大学を後に自宅に帰ろうと思ったら、ブルブル、とスマホが鳴った。見れば実家の隣に住む坂間さかまさんからの電話である。何かあったら連絡するように頼んでいた。


「はい、もしもし」


「もしもし、由衣ゆいちゃん? あのね、先週ね、お母さんが道端で倒れてて、お父さんが助けに行ったらしいのだけど、そのときすごい勢いで何か言ってたの。なんか叱ってる感じみたいだったの。ほら、私に言ってたじゃない、何かあったら連絡してって。忙しいかもしれないんだけど、あなたが東京に戻ってから二週間ぐらい経ってて、以前より何も音沙汰がないもんだから、心配になって。買い物にも出てないし、宅配も来てないみたいよ。ちょっと様子見たほうがいいかもしれないわ。」


 坂間さんの早口を聞きながら、頭の中ではまず疑問がいくつも湧いて出てきていた。あのとき、父も母も外に出ているような雰囲気ではなかった。父は時々買い物に行くようではあったが、母が外出するといったことは、あの時誰に聞いても微塵も聞かなかったことである。


 今夜こそは問い詰めよう。そして役所なり警察なりカウンセラーなり病院なりなんなりに連れてゆかねば。そう固く決心して、その足で最寄りの駅に向かった。二時間ちょっとはかかる。実家に電話をしたが誰もとるものはいない。弟は寝てるんだろう。母親も寝てるかしら。父親は叫んでいるかやはり寝ているかなんだろう。プロレスでも見ているのかもしれない。

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