第33話 幕間 聖女の力

「聖女様、本日二回目の会議の準備が整いました。四十階に全員集まっております」


「分かった。今行こう」


 ターナリオンで最も星に近い位置である、人族の技術が集結した城。

 それは技術の集大成でもあり人族の象徴でもあることから、〝星天城〟と呼ばれている。設計の全てを万を超える魔石で造っているため、魔石から放たれる魔力で守れており、かつ魔石の硬度によって全六十階層の重さを耐えられている。


「勇者様は?」


「魔獣を倒し帰って来ておりますが疲れが残っているらしく、自宅で休まれておりますが……」


「呼んで来てくれ、今回は勇者様の力が必要になるかもしれん」


「承知しました」


「頼んだぞ、と言えば駆け付けてくれるだろう」


「はっ!」





 四十階層に集まった人族の重要人物たち。

 それは、人によっては貴族と呼ばれる者たちであったり、未知を探求することに尽力する冒険者と呼ばれる者たちであったり、商いによって大陸全体の経済を回す者であったりと様々だ。


「今回、学園に入学した者たちはどうだ?」


「今回も~優れたスキルを持つ者たちが多いですぅ、【解析】系のスキルを持つ人たちがみ~んな驚いていましたぁ」


「十年前と比べると質が上がっているんだな……。やはり勇者様がここに召喚されてから我々の力が格段に上がっている。魔獣も増えてきている傾向にあるが、それなら特に問題はなさそうだ」


「勇者様は力もそうですが、見た目も、心も優しい方。広告塔……とやらになって貰ってからというもの、大陸全体の経済も良い方向に進んでいます。特に海鮮系の食べ物の発展が目覚ましいですよ」


「研究の発展だって素晴らしいですよぉ~。特に魔石の加工に関してはぁ、既に魔工学の基礎を塗り替えてしまうレベルですぅ」


「……女神様に感謝しなければなりませんね」


「でも、本音を言えば男が少し調子に乗っているは許せんな。大概は勇者の力だと言うのに、まるで自分たちまで凄いと勘違いしている。昨日の冒険者登録試験でヒドいやつが来た」


「冒険者家業ならそのくらい気合が入ってる方がいいんじゃないでしょうか?」


「まぁ、それもそうだがな」


 国のトップが会話をする雑多を一瞬にして静けさに変える、扉が開く音。

 四十階の会議室が静かになったからか、やけに扉の音が響く。


「皆の者、集まっているな」


「皆さん、お疲れ様です」


 扉の奥から現れたのは、〝聖女〟と〝勇者〟と呼ばれる者。

 人魔大戦を終えてから、国を復興するために女神から力を賜った人族を代表する優れた能力を持つ二人の人物だ。


「勇者殿、お疲れ様」


「ギルド長! お疲れ様です、今回の依頼もサクッと終わらせて来ましたよ!」


「勇者様ぁ~、解析チームが勇者様はまだかぁ! って叫んでましたよぉ?」


「そうなんですよ、ギルギリ様。また良いこと思いつちゃいまして――――」


「その前に勇者様、私にもご挨拶をさせて下さいよ」


「ミ、ミツさん? 相変わらずボディタッチが……」


 今回の亜人・魔人との取引によって呼び出された者たちの中でもリーダーである三人は、揃って勇者に対して好印象。


「ふふ、勇者様はいつも素敵だ」


 それは聖女であるこの国のトップも変わらない。

 女神によって救われた人族、それが理由でどうしても女性優位に働くこの世界で、とてつもない才能の輝きを放った男だ。

 女神様から直接関与された、選ばれし人族。

 力も知恵も……そして体の方も、最高だった。


「ま、まぁ皆さん落ち着いて! 今回の集まりはとても重要なものなんです、自分もさっき聞いたばかりなんですが……なんだか結構やばい感じらしいですよ」


 そう言って、三人から離れた勇者は聖女の隣へと戻っていった。

 それが、これからようやく会議の本番が始まるという合図でもあった。


「明日の昼、もう一度取引があることは連絡していたな」


 聖女が神妙な表情で周りに聞くと、全員が静かに頷いた。


「前回行われた取引で起きた出来事も、ここにいる全員が知っていると思う」


「あの者たちに男が現れた、という出来事でしょうか?」


「そうだ、アマラとホソリが向かった一件……不確かではあるがな」


 人魔大戦の時に亜人・魔人の男は全て消滅した。

 どんな状態……例えそれが死体になっていたとしても、戦場から女神の輝きによって消滅していった。


「だからアマラの方に調べさせていたのだ。このターナリオンにいる奴隷たちの行動を――――そしたら、どうやらエルフのみが不思議な反応を示したらしい」


「それは私の方でも確認済みです、アマラ様に伝えさせていただきました。アマラ様も同じように感じていたので安心しましたが……」


 ミツとアマラで確認し合った、エルフたちの異常。

 それは、亜人・魔人大陸への帰還の申し出であった。


「ああ、魔力に長けているエルフだからこそ……何かが起きていると確信した私は聖女の力の一つである【未来視】を使った」


「…………そんくらいヤバかったってわけですか? 体にダメージは?」


「相変わらず心配性だな、ロロ」


「そりゃそうでしょう? ギルド長でもありますが、あたしはこの国の最終防衛ラインだ。聖女様に倒れられたら何を守ればいいですか」


「まぁそう言うな……別に命懸けの力ではない。体をしっかり休ませれば何度でも使うことが出来る力だ」


「それでも心配なんですよ。それで……何を視たんですか?」


 聖女の力の一つである【未来視】という力は、確かに実現する未来を見る力。

 出来事自体がいつ起こるかは分からないが、確実に起こる未来。そんな未来を伝え、国を人を救ってきたからこそ聖女と呼ばれている。


「……そこで、大きな問題に直面した。勇者様には伝えたんだが、今回の件に関しては――――未来を視ることができなかったのだ」


「……ッ!!?」


「え~とぉ、そんなこと今まで一回でもあったんですかぁ?」


「女神様から賜ったこの力を扱えるようになった時から、そんなことは一度もなかった。それに一度目の会議で取引は先延ばしに出来ないことが決まっただろう?」


「そうですねぇ~……今まであちらの資源を使って文明を発展させてしまった都合上ぉ、早めに決めないといけません。私たちとあちらでは時間の流れが違いますから」


「そうだ。すぐにでも動かなかったら平気で一年以上、時間が経過してしまう。そうなった場合……我々の国は魔石不足とポーション不足によって崩壊するだろう」


「これは……本当に大問題かもしれませんね」


 今まで、聖女である彼女が未来を見通してきたからこそ人族は生きてこれたと言っても過言ではない。

 もしも彼女が未来を視て新しい勇者を見つけなければ、あの大戦の後に待っていたのは地獄だっただろう。


「だが、未来が視れないからと言って亜人・魔人たちとの取引をこの状態のままにしておく理由にはできない。だから今回は勇者様にも集まって貰ったのだ」


「……なるほど。今回の取引は僕も一緒に行けばいいんですね?」


「話しが早くて助かるよ。それに勇者様だけではない、ロロ、ミツ、ギルギリ、そしてSランクの冒険者数名にも力を貸して欲しい」


 冒険者たちのリーダーであり、自身もまた騎士から成り上がった勇者に次ぐ最高戦力である――〝黒鉄〟ロロ。

 人族の大陸で商売を牛耳る、満月商会の六代目代理であるミツ。

 貴族として民をまとめる力を持ちながらも、自身もまた優秀なスキルを扱うありとあらゆる知識の探求者――〝賢者〟ギルギリ・ガキ・メスドーヨ。

 武力、知力、財力、その最高位にいる彼女たちに加えて〝勇者〟も同行するとなれば、貿易城での魔王との対面に不足はないだろう。


「なるほどぉ~……私たちも向かうということはぁ、相手も相当ぉーですか」


「送った書状には私の名と聖印を付与しておいた。あの書状を誰かしらが読んでいれば、向こうからは〝魔王〟が来るだろう。まず間違いない」


「……魔王」


「そう言えば、勇者殿は会ったことがなかったな」


「この世界の魔王という存在は〝悪〟なんですか?」


「悪い存在ではないが、邪魔な存在には変わりない。まぁ、もともと戦争相手だからな……」


「なるほどですね」


「相手はこの世界最強の戦力と、【未来視】を塗りつぶす正体不明の存在だ。故に今回の計画は、人族の最高戦力を持って取引に応じること。それしかできない……勇者様は今回が初めての顔合わせになるだろう。万が一のため、準備を怠らないように頼む」


「分かりました! その時は僕が、全力で皆さんをお守りします!」

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