第32話 人族からの書状

「ラーイン? その状況は一体……」


「ああ、タイガが外に出ようとしてたんでな。こうやって捕まえてんだ」


「なに!? それはいかんぞ、大河」


「そうですよ。ここから出てはいけません」


「いや、悪かったって。まぁ、今度ラーインと一緒に冒険するって約束したからな。もう勝手に外に出たりしねぇよ」


 異世界は一体どんな景色を見せてくれるのか、今から本当に楽しみだ。

 友達曰く、月が二つあるだとか建物が中世のものだとか色々言っていた。一回変な資料を見せられたことがあるから何となく想像はつくけど、あのホソリとかいうやつの服装を見た感じ……あんまり中世な感じはしない。

 だって服装が軍服みたいなやつだし、ピチピチのタイツみたいな服は着てなかった。どっちかって言うとこっちの世界よりだ。


「楽しみだな~」


「そんな約束をしていたなんて……。まぁ、その時はわたしも同行するとしましょう。ラーインだけでは流石に心配ですし」


「そうだな、それに関しては私も同感だ。それにデモンズノでの冒険は大河には無理だ、環境を考えるとナグルが治める東の地――」


「へぇ、ここはデモンズノって言うのか。そんな止めるほど問題あんのか? 窓越しに外見たけど雪降ってるだけだぞ?」


「問題だらけだ。ダンジョンから湧き出る魔獣も闊歩しているし、その魔獣の縄張りだってある。この場所が静かに見えるのは私たちがいるからだ」


 なるほど……つまり弱肉強食ってわけか。

 それにしても――――


「魔獣……――――い、異世界だぁ」


「それに精霊さん様の力がない大河には魔力が一切ないことを考えると、デモンズノの環境下で生きていくことは無理だろう。ここは北の地――とてつもない極寒だ。体が生まれつき強靭だったり、魔力を扱えたりしなければ、呼吸しただけで肺が凍てつき体中の血管が壊死してしまう」


「マジかよ……んじゃ、さっきラーインに止められてなかったら――――」


 俺、死んでたってこと?


「かなり物騒なとこに住んでんだな、なんでここに住んでんだ?」


「どうしてここに魔王が住んでいるのか、その理由はこの環境だ。並大抵の人族ではここへ訪れることすらも不可能。環境そのものが、人族にとって生き地獄に等しいからな。そして、精鋭を集めて例えここに来れたとしても魔王に勝てるはずもない。そもそも辿り着く前に敗北することになるんだが……かつての大戦で勝利した話しは聞いたか?」


「き、聞いた。〝勇者〟がいたけど戦いには勝ったって聞いてるけど?」


「ああ、人族は〝スキル〟と呼ばれる力を持って生まれてくるものがほとんど。その中でも〝勇者〟と呼ばれるほどの力を持った人族がいた――――が、その勇者でもこの大陸に足を踏み入れることはできなかった」


 人魔大戦と呼ばれている戦いは亜人・魔人たちの勝利した、あの戦いは圧勝と言っていいだろう。

 資源欲しさに、人族の基準で強い者たちを集めて進軍してきた人族。

 それに気が付き応戦した亜人・魔人が圧倒的な力で戦いを終わらせた。

 話せば簡単だが、それくらいの格の違いが種族間であった。

 つまり人族たちは……魔王に会うことなく、応戦した亜人・魔人たちにボコボコにされたというわけだ。


「ほえー……勝手に攻めて来てボコボコにね~。よく許せたなぁ」


 かりにも国同士の戦い。

 それに資源欲しさに、宣戦布告もなしに急襲してきたときた。

 それでも亜人・魔人たちは応戦しただけで、人族たちに他には何もしてないようだ。


「欲をかいたんだろう、人族の中で〝勇者〟という存在は最強だったようだしな。だが、あくまでも人族の中で……だ。私たちには関係ない」


「まぁ、資源もあって、エルフもいてってなると人族からしたら奪いたくなるよなあ。今まで互いに不干渉だったけど、あっちの大陸じゃ取れない鉱石や薬草ばっかだし」


「でも、わたしたちは強いですから。気にしてませんでしたよね」


「〝勇者〟の力があれば私たちの土地を奪えると考えたんだろう……あの時代は人族が急成長を遂げた黄金時代。どんなことが起こったのか分からないが、何も考えずに急成長したツケが回ってきたんだろう」


 したたかだぁ……。

 強すぎて全然気にしてないじゃん、俺が友達から聞いてた異世界での対立となんか違うよ? こういうのって魔族と人間の戦いがあるとかじゃないの?


「しっかし……急成長、ねぇー」


 人族の中で〝勇者〟が最強であることを気にも留めないプルメスと、人族なら〝勇者〟が最強だろうと考える俺。

 この世界ではどうか知らないが――――俺のいた世界日本とはやっぱり少し違うらしい。プルメスたちが強すぎて、〝勇者〟なんてどうでも良さそうだ。

 でも、普通に考えれば人族の動きは理解できる。

 所謂、これはテンプレだ。最近のものは必ずしもそうじゃないらしいが、だいたいは勇者が魔王という悪を倒すという設定。

 そもそも、そういう設定があることを知らなかったら、わざわざ格が違うと分かりきった強い奴らに挑んでいかないだろう。


「(今まで互いに干渉しないことを決めてた、人族たちの急成長、この二つのワードから導き出される答え。ふっ……分かったぜ、こりゃ――――多分いるよなぁ? 俺みたいに漂流したか、転生というビックイベントを乗り越えてこの世界に来たやつがよぉ)」


『もしもそれが真実ならば、あの女神からの干渉も説明がつくな……。どうやってもう一人の異世界人を確かめるつもりだ?』


「(…………それはー、その、……まだ教えな~い)」


『なるほど、策はあるのか。よくもこんな短時間で思いつくものだな』


「(…………)」


「まぁ、そんな理由わけでデモンズノは大河の体が耐えられない。ヴォルフアオーンはいたから分かるだろうが熱帯地帯、それに精霊樹があるため周りは自然ばかりでこれと言って見どころがあるわけではない。西は……山と山の残骸ばかりだ、乾燥もしてるしデモンズノからの気候も相まって大河の体には会わないだろう。もしも冒険するなら東――――鬼人族が治める地がいいだろう」


「よし、分かった! それじゃ今度そこに行こうな、ラーイン」


「よし、決まったな!」


「ラ、ラーイン? 急に立ち上がってどうしたんですか?」


「え? タイガの冒険先を決める話しじゃなかったっけ?」


「違いますよ!? 」


「……はぁ、頭は相変わらずか。さて話しを本題に戻そうか」


 プルメスがシーリングスタンプで閉じられている封筒を取り出して、その中身を机に広げて見せた。


「(なんか……高級そうな紙だな)」


 どんなことが書いてあるのかと広げられた紙を見てみるも、大河には全く読めなかった。英語でも中国語でも日本語でもない、全く新しい文字。

 言葉は通じるのに文字が読めないことを体験したのは、初めて目隠しと縄を取り外した以来だ。


「あー、そういや手紙届いたんだったな」


「かなり重要なことが書いてある、先日の件だ」


「先日っていうと……俺がやらかした取引の――――なんて書いてあるんだ?」


 異世界の文字……分からなっ!?

 んだよこの文字の形、読ませる気ねぇだろ。ポーネグ◯フかよ。


「わからんのか……って、そうか。大河は異世界から来たんだったな」


 プルメスは紙に書かれていることを丁寧に教えてくれた。

 始めに長く無意味な挨拶から丁寧に用意されており、そこからは本当に紙一枚分なのかというほど回りくどい言い方をした招待状。

 どうやら、たった一人のエルフの男に取引をぶち壊されたことを相当根に持っているらしい。掻い摘んで言えば内容はこうだ――――


 亜人・魔人はもう一度、貿易城へ来い。

 どうせ男一人では子孫繁栄なんて無理な話しだろう?

 こちら側も報酬は増やしてやるから、いつも通り取引に応じろ。

 あと、あのエルフの男も連れてこいよ。こっちでも確認したいことがある。

 聖女より。


 ということだ。

 短くまとめるとこんなものだろう。


「期日は明日の昼、今回は聖女が来るようだから私も行こう」


「わたしたちはどうしますか?」


「当事者である者は一人でいい……リーラは私と共に来い。ラーインとラムルフはヴォルフアオーンで待機、シャメリーには魔王補佐として私がいない間のことを任せると後で伝えておこう」


「(一気に話しが進んでくなぁ、即決即断……仕事が出来る人ってこんな感じなのかな。……俺、仕事したことないけど)」


「大河には悪いが、付き合ってもらうぞ」


「当然だ。またエルフの姿になればいいんだろ」


「うむ、よし決まったな。後は各自自由に過ごすといい」


「あ、それなら俺にこの世界の常識を教えてくれ。あと地図と知識」


 まだ大きな戦争が起こったこと以外にほとんど何も知らない状態なのは色々と不便だ。それに亜人・魔人に関してや人族に関しても想像はついてもそれだけ、役に立つだろうと考えてた日本異世界の知識が思ったよりも役に立たない……というか、自分自身が役に立つ日本異世界の知識を何も知らなさすぎる。

 これでは、明日の取引で言葉での太刀打ちできない可能性が出てくる。

 前のようなアホだったら問題ないだろうが……。


「それならシャメリーに任せるとしよう。私たちはやることがあるからな」


「……ワタシはないぞ?」


「あるに決まってるだろ。お前とリーラは今から東と西に行ってもらう」


「タイガ様について説明して来い……ということでしょうか?」


「そういうことだ。もしものことがあっても良いようにラーインを連れて行った方がいいだろう……特に西――〝石王〟と〝龍王〟は頭が固いからな。それに精霊さん様の想像魔法がどんな影響を及ぼしているか分からない状態だ。〝鬼王〟は、まぁ大丈夫だろうが、魔法が使える……龍王は不可解なことが起こって苛立っているかもしれん」


「了解しました。理解してもらえたら平和に終わるということですね……」


「まぁ、言って分からなかったらボコボコにして分からせればいいだけだろ。ナグルは問題ねえだろうが、あの年増は分からず屋だからなぁ」


「年増って……わたしだって何百と生きてるんですけど? そもそもラーインだってもう百歳超えてるじゃない」


「おい……私たちの中で年齢の話しをするな、馬鹿者が。被害にあうのは何も言われた相手だけじゃないんだぞ」


「んだよ……たかが百年だろーがよ」


 ……この話しを、俺は普通に聞いててもいいんだろうか?

 というか、ラーインでも百歳超えてるってマジ? どういうこと?


「あのー……百年って人族で言うとどのくらい? 」


「「……………」」


「……タイガは年齢を聞いてどうするつもりだ?」


「あー……、そのぉ……――――全員綺麗だし、若々しいし、エロい体してるし? 年齢なんて俺には関係ねぇよ? ただ聞いてみただけだよホントに」


 亜人・魔人にとって百年など短い時間だ。

 そもそも人族とは肉体強度や魔力が違うため、老化の速度が物凄く遅い。何か問題でも無い限り百年如きで肉体の老化などありえるはずもない。

 特に、エルフなどはそれが顕著に現れる。精霊と契約し、常に膨大な魔力を内包しているため、気がつけば千年生きていたなんてざらにある。

 それに肉体強度や魔力にもよるが、今のプルメスたちは人族で言えば二十から三十歳程度の体内年齢だろう。誰がどう見たって百歳を超えているなんて、とても思えない。むしろ言われなかったら永遠と分からなかっただろう。

 しかし、それでも女性だ。

 亜人・魔人であっても、十分生き遅れと呼ばれるに相応しい年齢だ。もしも男が生きていたなら結婚していたし、子供もたくさん生まれていることだろう。

 では、どうして彼女たちが結婚できていないか……と、大河がそう聞くような性格ではなかったのが功を奏した。偉大な母親に感謝しなければならない。

 もしも大河がそんなことを聞いていたら、とんでもないことになっていたかもしれないのだから。


「そうだよな?」


 ラーインの笑顔に反応した獅子と大河。

 あまりの恐怖に二人とも体が震えた。

 これは余談だが、彼女たち――――もとい現在生きる者たちのほとんどに言えることなのだが……彼女たちはあまりにものだ。

 それも男を寄せ付けないほどに――――


「さぁ、明日に向けて勉強だ! シャメリー! き、来てくれ~!」


「はーい、なんでしょう…………何ですか? この空気は」

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