に乗り出し、意外と掘り出し物が手に入るということで騎士や戦士も訪れる、領内では人気の高いお祭りなのである。他の地域から流れてきた商人も、許可があれば店を出すことが可能だ。
従って、公爵家の行政機関の窓口である出張所には、連日出店許可を求める長蛇の列が出来ていた。
「もうそんな時期か」
レオニアスの独語が聞こえているのかいないのか、本日の
「おい、僕たちは遊びじゃないんだから、ほどほどにな」
というレオニアスの注意が届いていないのか聞こえていないふりをしているのか、レオニアスと同い年の下級騎士デュエルブも、最年少騎士イシャーダも、露店巡りについて話題は尽きないようだ。実際、巡回しつつ騎士が買い物することも珍しい光景ではない。
「やれやれ、頼りになるのは君くらいかな」
レオニアスが語り掛けた先にいるのは、背が高くしかっりと筋肉がついた女性騎士だ。名をサラヴィエと言う。落ち着いた色の金髪を高く結い上げ、ポニーテールが猫の尾のように揺れている。鶯色の瞳には冷静さが漂う。頼れる副隊長で、年齢はこの隊最年長の21歳。そして、隊長はレオニアス・フォン・ウラヴォルペが務める。
「はい、隊長のご迷惑にならないよう、小鳥たちの尻尾をしっかり捕まえておきます」
サラヴィエに小鳥扱いされた隊員たちは、全員まだ10代という若さだ。浮かれるのも無理はないが、祭りのために人口密度が高まっている今、犯罪も起こりやすい状態だ。領民を守るためにもしっかりと任務を遂行しなくてはいけないと、レオニアスは気を引き締めた。
しばらくはこの面子で巡回を行うが、半日だけでも、露店の敷地争い1件、迷子探しが2件と、仕事にはこと欠かない。
一行が昼休憩を取ることにしたのは午後3時を過ぎたころ。強烈な日差しを避けて、木陰の石段に腰を下ろす。「この店の肉は値段の割にいいんですよ!」と肉屋の息子イシャーダが買い込んできた肉と野菜を挟んだパンで腹を満たす。暑さのピークとなり、広場を行き交う人々もレオニアスたちと同様に汗を拭っていた。
イシャーダが満足げに腹をさする。
「はー、うまかった! 隊長、食後の菓子は何がいいですか?」
水を飲んでいたレオニアスが黙っていると、赤髪のセシルが、
「5つも食べたのにまだ食べるの? その小さな体のどこにそんなに食べ物が入るのかしら」
と、不思議そうにイシャーダの腹を叩いた。
「小さいって言うなよ! 俺はまだまだ伸び盛りなの!」
イシャーダはまだ14歳。本人の宣言が嘘ではない可能性は高い。
「
と、年齢に似合わない冷静な突っ込みを入れたのはデュエルブだ。薄い金髪と透き通った水色の瞳を持つ青年で、腕もいい。王国統一基準下級騎士の2級を取得している――ちなみにレオニアスは4級である。
「同い年のお前が言うんだから、気を付けないとな」
とレオニアスが皮肉ると、デュエルブは気まずそうに視線を逸らした。セシルとイシャーダが声を立てて笑う。最年長のサラヴィエは薄く笑いながら水を飲んでいた。
しばらく巡回の仲間たちとささやかで楽しい憩いの時が続いたが、不意に「きゃ!」と女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
レオニアスは立ち上がる。公園にいた幾人かが辺りを見渡していたが、騎士たちが駆け付けるのを見ると、通り過ぎるものと遠巻きに見物するものに分かれた。
声の主は、栗色の髪の少女のようだ。石畳の上に伏せった状態だったが、レオニアスが駆け付けるまでの間に、上半身を起こすことに成功した。
そして、その少女の肩に手を置いていたもうひとりの少女を見て、レオニアスは目を
「大丈夫か?」
レオニアスは、地面に座り込むふたりの少女の前に立った。
「すみません、杖が滑って、転んでしまって……」
栗色の髪を、後ろでひとつに編み込んだ少女が言った。見れば、彼女の右手には杖がある。足元には水たまり。どうやら水たまりにある落ち葉で滑ったようだ。
セシルが少女を支え、立たせようとしたが、少女は顔をしかめている。
「どこか、痛めたか?」
レオニアスの問いに、少女は頷いた。
「はい。もともと右足が不自由なんですが、転んだ時に左足も痛めてしまったようで……」
隣に寄り添っていたフレジアが泣きそうな顔で「ごめんね」と謝る。
「私が支えきれなかったから、お姉ちゃんにケガさせちゃった」
「あんたのせいじゃないわよ。誰のせいでもないわ」
似たような顔立ちだが、姉の表情には余裕がある。あるいは、そんなそぶりをしているのかもしれないが。フレジアは「でも」と言ったが、姉の表情を見て小さく頷いた。首のあたりでふんわりと切りそろえた栗色の髪が揺れる。
「家まで送ろう。どこだ?」
レオニアスは少女たちの家に心当たりがあったが(酒場の上の階が自宅と思われる)、あえて知らん顔で尋ねた。
「あ、あの! 私が案内しますね!」
フレジアが控えめに手を挙げ、レオニアスと、少女の姉を背負ったセシルが続いた。ほかの3名は、引き続き町の
「君の名前は?」
酒場街に向かう道すがらレオニアスが尋ねると「ユーフォルビアです」と、セシルに背負われた少女が答えた。
「そうか。どうして足が不自由になったか訊いてもいいか?」
「あ、それは生まれつきなんです」
ユーフォルビアの話では、赤子の頃から右足に奇形があったそうだ。成長とともに正常になる例もあるそうだが、彼女はそうならなかった。杖や壁などがないと、歩行に不自由をきたすのだという。
レオニアスは、杖を持ち歩いていたフレジアに頼んでそれを借り受けた。よくある一本杖だ。少し重い木で出来ているが、先が摩耗している。使ってみると不安定な心地がした。
杖を見つめながら、レオニアスは少し考える。
亡くなった曽祖父が杖を使用していたが、緩い角度のついたもので、前腕全体で体を支える仕組みとなっていた。握力の弱まった老人にも使いやすいと、出入りの商家が話していた気がする。もちろん、先端には滑り止めの素材も使われていた。
「君たちの家は、とてつもなく貧乏だったりするか?」
レオニアスにそう訊かれ、少女たちは顔を見合わせたが、やがてユーフォルビアが微笑みながら答えた。
「父は首都で働いていて、母はこの公爵領で商売をしています。たぶん、ちょっと裕福なんじゃないかなぁと私たちは思ってます。ね?」
最後の一言は、妹に向けられたものだ。フレジアはこくこくと素早く頷く。やっぱり小動物じみた動きだと思いつつ、レオニアスは無表情を保った。
「そうか。実はうちもちょっと裕福なんだ。僕は貴族の出身でね。出入りの業者が、質のいい杖を扱っていたはずだから、紹介しよう」
「いいんですか!」
「ありがとうございます!」
と息の合った返事に、セシルがくすくす笑った。
角を曲がると、数種類の釣り看板が連なる酒場街へと入った。その一隅に、居酒屋「野郎どもの食堂」はある。
看板を見たセシルが「あぁ、このお店は!」と叫んだ。
「酒屋なのに紅茶も美味しい店なんですよ! なんでも、お店の人が東の出身で、いい茶葉を取り寄せているんですって。飲みたい!」
よだれをたらさんばかりのセシルを促し、ユーフォルビアを背中から下ろす。
「酒場の前で飲みたいなど、誤解を招く発言はやめておけ――住居は二階だと思うが、家のものはいるのか?」
「はい、母がいるはずです」
ユーフォルビアが答え、フレジアが二階へ続く階段を駆け上がる。人の話し声がして、背の高い女性が姿を現した。彼女が、姉妹の母であり、「野郎どもの食堂」の店主だという。
事情を聞いた彼女は、騎士たちに礼を告げると「私はエアルヴィオニー・ガロテだ」と名乗った。
「仲間と飲みに来な。安くしとくよ」
意味ありげな視線を受けて、おそらく客であることがバレているなと悟ったレオニアス。
(まぁ、僕は成人しているし、誰に知られて困るわけでもないが)
そう考え、何に対して言い訳しているのだろうという疑問がわいたが、答えは出なかった。
フレジアたちと別れ、サラヴィエたちと合流する。この日は、それ以上の事件に出会うことなく、騎士団の詰め所で引継ぎを終えたレオニアスたちは自由の身となった。
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