第25話 幕間 一方その頃……

 貿易城から聖和人国ターナリオンへと帰還した二人組。

 男の方は、今回の取引で起きたことについて未だに機嫌が直っていなかったが、それでもこの場ではただ静かに膝をついて相手からの言葉を待っていた。


「あの化け物共に男が存在した……それは確かか?」


 ターナリオンという大陸の中央に建てられた巨大な城。

 雲を抜けて、天気が良い日には大陸を地平線で見渡せるほどの大きさの城の最上階に住まう〝王〟が、晴れ渡る空を眺めながら言葉を返した。


「はい、この目で見た限り間違いありません。しかし、少し違和感がありまして……種族はエルフだと思われますが私の【鑑定】によると、その男からは魔力を一切感じませんでした。その点に違和感がありました」


「……そうか、ホソリから見てそれはどう思った」


「僕からしたら違和感はありませんでした。同じ男として、あのエルフは確実に男だと言えるでしょう。それよりも問題なのは、〝獣王〟とその家来、〝妖王〟の計三名がアマラの男装魔法に反応を見せなかったことでしょう」


「男装魔法に反応しなかったか……」


「しかし、大きな隙があるかと思われます。デモンズノから来た使者はそのエルフの男を把握していなかったかのように見えました。確実に訳ありでしょう」


「つまり、あちらの大陸でエルフの男がいるということが認知されていない可能性があるということか?」


「はい、その通りでございます」


「――――そうか」


 振り返ったことで翻ったマントには、亜人・魔人大陸で取れた魔鉱石を原料として作られた術石スペルロックが星の如き散りばめられており、また着用している衣装にもそれは同じように装飾されていた。


「どうなさいますか――――聖女様」


 無数の術石スペルロックが装飾され、太陽の光に当てられたことによって神々しく映るその姿はまさに――神の如し。

 二人の男女は、彼女からの返答をただ待った。


「まず第一に、そのエルフの正体を確定させることからだ。亜人の中で最も人口が少ないのはエルフ、それに顔も名前もこちらは知っている。男が生まれてくるなんてことは精棒の存在がある以上ありえない。詳しく調べろ」


「分かりました。では、僕の方で部隊を手配しておきます」


「次にこれからの取引に関してだが、万が一あの者たちに対等以上の立場に立たれるのは良くない状況だ。特に向こうに先に男の存在を認知された場合は最悪だ……もとの状況に戻すことが非常に難しくなるだろう。これに関しては、今から話し合うしかない」


「では聖騎士団の面々、及び各代表をこちら四十階会議室に集めておきます」


「ああ、手短に終わらせよう。先手を打てれば……あるいは、こちらにいる亜人の奴隷たちを上手く使えば状況は変わるだろう。どうせ、あの化け物共はこちらには何もできないのだから」


 人族はこう思っていることだろう。

 十年間、今まで積み上げてきたことがそう簡単に崩れるわけがないと。

 たった一人。得体の知れない男が現れたからと言って、何が変わると言うのかと。

 しかし、いつの日かその考えを改める日が来ることになる。

 何故なら、平 大河にこちらの常識は通じない。

 日本の常識がこちらの世界に通じないのと同様に、こちらの世界の常識が平 大河に通じるはずがないのだから。




 魔王大陸 デモンズノ。

 かつては活気に満ちあふれていた街並みも、今はや大戦の影響でその活気を失ってしまった。街を歩けば和気藹々としていた光景も、仲が良かった家族も、ライバルと言える親友も、全てが大戦のせいで破壊し尽くされた。

 人族にとってはたかが十年だろうと、失った存在の大きさが違う。

 生き残った者たちが、ある程度取り戻したと言っても規模が小さくなることは必然。人口も環境も全てが衰えた。


「十年で落ち着きは取り戻した、環境も待遇も昔に近づいている。だと言うのに……はぁ」


 十年前――大戦に参戦していた頃の自分が、まさか魔王になるとは欠片も思わなかった。たまたま体力と力があったから〝王〟として君臨しているが、今までの暮らしとはまるで違う。

 何よりも予想外だったのは、この頭脳が全く役に立たないことだった。

 おかげで人族に上手く丸め込まれ、こちらの立場は圧倒的に悪い。

 こちらから送った手紙は無視するくせに、あちらから送ってきた手紙には応答しないと脅される。そんなことが日常茶飯事だ。

 しかし、そんな日々を癒すのが……


「まさか、宝物庫を眺めていることが魔王の休息になるとは。ははっ、何が起こるか分からないものだな、全く」


 宝物庫で管理されている宝は様々だが、中でも希少価値が高いのは宝具。

 触れただけで、見ただけで、その者に何らかの力を与えることができるダンジョンが生み出した宝だ。

 ここ、魔王城の宝物庫にはそんなものが大量に保管されているがそれには理由がある。大戦の影響で帰る場所がなくなった魔力が、各所に溜まり続けダンジョンを生み出してしまい、それを亜人・魔人たちが処理していったところ……とんでもない量の宝が手に入ったというわけだ。


「ああ……今回の取引はどうなっていることやら。何も問題がなければいいが――――ッ!!?」


 特にラーインが向かったことに不安を募らせていると、一瞬だけ感じたことのない精霊の力が宝物庫に流れ込む。


「なんだ今のは……気の所為か?」


 周りを見渡しても、これと言った変化はない。

 精霊という力は尋常ではない。代々魔王が信頼とによって力を制限していなければ、この世界そのものを変えることができる力だ。

 今はただ、精霊の力を感じ取って何も変化がないことが一番恐ろしかった。

 

「体は……問題ない。外にも何も起こっていないな。……ん?」


 毎日眺めている宝物庫の極僅かな変化に違和感を感じ取る。

 限りなく気の迷いに近いその感覚を頼りに、保管されている宝具を眺めると目を見開いた。


「どういうことだ……? これは――――今朝シャメリーに渡した宝具ではないか」


 純金のブレスレット、名を〝輝金ききんの穴蔵〟。

 中に宝石が溜め込まれることによって、周囲に宝石や色が増えていく。

 そしてその宝石たちから魔力を抽出することで、人族では考えられないほどの魔力を操れるようになるものだ。


「どうなっている? シャメリーなら確かに渡しているはずだ……人族が一度貰った物を返すとは思えないし、この場所に直接返ってくるなんてこともまずありえない。本当に何が起こっている……?」


 得体の知れない精霊の力。

 宝物庫に直接返ってきた宝具。

 未だに帰還報告すらないシャメリーと、共に来るであろうラーインやリーラからも何も連絡がないというのは少々不安が残る。


「こういうのは……ちゃんと確かめた方がいいんだったな。取り敢えず来れる者を集めるか」

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