モンスターラバーズ

縁下 扇

第1話 世界の中心で愛を叫んだばけもの

「お届け物です」


これまでの全てを覆す、始まりの言葉だった。

12月の北海道、おそろしく冷え込む雪の中、宅配業者には頭があがらないな、なんて考えながら玄関に向かう。なんてことない、普通の荷物の受け取り。ただ一つ違和感があるとすれば、何も頼んだ覚えがないというくらいだ。


「こちら、お品物になります」


サインをして受け取りを済ませた後、箱の大きさに驚く。ぱっと見でも1メートルはあろう、やけに装飾の凝った黒塗りの箱だ。一言で表すなら、宝箱だな。


「一体なんなんだこれ」


若干の興奮を隠しつつひとりごちる。悪意ある者が危険物を送りつけてきた可能性もないでもないが、こんな豪勢な作りをした箱を前にして落ち着いていられるほど、俺の中の男の子は消えてはいない。おそらく、高校3年生が小学生の様にはしゃぐ今の状況は、他人からみるとなかなかに滑稽だろう。


そのまま玄関で開けようとして、南京錠らしき鍵がかかっていることに気づいた。この興奮が冷めぬうちに、一体中にどんな宝があるのかが知りたいところなのだが…リズムが乱れてしまった。


"開けなければいけない"


次第にそんな意識が芽生え始めた刹那、俺は隣の靴入れの上にほおってあったトンカチを手に取った。グッドタイミング。神に感謝しながらも、思い切り振りかぶり、施錠されてる南京錠らしきものをぶち壊そうとする。


南京錠に、トンカチが触れる直前だった。


箱が、爆発した。


正確にいうと、爆発するかのような勢いで開いた。


その勢いに押され、玄関の上がり框に尻餅をつきつつ、箱から出てきた何かを確認する。


「やあ、友人。これから君をサポートするメアリーだ。どうぞよろしく。」


出てきたのは、白く透き通る長い髪の、女の子だった。










「それで、君は一体何者なんだ?」


親が帰ってくることを恐れて、一旦部屋に入れたはいいものの、ぶかぶかのカッターシャツ一枚のロリっ子を部屋に置いているこの状況、かなりまずいのでは?


「言ったであろう?私はメアリー。君をサポートするためにやってきたんだ。よろしくな、友人」


なんで妙に偉そうなんだろうか。悪意のあるものが危険物を送ってくるシュミレーションは、当たってしまったようであった。


「それにしても友人、登場するや否やトンカチでぶん殴るというのは、いささか行き過ぎた防犯意識じゃないかね。」


当たってないと思っていた全力トンカチスイングは、命中していたらしい。当たっていたらそれはとても申し訳ないことなんだけれど、見る限り彼女には傷一つついていない。


「当たってたのか、すまん」


「人をハンマーでぶん殴ってなんなんだその態度は…まぁいい、とりあえずこの瞬間から私は君の相棒だ、今のところは日常の謳歌を実行しようではないか、なぁ友人?」


宅配で送られてきてから謎の発言を繰り返すその女の子は、あまりにも当たり前かの様にそこに居た。意味のわからないことを言って、勝手に俺を友人認定して、その上部屋でゴロゴロしながら漫画を漁る。これが今であって、現実であるのは目を背けることのできない事実であった。


「結局何者なんだよ。まず俺は友人なんて名前じゃないし、サポートを頼んだ覚えもない」


「ある人から頼まれちゃってね、まぁそんなに気負わずに、気楽にしといておくれよ、友人」


こいつはおちょくっているのか?一向に埒があきそうにない。


「俺の名前は友人じゃない、えにしだ!まぁいい、警察行くぞ。事件以外の何者でもない。あ、トンカチでぶん殴ったことは黙っといてくれよな」


こういう時はポリスを頼るのが1番と相場が決まっている。ジャパニーズポリスは有能なんだ、きっとこんな状況もどうにかしてくれるに違いない。


「何を言っておる!?いずれわかる時が来る、悪いことは言わんから家に置いとけ!」


「宅配で送られて来たガキの言うことを、信じるわけねぇだろうが!」


ビーズクッションから引き剥がす世紀の大バトルが始まった。こんなガキ、ぶち飛ばしてやる。


勝敗を言うと、負けた。化け物じみた怪力でしがみつくので、そこそこ丈夫なビーズクッションが炸裂するほどだった。


「わかっただろ?君じゃ私に勝てない、大人しく養って待っとくんだな。ひとまずはどら焼きとやらを買ってきてくれ。それでぶん殴った件をちゃらにしてやるから」


メアリーがビーズに埋もれる俺に捨て台詞を吐く。本当になんなんだこいつは。我が家を内側から支配しようとする地球外生命体か何かなのかだろうか。

いや、どら焼きとなると、猫型ロボットだろうか。











「横暴だ…これは侵略だ!」


そう言った時にはもう俺は玄関を出ていた。あんな化け物が言うんだから従うしかない。そう、これは仕方のないことなのである。決してあんなガキにびびっているわけではないが、俺も甘いものが食べたい気分だったので、雪の中テイコーマートに向かうことにした。


やはり12月、そして雪、死ぬほど寒い。この地域ははこの時期にもなるとしょっちゅう吹雪いて、雪が積もるし、住宅地が雪まみれのせいで、いつも通る道が微妙にわかりずらい。雪が降らない地域の人間は、雪の降る環境に憧れたりするらしいが、雪かきさせられる身にもなってほしいものだ。


あと少しで最寄りのテイコーマートに着くというところで、足を止める。明らかに何かおかしい。雪に紛れて白い髪の女がこっちに近づいてきているのを、家から出て1〜2分たった頃からずっと感じている。視線は明らかに俺を見ているし、普段なら美しいと思うであろう蒼い目は、この場合恐怖しか連想されない。さっきからずっと小走りで追いかけられている。バレバレだ。


ここは勇気を出して撃退するしかない、雪かき仕込みの腕力が火を吹き時がついに来たようだ。


「えーっと、俺に何か用ですか?」


日和った。


「ごめんごめん!君、モンスターとかクリーチャーって興味ある?信じてる?」


俺はもう二度と白い髪の女性と関わらないことを誓った。

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