第18話 殺人ライセンス

「待ち伏せされています」


 御者席のメイルが周囲の気配を察知して報告してきた。


「何人だ?」


「たぶん前方に10人、左右に5人ずつ、後方に8人です」


 メイルが【探査】スキルで周囲を探って報告する。


「囲まれてるな」


「男爵、どうしましょうか?」


 カークとスケズリーが騎上で臨戦態勢をとり身構える。

今ならば、引き返して後方の8人だけを相手にすれば良い。

そうすれば包囲が完成しないうちに脱出することが出来るだろう。

それだけの余裕がまだあった。


「いや、このまま引っかかってやろう」


 俺たちの馬車を襲おうとしているのは、所謂野盗だと思われた。

俺は、その野党の中に凶悪犯の転生者が居るかもしれないと思って、その稚拙な待ち伏せにあえて引っかかろうと思ったのだ。


「28対5ですぜ?」

「他にも伏兵が居る可能性もあります」


「それでも勝てるだろ?」


 そう俺が言うとカークとスケズリーの顔に緊張が走った。

あれ? この人数では自信が無かったか?


「いざとなったら、も戦う」


「「それが心配なんですよ!」」


 あれ? そういうこと?

俺の腕が信用されてなかったか。

カークたちにとっては28対4の感覚だったわけね。


 そんな護衛役の心配をよそに、俺たちの馬車はわざと野盗のキルゾーンへと入って行った。


「止まれ! 有り金全部と女を置いていけ、さもないと命は無いぞ」


 典型的な野盗だった。

さて、転生者が紛れていないかな?


「【凶悪犯探知】」


 俺はお馴染みの【凶悪犯探知】を使った。

だが、期待とは裏腹に、そこには転生者は含まれていなかった。

この世界、凶悪犯の転生者が関与していなくても、日常的に凶悪犯罪が起こっているのだ。

むしろ、転生者が成長し凶悪犯罪を犯す前に、この世界の犯罪者の餌食になるなんてことも起きているようだ。


「スケさん、カクさん、カレン、やっておしまいなさい!」


 カレンには、俺の許可がない限り、人を殺すなと命じてあった。

カレンは【殺人】の犯罪スキルを持っているため、命令で縛って殺人衝動を抑えなければならないのだ。

その禁断症状を発散させるために、野党の襲撃は好都合だった。


「なんですかそれ?」


 俺の戦闘開始の合図は前世でしか通じなかったようだ。

だが、その合図で皆が野盗の迎撃に向かう。

カレンが前方に、カークが後方に、左にスケズリーが向かい、右はメイルが受け持った。


 俺はというと、御者席に立って、全方位の警戒と各々がピンチになった時の対処を行っていた。

ちょっとは戦えるところを見せないと、カークとスケズリーが心配しそうだからな。


 弓矢を撃って来た右の野盗の矢を風魔法で吹き飛ばしてやる。

その隙にメイルが素早く弓の弦を短剣で斬って行く。


 長距離攻撃を無力化された野盗に、俺は火魔法のファイアボールをお見舞いしておく。


「メイル、そいつらはもう良い。

後方の援護を!」


 草むらごと燃える野盗は放っておいて、メイルを後方のカークの援護に向かわせる。


 丁度その時、騎馬のまま左側に向かったスケズリーも野盗5人を斬り伏せていた。


「スケズリー、カレンを突破して来るやつだけで良い」


 カレンの援護に向かおうとするスケズリーを馬車の前に配置する。

殺人狂バーサークモードに入ったカレンは、敵味方の見境が無くなり気味なのだ。

うっかりスケズリーを斬るなんてことが起きかねない。


 そんなカレンを恐れた野盗2人がこちらに逃げるように向かって来る。

さすがに10対1では取りこぼしが発生してもカレンを責められない。

その2人を難無くスケズリーが倒す。


 後方ではメイルの援護でカークが8人の野盗を葬り去っていた。

騎馬の突進力を、徒歩の野盗では受けきれなかったようだ。


 カレンは既に5人を1人で斬り倒していた。

残り3人のうち、1人は野盗のボスのようだ。

そのボスとの斬り合いをカレンは楽しんでいるようだ。


「邪魔!」


 カレンとボスの戦いを邪魔しようと後方から剣を突き出した手下が、カレンに後ろ手で斬られる。

その隙にボスがカレンに斬り込むが、カレンはするっと身を躱し、その手下の後ろにまわる。

ボスの刃が手下を袈裟懸けに斬る、そして、その手下の身体半ばで剣が止まる。

その時、カレンが手下の影から飛び出し、ボスの腹を切り裂いた。


「はい、終わり」


 もう1人が逃げて、スケズリーに斬られるのを見ずに、カレンは戦闘の終了を宣言した。


「カレン、もう殺すな!」


 それがカレンの殺人許可ライセンス終了の合図だった。

そこでまだ生きていた奴が! なんて展開は全く無かった。

殺す時はしっかり殺す。

それがカレンだった。


 これは良い殺し。

この世界では合法の殺しなのだ。

恍惚とした表情のカレンを見つめながら、俺は自分を納得させていた。

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