第31話 冒険がしたかった……
動物園にいる熊や虎、ゴリラにライオンを見るのが昔から好きだった。
熊は身振り手振りを大きくすると立ち上がってくれたり、虎やライオンは口を大きく開けると吠えてくれたり、ゴリラは顔真似すると喜んで近づいてくれる。
昔から動物に好かれる体質だったからかもしれないが、自分の動きに応えてくれる動物が好きだった。
しかし、それは檻や柵があったから楽しめたものだ。
「グルォロロ……!」
「(終わったぁ……)」
獲物を狙い定めた時の、相手を囲うような動き。
大きすぎて体を横にしただけでも俺の移動する場所がなくなっていく。
それにゴロゴロと喉を鳴らす声の音が太すぎて、腹の中まで振動している。
「(逃げなきゃだよな……これは――――)」
しかし、右を見ても左を見ても一本道。長い廊下が続いているだけだ。
足の速さでも勝てない、部屋に入ったら出れなくなって終わり、というか初速で負けたらそこで食われるんじゃ……
「グルル……」
そう考えている内に、その巨大な体によって移動するスペースを潰されていく。
どうやって逃げるか考えている時間に壁際に追い込まれてしまったようだ。
確か友達も言っていた……漫画やアニメのように思考している間にも時間は進む、だから現実ではあんなことはできないのだと。戦隊ヒーロー、仮面ライダー、プ◯キュアシリーズのような変身時間に敵が攻撃してこないのは、そうしなければならない深い理由があるのだと。
「――――全然、噛みついて来ねぇな」
「ガルル……ガウッ」
「なんだ?」
何か言いたげに尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけ階段の方を見る獅子。
「なんか……言ってるな」
「……ッ! グォロロ……」
一瞬、何かを思い立ったように耳を立てて目を見開いたと思えば、大河の体に尻尾を巻き付け始める。
「なんだなんだ!?」
動物に尻尾を巻きつけられて運ばれるという初めての体験に少しだけ楽しさ……もといアトラクション味を感じるも、そのまま運ばれた場所は――――
「……戻されたな」
目が覚めた時にいた部屋だった。
終いには大河が部屋を出ないように獅子の巨躯が出入り口を覆い隠してしまった。
上に少しの隙間はあるが、獅子の体を登り切ったとしてもまた尻尾に捕まってこの部屋に戻されるのがオチだろう。
「この部屋な~んもねぇなぁ」
外の景色を見るような大きな窓ガラスは存在しない。
それなのに、無駄に広い浴室と無駄に広いベットがある。トイレは別途でついているが……確認したところ窓はない。
「監禁部屋にしては出入り口に扉ねぇし……かと言って誰かの部屋かと言われると何も無さすぎる。それにこの建物一番上にあるんだろ? おかしいよなぁ……」
結局何もできないまま、取り敢えずベットに横になってみたりするもほんの数秒がとてつもなく長く感じる。そのくらい暇であった。
それに天井も壁も床も、光沢が見えるまで研磨されているためどことなく高級感があって落ち着かない。
「ダメだ、この退屈に耐えられる気がしねぇ。よくよく考えてみれば、さっきこの虎は俺に攻撃とかしなかったし……触っても大丈夫なんだよな?」
人間一人くらいなら瞬殺できるであろう凶暴な存在も、触って大丈夫ならば安全だろうという安直な考えから導き出された答えは単純なものだった。
「通って下さいと言わんばかりのあの隙間……通らしてもらいやす」
大河に背を向けて横になる獅子の体を撫で、反応を確かめる。
「(寝てんのか?)」
ゆっくりと上下する腹部に反応のない感触。
「(勝ったな)」
出入り口に足をかけ少しずつ上に登り、獅子の背中に作られた隙間へ体を滑り込ませてそのまま雪崩れるように滑り落ちる。
意外にもあっさりと通れたことで不審に思うも、獅子の表情を見れば油断しきって眠っていることが伺えた。
「(ぐっすり眠ってんなぁ……ちょっとおバカなのか?)」
鼻の近くを通らないようにまた左へと進んでいき、階段を降る。
今回は番人のように待ち受ける存在はおらず、すんなりと一番下の階だと思われる場所へ到着。そこには絶対にこんなサイズじゃなくていいだろと思えるほど大きな両開きの扉とだだっ広い空間だけ、友達に進められた異世界漫画に出てくるような綺羅びやかさというのはなく……要塞のような、そんな無機質な空間だった。
「シャンデリアとかはねぇんだな……あれも光る石か」
一階を照らすように天井から吊るされた一際大きな鉱石。
異世界を感じるのはむしろそこくらいなものだ。
「話し声とかも聞こえない……ホントに静かな場所だなぁ。人に会うまで探索してみるのもアリっちゃアリだけど――――多分捕まるんだよなぁ」
亜人・魔人たちは、どうあっても最初に男性かどうか疑いをかける。
大河のことを知らない人がほとんどな上に、人族の態度があれではそうもなるよなと変に納得できてしまうが――せっかくの自由だ。
「精霊さんもいるし……まっ、どうにかなるだろ。――――しかし肌寒いなぁ」
ここが北の国だからか、いつまで経っても上裸だからか、理由などそれくらいなものだが……それにしても寒い。
室内の温度からしても広いから寒いとかではなく、暖房みたいなものが機能していないから寒いと言った感じだ。
「それでも外に出たくなるんだから、バカだよなぁ……全く。へへっ」
何だか久しぶりに感じる一人行動、一人であるが故の自由、初めての異世界探索、もしかすると冒険者(仮)から本当の冒険者への第一歩なのではないかと期待を胸に大きな扉へと向かう。
「デッケェーなぁ、押せるか? これ」
高さは十メートル以上、幅も五メートルくらいありそうだ。
触った感触は固い木材。日本で触ったことのある角材や大木の比ではない、どちらかと言えばアスファルトくらいの固さがある。
「ふんっ……!!」
押した感覚も物凄い。
やったことも体感したこともないが、大型スーパーを押しているような理不尽さを感じ取ってしまうくらいにビクともしなかった。
「くっ……こんのぉ――ッ!!」
それでも外に出てみたさ一心で根気強く押し込んでみるが、一向に動く気配はなかった。
「はぁ~! 無理だ、これは」
ふぅ、と一息ついて巨大な扉を見上げる。
今回はここに転移して来たらしいが……プルメスとかラーインたちは、この扉を普通に開いて入ってくるのだろうかと考えてしまう。
そして、何故か普通に開く想像がついてしまった。
「……まさに異世界って感じ――――」
ドカドカと地鳴りのような足音を響かせながら近づいてくる存在と、それとは別の場所から聞こえてくる聞き憶えがある声。
「ん?」
扉から振り返った時には視界が真横にブレた。
「どこへ行こうってんだ!」
大河の視界を金色の髪が覆う。
「(……体を雁字搦めにしているのはラーインか。そうだ、声も聞き覚えがあると思ってたんだ。そりゃそうだ)」
人知を超えた速度で物理的に体が一瞬移動したために起きた認識のズレ。
まるで過去の自分を外側から見ながら解説しているようで、信じられないことが身に起こったというのに信じられないほど冷静だった。
「どこへ行こうとしてたって聞いてんだよ!」
「(うわっ……体が全く動かせねぇ。スゲェ力だ)」
「ガウッ!」
「あっ、こらお前! しっかり見張っとけって命令しただろうが! なんでワタシの力なのに命令も聞けねえんだ!?」
申し訳ないと表情が言っている。
どことなく体も小さくなったようにすら見える。
「ラーイン……」
「あ、タイガ! お前どこに行くつもりだったんだ、 ここから先は外だぞ!」
「外に出てみたかったんだ……でも扉重くてさ。今回も異世界ならではの冒険者にはなれなかったよ」
別に諦めたわけじゃない。
そりゃぁ、精霊さんの力を使えば一瞬でいけるさ。
でも最初の一歩目は自分で踏み出したかった。
「な~に言ってんだ! 行かせるわけねえだろうが!」
え……マジかよ。ダメなのか?
「ったく……だからタイガを一人すんのは反対だったんだ。あいつら、一回ヤって満足してんじゃねえよ――――おい、タイガを運べ」
「グォウ!」
獅子が返事をすると大河を尻尾で巻き付けて背中に乗っける。
「お、おい! どこに行くんだ!? 俺は今から冒険の第一歩に――――」
「ダメだ」
嘘だろ、おい。
俺の冒険って、まさか漂流したての時で終わりだったのか?
あの森で最後だって言うのかよ?
「一日中ヤりまくってたら問題が起きたんだよ。冒険とやらはその後に連れてってやるから今は大人しくしとけ」
「あ、なんだ。冒険行けるのかよ、それなら待つって――――で、その問題って?」
「人族のやつらから手紙が届いたんだよ……取引がどうたらこうたらってな。ワタシはまぁ、ほとんど理解してねえけど」
がははは! とラーインの笑いながらそう言うが……
「(それってマズイんじゃ……?)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます