第2話
いつもならある部活は残念ながら、ない。定期考査の一週間前で全て休みだ。あと一週間でテストなのもまた頭を抱えたい――いや、現実逃避したいことだけど、今の俺はそれどころじゃない。
伊藤から勝手に課せられてしまった雨宮雫に雨乞いの理由を聞くタイミングを見つけられずに、放課後を迎えてしまった。
さて、どうしよう――と気を重くしながら、帰路につく途中、横切るヤツがいた。俺のことなど気にすることなく、鼻歌を歌って、スキップしてる姿は楽し気だ。
小さい頃から知ってはいるけど、昔から雨宮雫という女はきっかいな奴だ。ぼーっと空を見上げたと思ったら、楽し気に空を指差して叫んでたり――あれ、それは今と変わってないかもしれない?
「――……なあ」
「なあに、
俺の数歩先にいる彼女に声をかければ、歩みを止めずにくるりと振り返った。ニコニコと嬉しそうにしている姿は、素直に可愛い――いや、一般論として。
好きとかそういう感情は、ない。
「お前、なんで定期的に雨乞いしてんの?」
「え、ダメ? あっ! 洪水とか望んでないからね!? 人の害にならない程度に降って欲しいだけなの!!」
恐れることなく、後ろ向きで歩く器用さに感心しつつ、首を傾げた。その疑問は理恵にとって不思議らしい。でも、次の瞬間、きょとんとした顔がハッとする。
慌てて手を振りながら、誤解を解くように説明されるが、衝撃がデカい。
望んでいなくて良かったと、胸を撫で下した。もし、望んでいたとしたら、世界を滅ぼそうとしているんじゃないかって疑ってしまうところだ――って、俺まで中二病の世界入りしそうだったじゃないか。
そうじゃない。そういうことじゃない。
「意味が分かんないんだけど」
「地震が来ないように、だよ」
「――は、地震?」
「そう、地震。ありそうな気がするから雨乞いしてるの」
人の害にならない程度に降るって、難しいことを願ってる気はした。そんな細かい願いって通じるもんなのか、という疑問すら湧いてくる。
眉根を八の字にして、訝し気に聞き返せば、当たり前だと言わんばかりの言い草だ。それに思わず、フリーズする。
我に返って問いかけ返しても、「何かおかしいこと、言った?」――と聞きたそうな顔がこっちを見ていた。
「地震と雨って関係あんの?」
「んー、あのね、そろそろ地震来そうって時に頭が痛くなるの」
謎が謎を呼ぶとはこのことじゃないか、と冷静な俺がいうけど、気になるのも事実で。固唾を飲み込んでその謎に足を踏み入れると、雫は腕を背中の方へ回して、肩をすくめた。頭痛で相当苦労しているのか、苦々しい顔をしている。
「低気圧のせいじゃねーの?」
「それって、雨が降ってたり、降りそうな時でしょ? 私が痛い時ってだいたい晴れてるもの」
「それでなんで……雨乞い?」
雨が降る前、頭痛がする人は知っているけど、地震の前に頭痛がするなんて、あんまりきいたことがない。いや、初耳だ。理解が追い付かなくて、すぐ俺の知っている限りの知識をフル回転させて聞いてみるが、彼女は首を横に振った。まるで分かってない、と不満そうな顔をされたけど、さっぱり分からない。分かるわけがない。
晴れていて、頭痛がすると、地震の予兆かもしれない――なんて、信じられない。どこぞのファンタジーの特殊能力だ、と言いたくなる。それにまた雨乞いとどうつながってくるのか、謎だらけだ。
「雨が降るとね、地震が来なかったり、小さなもので終わることが多い気がするの」
「はあ?」
「それでね、考えたんだ!」
すごいでしょ! と満面の笑みを浮かべる雫は、新しい何かを見つけた子供のそれに似ている。前々から変わっていると理解してた――してたけど、予想以上にぶっ飛んでいた開いた口が塞がらrない。
ついていけずにいる俺を置いて、嬉しそうに両手を叩く。まるで、生き生きと研究発表をしているかのようだ。
「……何を?」
「地震と雨の関係を!」
またとんでもないことを言い始めるんじゃないか――と、一抹の不安がよぎるけれど、それは当てが外れた。やっと、俺が――というより、伊藤に頼まれていた疑問にどうつながるのか、教えてくれるらしい。
ビシッと俺の目の前に人差し指を差して、口角を上げた。
「じゃっじゃじゃーん! 問題です! 私たちって熱が出たら、何をするでしょーかっ!」
唐突にクイズが始まった。どうやら簡単に教えてくれるわけじゃないらしい。期待と違う展開に少し落胆しながらも、思考を回す。
風を引くことなんてないから、あんまり思いつかない。うーんと唸っていると、この間呼んだ週刊雑誌の漫画がパッと浮かぶ。
人気漫画のラブコメのやつで、なんか主人公が風邪引いて、ヒロインらしき女に看病されてた回。料理の出来なさ加減が際立ってたけど、一番最初にしてたことはなんだっけ、と頭を回転させて出てきたのは、これだ。
「風邪薬を飲んで寝る!」
「おしい! たしかにそうだけど、他にもするでしょ?」
正解に違いないと、自信満々に答える。でも、的が外れたらしい。彼女は悔しそうな顔をしてしゃがみ込んだ。
オーバーなリアクションに加え、突然目の前でしゃがみ込まれたことに驚きを隠せない。慌てて、後ろに引き下がって、事なきを得たが、一歩間違えれば、雫を踏んでいたかもしれないと思うと、冷や汗が出た。
こっちの気なんて知らずに、勢いよく立ち上がって、今度はこっちにグイっと顔を近づけてくる。あまりの近さいnたじろいでんのに、彼女は何とも思ってないのだろう。俺の答えを真剣に待っていた。
他になんかあったか、とまた漫画で見たシーンを脳裏に呼び起こす。すると、主人公がデコになんか張っていたような気がしてきた。
「……頭冷やすヤツ?」
「そう! 正解!」
あれの名前なんだっけ――なんて、思っても、全然出てこない。答えになりそうなものを、と自信なく答えれば、満面の笑みがそこにあった。
それにドキッとしたのは気のせい――だと思いたい。
「え、分からない? 熱が出るってことは冷ますんだよ?」
「いや……うん? それは分かってるけど、雨と地震に関係ある?」
何も反応がないことに不安になったのか、目の前で手を振ってる。言ってることはまるで理解できないが気に教える、それだ。
冷静さを取り戻した俺は一歩後ろに下がって、適度な距離を取る。言ってることは分かるけど、関係性が視えなくて眉根が寄った。
「地球を人間に例えてね」
「――――は? 待て待て待て待て。ムリムリムリ。ついていけない」
「人間が熱を出すってことは地球も熱を出すってことなのよ」
くるりとスカートを翻して前に向き直し、歩き始める。当たり前のように告げられるそれは、今度こそ、思考を止めた。
何がどうなって、地球を人間にしなければいけないのか。つーか、地球を人間に例える人がいることに驚きだ。頭を整理したい――その一心で手を前に出して、制止して見るけど、止まりはしない。気にすることなく、道に転がっている小石を蹴って続けた。
「え、うそ。無視?」
「人間が熱を下げるのに薬を飲んだり、寝たり、冷やしたりするんだから、地球もして当然だと思わない?」
「当然じゃ……なくない?」
「もう! 人間に例えてって言ったでしょ?」
俺の願いはむなしくも叶わず、あまりのショックに問いかけ返すも、彼女は自分の世界に入り込んでいる。人に例えるなら、想像しやすいと思っているのかもしれない。でも、当たり前だと言い切るにはちょっと、戸惑いと抵抗があった。
ごにょごにょと濁す俺に、理恵はまたこちらに身体を向けて、眉を吊り上げる。
「まあ、……うん、そうなる、のか?」
「でも、人間と違って薬を飲めるわけじゃないじゃない。自ら熱を冷ますのに地震で熱を逃がす――ううん、熱が出ると頭痛がするように地震が起きるんじゃないかな!」
「はあ……」
話を進めるためにも、いろいろな感情と考えを上手く飲み込んでみると、それなりに納得できた気がする。恐らく、多分。理解を示したことで気分を良くしたのか、雫は肩の力を抜いて、またこっちを向いたまま、帰り道を器用に歩く。
地震が起きる原因は地盤……岩盤? のズレって言ってたような――やべ、理科の授業をちゃんと聞いとけばよかった、と今更ながら後悔するけど、曖昧な記憶で反論する気にも慣れなくて。いや、むしろ、ワクワクと語ってる彼女の仮説が少しずつ、形を成していて、気になり始めた。
「でも、そんなことしてたら、大地震が来て地面が割れていくばかり――そんなことになったら、火山が噴火するでしょ? だから、雨が降るんだと思うの!」
「――ちなみに、それどっかの科学者とか研究者が言ってんの?」
雫の語りは最悪の方へと向かっている。なんておぞましいことを言ってのけるのだろうと、夏なのに背筋が凍りそうになった瞬間、話を締めた。それが起きないようにまた別の減少が起きるのだ、と。
だんだん毒されてきているのか、その説の筋が通っているような気さえしてきた。でも、所詮はしがない高校生だ。どれだけ不思議な子であっても、地理が大好きで、没頭して研究している女の子ではないのだから、確証はない。信じるにしても、今一歩足りない。
もし、これをプロが証明しているなら、信じられるし、彼女の仮説はすごいと素直に賞賛できる。
「知らない! 私が考えただけ!」
「で、地震と頭痛のつながりは?」
ニシシ、と悪戯笑顔が答える。その堂々たる姿にもう、突っ込む気力は消え失せた。
頭痛がしてきそうな会話に、俺はこめかみを抑えて、もうひとつ残った謎に踏み込む。どこから出たのか分からない地震の予兆とやらが気になって仕方なかった。
「さあ?」
「さあって、お前な……」
「だって、分かんないもん。でも、痛くなるのはホントだし……あっ、龍くんが立証してくれる?」
ケロっとなんてことないように首を傾げる雫に肩をすかした。結局のところ、何も分かってない。解決しない謎を与えられただけで、モヤモヤする。新しいおもちゃを与えるだけ与えて遊び方を説明しないような態度に、ジト目をむければ、彼女は目を細めて笑った。
名案とばかりに簡単に言ってのけるそれは、本当に突拍子もない上に、迷惑な話だ。
「ムリムリ。俺、べんきょー嫌いだし」
「ざんねーん。謎を解明してもらおうと思ったのに」
「人に頼んなって」
一週間後のテスト勉強すら嫌なのに、興味のない地理の勉強をするなんて身体が拒否ってる。それなnおに頭痛との関係まで調べなきゃいけないなんて、苦痛でしかない。想像しただけでゾッとする。
残念という割にはしつこく要求することなく、あっさり諦めてくれた。きっと、俺がなんて言うか分かっていたのかもしれない。雫の手のひらで転がされているような気がして、ため息が自然と出る。
「あははっ! まあ、あんな適当な雨乞いじゃ降らないと思うけど……気持ちよ! 気持ち!!」
高いけど、耳が痛くない――聞き心地の良い笑い声が響く。でも、それは一瞬だ。困ったように眉を八の字にさせて、頬をポリポリとかいていた。
確かに空に「雨よ! 降れ!」と叫んで、ブツブツ呟いたところで降るわけがない。そんなんで降るなら、キリがない。それが可能になってしまうなら、「晴れろ」も出来るってことになる。そうなったら、天気予報士が朝のニュースから消える大事件だ。
「ちゃんとしたのやればいいじゃん」
そんなに雨を望むなら、雨乞いの儀式でも調べてやればいいのに、やらないのは何でだろう――という疑問が湧いてくる。
指摘すれば、チッチッチッ、と人差し指が左右に揺れる。まるで、分かってないと言わんばかりだ。
「素人がやっていいことないよ。これくらいがちょうどいいの!」
「まあ、そもそも仮説が合ってるかも怪しいけどな」
それに眉根を寄せれば、彼女は無邪気に両手を広げて言い放つのだ。仏塔んでいても、分はわきまえているらしい。だが、それも雫の自論が合っている前提の話だ。
チクッと刺す程度のトゲに収めるのは、自己防衛のため。本格的な討論になったら、不思議ワールド全開の彼女に勝てる気がしないからだ。
「いいの! 私は世界平和のためにちょーどいい量の雨を望んでるだけ!」
「……でっけぇスケール」
「ふふっ、そうでしょー!」
一応、俺の嫌味は伝わっているらしいが、一蹴された。ブレることなく、自分の発想を信じて疑わないからこそ、強い。どれだけ凄いことを言っているのか、分かってるのか――と、戸惑いは隠せない。だけど、そこまで言い切ってしまう芯の強さに憧れてしまうのも事実だ。
雨乞いが世界平和に繋がるなんて誰が思うだろうか。大規模な野望にポロッと零れ落ちる。小さなつぶやきを捉えられる名手思ってなかったのに、ニシシ、といい笑顔で笑うんだ。
彼女はクルッとまた前を向いて、一本の細い道を歩くように両手でバランスを取りながら、進。俺たちの歩く地面はそんな質のいい道ではなく、ただ整備されただけの土田。コンクリートに描かれた白線のようなものなんて、何処にもないから滑稽に見える。
「~~~♪」
この面倒なことをどうやって伊藤に説明するかを考えようとしたけど、鼻歌を歌って楽しそうにしている背中を見ていたら、どうでも良くなった。伸びてくる影が、遊びましょ――と、誘ってくるように見えて、子供心がくすぐられる。自然と口角が上がるのを感じながら、俺の前でいく影を踏んで歩いた。
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