第27話 ここはどこだ?

 少し偏った知識を持っている友達が言っていた。


「深淵をのぞく時、また深淵もこちらをのぞいているのだ。大河、お前も気をつけることだな」


「ああ、はいはい。気をつけるよ……で? 毎度聞くけど、今回のはどういう意味なんだ?」


「この言葉に意味など求めるなァ!」


「うぉっ、ビックリしたぁ……。んじゃ、何で言ったんだよ……」


「お前は今、俺の言葉を聞いて国語のテストでもやっているつもりか? それは昨日終わっただろう」


「そうだけど……――――」


「なら何で言ったんだよ……なんて浅はかなツッコミはしてくれるな? そもそもボクの言葉はテストには出ない。そんなこと誰でも分かっていることだ」


「……心を読むな」


「お前は顔に出ているんだよ、単純だからな。ふっ、まぁいいだろう。今の言葉の意味など対して重要じゃない……この哲学を個人でどう理解するのか、哲学において重要なのはそこだ。例えば――――」


 下校中に何度も聞いたそいつの名言の一つ。

 ほとんどが難しくて記憶に残ってはいないが、この言葉はなんとなく記憶に残っている。深淵を覗き見するやつは……――――うんたらかんたら、言葉では言えないがニュアンスは憶えている。


「どうしたんだ、そんなに私を見つめて……おかしなところでもあるだろうか」


「いや……ただその、あんたを見て――――」


 今だに見つめている瞳、その瞳から感じる圧力、それに何か期待しているような望んでいるような……嫌な静けさを含んだ態度。

 あいつから言われた意味の分からない言葉が、今なんとなく分かった来がした。

 ようするに、この深淵を見た時には……俺の瞳もまた向こうを向いてるってことだ。


「綺麗な瞳だなぁ~って」


「なっ!? やはり……」


 急に頬を挟まれ、また瞳が重なった。

 それに次は鼻がちょんっと当たるほど、互いの距離が近い。


「やはり、名を懸けるだけはある。本当に精霊さん様の言葉は嘘ではなかったんだ!!」


「にゃっ、にゃんだほれ?」


 精霊さん様……?

 誰だそいつは。


「な? ホントだって言っただろ?」


「流石です、タイガ様」


「二人とも一度は疑ってすまなかった。正直、リーラが話しをまとめてくれなかったら私も納得できていなかったかもしれない」


「ですね! 後は――――」


「みゃてみゃて! どーいうほほだ!」


 頬を挟んでいる手を振り払う。


「お前らの言ってる意味が分からねぇ。どういうことだ? 何を言ってんだ? 俺は取引を勝手に――――待て、ここどこだ!?」


 視界に見える赤い絨毯、それは獣人の家にもエルフの家にもなかった。

 それに壁を見てみれば石造りで……天井に見たこと無いくらい大きなシャンデリアまで吊るされている。

 よくよく見てみれば広さも桁違いだ、物のサイズも全然違う。


「ど、どういうことだ? 意識があったんじゃないのか? 精霊さん様の話しでは、既に目覚めたと……」


「意識? いや……?」


「ならば、どうやって精霊さん様であるあの方と入れ替わったんですか?」


「入れ替わるって……俺は精霊さんに戻るぞって言われて、普通に意識が戻っただけだぞ?」


「それなら――――その間の記憶って……?」


「ないんだよ、これが。だから結構困ってるんだよ、ちなみにここ――――」


「そ、それなら精霊さん様と交わした会話に関しても……」


「…………分からないんだよ」


「ふん……――――」


 空気が完全に凍りついた。

 久しぶりの感覚だ。高校の時にテスト中、それなりの放屁をした瞬間くらい凍りついている。

 それに相手が人間じゃないからか、それとも強力な力を持っているからか、日本にいた時とは比較にならないほど冷たい。例え、服を着ていたとしてもこの寒気はやってきていたことだろう。


「おいプルメス? 大丈夫か?」


「……ラーイン」


「おいおい、いけんのか? 顔に出てるぞ」


「えぇ、そうですよ。タイガ様にちゃんと一から説明すれば何も問題ありません」


 この世界で〝王〟と呼ばれる存在が三人もいる。

 それは、平和な国にいた大河では想像もできないほど厳格なものだとばかり考えていたし、何を話しているかなど到底理解できるものではないと思っていた。

 しかし、目の前の三人はどうだ?

 一番偉いであろう魔王が、他の二人に慰められている光景――――


「(なんか……親近感湧くなぁ)」


 〝王〟という存在に対して、勝手な想像を足していたのかもしれない。

 やはり人は人。立場が上だろうと下だろうと、感じることや思うことは全員平等なんだと改めて考えさせられた。


「それで、どんな会話をしたんだ? その精霊さん様とやらとは。言っとくが、俺だってここに来られたのは好都合なことだ。その……人族との取引で色々とやらかしちゃったし」


「……それは、シャメリーから聞いた」


「そうか。なら尚更だ、俺は魔王……プルメスでいいか? あんたに謝りたかった。すまなかった……! 俺は、俺にできることなら何でもやらしてもらう」


 言ってしまえば、ここでは独りだ。

 今まで頼りっきりだった両親もいなければ、相談役の祖父母もいない。

 話し相手になってくれてた従兄弟もいなければ、気分転換をしてくれる愛犬たちもいない。

 いくら周りがいい人たちばかりだからと言って油断をしていたら、ラーインやリーラたちの空気に流されかねない。そうやって流された結果は……容易に想像できてしまう。それだけはダメだ。

 悪いことをしたら謝る、このけじめはしっかりつけさせてもらう。


「な、なんでもだと!? そ……それじゃ――――」


「コラ、魔王様。余計なことを考えるのはダメですよ」


「むっ」


「まずはタイガに説明してからだろ? それじゃ、何から話そうか……シャメリーがタイガを気絶させたところからか?」


「うっ!」


「それなら最初からですね」


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のことは――――」


「冗談ですよ、ふふっ」


「今の……冗談だったか? ま、まぁ説明は頼んだ」


「はい、わかりました。それでは、わたしから説明させて頂きますね」


 大河がどうやってここまで来たのか。

 大河がどういう状態になっていたのか。

 リーラは、大河の身に何が起こっていたのか……最初から説明し始めた。

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