第五話 レオガルド

 

 案内された場所は、宮殿の中にある広間。


 広さは先ほどよりも狭いが、雰囲気は雲泥の差だった。


 床は、数種類の木材を幾何学模様に張っている。彫り物が施された腰板、金の飾りが施された壁や柱、それらを照らすシャンデリアの暖色光が、優しく広間を包み込んでいた。


 本来であれば、目を奪われる美しさなのだろう。だが今は、楽しむ余裕がない。むしろ、目に入ってくるもの一つ一つが、疑惑を確信へと変えていくのだ。


 目的の場所に着いた皇女パトリシアは、生徒たちに向き直ると口を開いた。


「日本の皆様。場所の移動を受け入れていただきありがとうございます。ここでしたら、ご説明するのに相応しい場所だと思われます」


(やっとだ……)


 皇女パトリシアの話に、耳を傾ける。


「では、何が起こったのかをご説明させていただきます。まず、結論から申し上げます。皆様は、地球から異世界であるレオガルドに落ちて来てしまわれたのです」

「……あ、あの、さっきも言ってましたけど、本当にここは地球ではないんですか?」


 先頭に立っていた成世が、絞り出すような声で皇女パトリシアに尋ねる。


「信じられないかもしれませんが、事実です」


 頭では薄々理解していたが、心がそれを受け入れなかった。しかし、皇女パトリシアからはっきりと告げられたことで、現実として受け止めざるを得なくなってしまった。


 周りに目をやる。


 みんな、呆然と立ち尽くしていた。


「皆様の心中お察しいたします。ですが、どうかご安心ください。我々は、皆様を皇国にお招きするためにあの場所へお迎えに上がったのです」

「なんで……」


 皇女パトリシアの話を聞き、つい疑問を口にしてしまった。


「どうかなさいましたか?」


 皇女パトリシアが、こちらに目を向けてくる。


 鼓動が高鳴り、背中に汗をかく。


 真っ直ぐにこちらを見つめながら、言葉を待つ皇女パトリシア。引き下がれなくなってしまい、おずおずと尋ねる。


「あの、なんでそこまで親切にしてくれるんですか? そもそも、どうしてあなた方が日本のことを知ってるんですか?」


 自分たちはただの学生で、相手は一国の皇女。本来なら言葉を交わすことすらできないほど高位の存在にもかかわらず、自分たちに対して礼節を尽くしすぎている。さらに、初めから日本を知っていることも不可解だった。


 投げかけた問いを聞いた皇女パトリシアは、さも当然のように答える。


「それは、勇者様が日本から遣わされた御使いみつかいだからです」

御使いみつかい? そういえば、勇者とか朝の子とかって言ってましたけど、それと関係があるんですか?」

「はい。ご説明は少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」

「お願いします」

「わかりました。では、まずレオガルドについてご説明させていただきます。遡ること千年前、レオガルドは暗雲が空を覆い、魔族が蔓延る死の大陸でした。多くの人間は魔族に殺され、生き残った者たちも大陸を転々とし、身を隠すように生き延びていたそうです。それはまさに、地獄そのもの。しかし、そんな地獄の中であっても生きることを諦めなかった者たちがいました。血に塗れ、泥水を啜り、必死に生き延びながらその者たちは神に祈り続けたのです。‘‘我らを助けたまえ”と。すると天に座す神が、御使いみつかいを遣わしたのです」


「それが、勇者……?」


 皇女パトリシアは頷き、続きを話す。 


「この地に降り立った勇者様は、神のお力をその身に宿していました。天に手を翳せば陽光が降り注ぎ、地を歩めば希望の光を灯す。光を創造するお姿は、まさに光の御子みこ。そして魔族を退け、レオガルドに平和を、金色の夜明けをもたらしたのです」


 話を聞き、思わずに唾を飲み込んだ。


 まさに、英雄譚。


 それを日本人が行ったと聞いて、衝撃を受ける。


「光の御子に、金色の夜明け……俺たちを朝の子って呼ぶのも、もしかしてそこから?」

「おっしゃるとおりでございます。レオガルドでは、神は太陽におられると考えられています。そして夜明けを齎した勇者様を称えて、日本の方々のことを我々は、‘‘朝の子”と呼んでいます」

「ッ!? 待ってください! 太陽は、地球なんですか!?」


 神は太陽におり、勇者は太陽から遣わされた。それはつまり、太陽が地球ということになる。


 異世界と聞き、漠然と遠い場所だと勝手に思い込んでいたが、目に見えているところに地球があると分かると食い気味に尋ねてしまう。


 しかし、皇女パトリシアは暗い顔で答える。


「申し訳ございません。太陽が地球であるかどうか断言できないのです」

「どうしてですか? 自分たちは太陽から来たんですよね?」

「はい。そのことにつきましては、次にご説明することが関係しています。皆様は光に落ち、お気づきになられた時には、レオガルドに来られていた。お間違いないでしょうか?」


 黙って頷き返す。


「やはり……そうなのですね」


 皇女パトリシアはそう呟く、端麗な顔を歪ませる。


 ただ、すぐに意を決した顔に変わって告白を始めた。


「皆様がレオガルドに落ちてしまわれたのは、この地に住む者たちのせいなのです」 

「……どういうことですか?」

「神がレオガルドに住まう者たちを救うため、世界の理を歪められたのです。本来交わることのない二つの世界を結び、その結果、日本に穴が開いてしまったのです」

「穴……?」

「はい。そしてこの穴こそが、原因なのです。この穴は普段閉じていますが、突然、開くのです。その上、ただ開くだけではなく、日本におられる方々がレオガルドへ落ちて来てしまうのです」

「そんな……」


 何度目か分からない驚愕に、言葉を失う。


「すべては先祖たちが神に祈り、救いを求めたことが原因でございます。しかし、今の我々があるのは、先祖が救いを求めた結果。つまり、我々にも責任がございます。朝の子の皆様。無関係な皆様をこのような事態に巻き込んでしまい申し訳ございません」


 皇女パトリシアは、深々と頭を下げた。


 後方で控えていた臣下達も、頭を下げてくる。


「頭を上げてください。皆さんが直接的に何かしたわけではないじゃないですか」


 そう言ったのは、秋人だった。


「それと、自分も質問していいですか?」

「何なりとおっしゃってください」


 頭を上げた皇女パトリシアは、質問を受け付ける。


「穴は突然開いて、そこから日本人が落ちてくるって言いましたよね。ということは、自分たち以外の日本人がこの世界にいるんですか? それと、一番大事なことですが、自分たちは日本に帰ることができるのかどうか教えてもらえますか?」


 ――日本に帰れるかどうか。その言葉を聞いて真っ先に反応したの皇女パトリシアではなく、固まっていた生徒たちだった。


「そうだ、俺たち帰れるのか!?」

「今すぐ日本に帰してください!」

「帰して! 家に帰して!」


 息を吹き返したように声を上げる生徒たち。



 ――しかし、



「お静かに」


 皇女パトリシアのたった一言。


 それだけで、広間が静寂に包まれた。


 自制心を失っていた生徒たちは口を閉ざし、目を見開いて皇女パトリシアを見つめる。


「大変失礼しました。皆様、どうかご安心なさってください。皆様は、日本にお帰りになることは可能でございます」


 帰れると聞き、生徒たちは嬉々とした表情を浮かべた。


「本当に帰れるんですね?」


 秋人は、ぬか喜びにならぬよう再び皇女パトリシアに確認を取る。


「はい。ただ、今すぐお帰りになれるというわけではございません。それについては先ほどのご質問と一緒にお答えします」


 今すぐには帰れない。生徒たちは再び声を上げようとしたが、そのわけを話すと言われたため、黙って耳を傾ける。


「先ほどのご質問、『皆様以外に日本の方々がおられるのか』その答えは、おりません。先ほどの話は過去のことです。そして記録によれば、その方々は全員、日本にお帰りになられています」


 帰れることは分かった。だが、まだ今すぐ帰れないわけが判明していない。引き続き、固唾を呑んで聞き入る。


「今すぐにお帰りになれないわけは、先ほどの穴と太陽が関係しています。皆様や過去に訪れた方々は、必ず光に落ちて来ています。この光は、太陽の光だと勇者様が記憶に残されています。このことから、我々は太陽が地球であるという考えに至りました。そして、太陽が皇国の真上、つまりは二つ太陽と皇国が一直線に並んだ時、穴が開かれるのです」


「真上……一直線……それって正午ってことですか? なら、明日の正午になれば帰れるってことですか?」


 秋人が、皇女パトリシアに尋ねる。


「残念ながらそうではありません。次に二つ太陽と皇国が一直線に並ぶのは、半年後になります。つきましては、その半年間、我々が皆様のお世話をさせていただきます」


 半年。


 決して短くはない。


 しかし、それまで世話をしてくれると皇女パトリシアは約束してくれた。


 知らない世界でここまで親切にしてくれる相手がいるのは、幸運と言える。


 生徒たちは皇女パトリシアの申し出を受け入れ、やっと息をつくことができた。



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