第23話 次の目的地

 アードルング辺境伯と暗黙の視線を交わし合い、お互いに頷く。

俺は蛮族に関する嘘に目を瞑り、辺境伯は血塗れの英雄の最後に関して目を瞑ったのだ。


「それにしても、蛮族40人を相手にした男爵のは我が領にこそ欲しいな。

公爵家の後継ぎでなければ養子にしてでも欲しいところだぞ」


 俺は、その辺境伯の台詞にギクリとした。

俺が口にしていない事実を辺境伯が知っていたのだ。

そこで俺は一部始終を全て見られていたのだと察した。

グラルト騎士爵を蛮族の前に放り出して見捨てたこと、40人の蛮族に囲まれ、それを俺が単独撃破したこと、全てを密偵なりが見て報告していたのだ。

いや、あの辺境伯の口ぶりだと、魔導具で中継されていたのかもしれない。

悪意には敏感なメイルの【探知】も、凶悪犯の転生者専門の俺の【凶悪犯探知】も、見学だけの密偵を探知することは出来なかったようだ。


「そんなことはありませんよ。

全て優秀な部下に任せっきりです」


 俺はそうしらばっくれるしか無かった。


「ふん、そいうことにしといてやるわ」


 辺境伯もそれに応じた。

藪をつついて、蛮族の真実が露呈しても困るからな。


「もう用事がないなら、帰った帰った。

うちの領には特産物も観光名所もないからな」


 厄介払いだと言うがごとく、辺境伯の右手がひらひらと泳いだ。

これで謁見は終わり。

俺たちは次の目的地へと向かうこととなった。


 ◇


 次の目的地は、南にある港湾都市だ。

外国との商売で外洋船が行き来しているため、そこは人種の坩堝で国外からの異国人も多いと聞いていた。


 凶悪犯の転生者は、なにも国内だけに居るとは限らなかった。

女神が転生させたのは、この世界中になのだ。

俺と同じ国である必然性は全く無い。

しかも、カレンやメイルみたいにTSしていることもあるのだ。

人種が違うなどということは普通に有り得ることだろう。

いや、まさかと思うが人外のモンスターに転生なんてこともあるのかも。

クモだとかスライムだとか、果ては剣だとか自販機だとか、転生ならばなんでも有りだからな。


 そういった懸念から、異国人が集まり易い場所、南の港湾都市アケーリアルを目指す事にしたのだ。

その地まではアードルング辺境伯領から壁上を南下し、最南端の渓谷を流れる大河を下るのが最短ルートになるらしい。

渓谷の対岸は、また別の国なので、トラブルに巻き込まれる危険もあったが、対岸に上陸さえしなければ気にする必要も無いとのことだった。


 ◇


 国境の壁の上には通路があり、そこを馬車が行きかっていた。

壁の先々には塔状の構造物がいくつもあり、そこからスロープで降りると、壁の王国側に出られるようになっていた。

逆に壁の内側から壁の上へと登るのもそのスロープを利用していた。

つまり、壁の上は領地と領地の間を結ぶ高速道路のような役割をしているのだった。

スロープの下には宿場町があり、壁の上を通行する商人たちが夜を過ごせるようになっていた。

俺たちは、そんな宿場町に泊まりながら、その南の終着点である渓谷までやって来ていた。

道中トラブルも凶悪犯との遭遇もなく、俺たちは平和な旅を満喫していた。


「ここを降りれば河下りが出来るのだな?」


「はい、馬車や騎馬も載せられる船が運航しているはずです」


 その船に乗り、先にある大河を下れば海に出る。

その海岸添いを進めば港湾都市アケーリアルに到着だった。


 ◇


「王家御用達の船を手配出来ました」


 俺が持つ王家の紋章入りの剣の威光により、順番待ちをすっとばして船が手配出来た。

権力とは、使うためにあるのだ。

港湾都市アケーリアルへと向かう、表向きの理由は脱税調査だった。

大きな取引をしているところに脱税あり。

国の仕事なので、大いに権力を使わせてもらう。


 船は底が平たく広い川船だった。

その船首寄りに馬車と騎馬を乗せて柵で囲む。

馬が暴れれば水に落ちてしまうような作りだが、馬も水には落ちたくないようで大人しくしている。


 船の後部には推進器があり、一段高いところに船主がいて操縦していた。

その前が囲われた小屋のようになっていて、客の個室となっていた。

所謂屋形船的な小屋が船首の馬と馬車の柵のところまで続いている。


 小屋の入口を潜ると、半分船体内に降りるようになっていて、そこには座れるだけの高さしかなかった。

個室といっても、そこに仕切りがあるだけだ。


「まあ、横になれる空間はあるか」


 雑魚寝よりはマシ、そういった感じだ。

王家御用達といっても、別に王様が乗るわけではないのだ。

王様用には御召船という特別な意匠の船が存在しているらしい。

中も豪華なことだろう。


 こうして俺たちは船上の人となった。

何をするでもない他人任せの旅の始まりだった。


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