第24話 えぇ、この度は、えぇ……真に

 ヴォルフアオーンへとリーラの転移魔法によって戻って来た大河たちを待っていたのは、静寂だった。

 クォーミァとフェイガーは巡回警備に行っており、エルフたちは結界魔法の確認や精霊樹へのお祈りのためにたまたま姿が見られなかったため、余計にそう感じただけかもしれない。


「取り敢えず、獣人の家に向かいましょう」


「誰もいねぇな……まっ、そりゃそうか。今回特別早かったもんな」


 先頭にいるラーインとリーラ。

 その後ろにはラムルフ、大河、シャメリーが横並びで歩く。


「タイガのおかげだな。早く帰りたかったから助かったぜ」


 ラムルフの手が大河の肩に置かれた時、その表情には苦笑いが浮かんでいた。

 そして何故か大河の少し後についてくるシャメリーが原因だった。

 他の三人と一緒にいるからこそ分かる、大河の背中に感じる不信感。

 言うまでもないが、大河は当然見ることはできなかった。


「…………」


 獣人の家に到着したところで、席につく。

 今回は、大河一人と他全員が前の席という形で座って貰う。


「どうしてだよぉー、ワタシはタイガの隣がいい!」


「ワタシもワタシも!」


「こら! わたしだって同じ気持ちなんですから、大人しくしてなさい」


 シャメリーだけが大河の様子を伺っているが、他の三人はいつもと変わらない。

 むしろ、いつも以上に元気な気がする。

 それにしてもこう見ると……太ももがえっちですね。


「それで、話しというのは一体なんのことでしょうか?」


「あ、ああ……さっきのことで説明と謝罪をしねぇと。特にシャメリー……でいいんだよな? 魔王補佐なんだよな?」


「……そうです」


「それなら尚更だ……――――」


 獣人の家に大きな椅子の上に、大河は改まって正座する。


「(精霊さん、俺を元の姿に戻してくれ)」


 体を包み込むように白い煙が舞い上がり、本来の姿に戻った。


「なっ……人族ッ!!?」


 そして両手をついて、頭を叩きつけるように勢いよく下げた。


「大変申し訳無い。今回の取引は、俺のやらかしだ」


 勝手な判断。

 勝手な決断。

 それが後々に生み出すものが、どんな影響を及ぼすかも分からない。

 ただ……分かっていることは、まだほとんどが分からない異世界で感情的になった結果が、種族間を巻き込んだ大事になりうるかもしれないということだ。


「俺が謝ってどうにかなるわけでもねぇが、とれる責任や代償は全部背負う覚悟はある。あとはそっちで処分を決めてくれ……」


 いきなり謝罪をし始めた大河にラーインたちは驚いていたが、シャメリーは怒気と混乱の間に一旦感情を押し殺し、改めて大河を見つめた。


「――なぜ、人族がここに……?」


 鼓膜を弾くような大粒の雷音……。

 その正体である黒い稲妻がシャメリーの体から舞った。

 まるで水飛沫のように弾けた稲妻が大河の露わになっている肩に落ちると、聞いたこともない蒸発音と血が焦げる嗅いだことのない異臭が鼻を掠める。

 しかし、大河はその痛みに声を上げることなく耐えきった。


「獣王様、妖王様、いつまでもそう楽観的にいられては困ります。これを魔王様にどうご説明するおつもりですか? こんなことを魔王様に知られれば、裏切りと捉えられてもおかしくありませんよ……」


「裏切り……まぁ、それはありませんけどね。ただ忠誠心を問われそうですねぇ~、を増やされてはたまったものではありません」


「何を呑気なことを……!」


「まぁまぁ、ワタシらの方が付き合いあっからそこらへんはな? まぁ、タイガについてはワタシから説明してやるよ」


 怒りによって魔人特有の魔力を放つシャメリーに対して、ラーインが説明した大河の情報は簡潔に二つだ。

 日本という異世界から、この世界へやってきたこと。

 亜人に対して性的欲求を持っていること。

 しかし、そんなことを説明されて納得するほど今のシャメリーは冷静でもなければ寛大でもなかった。

 むしろ、余計に怒りが増すばかりだ。


「異世界から来た……? 亜人に興奮する……? そんなことどうやって証明するというのですかッ!! ふざけたことを言わないで下さい!」


 人族という存在に、どれだけ苦汁をなめさせられてきたか。

 地獄のような十年間……いや、それ以上の時間を耐え抜いてきた魔人族の怒りは凄まじいものだった。

 二人の王、そして親友に対して向けたその青紫の瞳が、そう物語っている。

 しかし、その圧にもあっけらかんとしている三人は……


「それはワタシたちが証明の一つになるな」


「わたしたち、もう全員ヤってるんですよ~。タイガ様と」


「それによぉ、シャメリー。ワタシの旦那って最初に言ったろ?」


 見たこともないほど緩んだ表情で、シャメリーから放たれる圧を受け流した。

 いや、正確にはシャメリーの怒りなど気にも止めてない。

 何を思い出しているのかは分からないが、優越感と幸福感によってとんでもなくだらしない表情になってしまっている。

 その表情で言われた言葉を聞いてシャメリーは「はっ」と思い出す。

 あの時はエルフの男を見て、ほとんどの思考回路が通行止めになっていたため呆然としていたが、


「子ども……旦那?」


「そうだぞ」


「つまり…………本物?」


「そう、本物の男だ。まぁ、ワタシも最初はひどかったけどな!」


 がははは! と笑ってその場を和ますラムルフの姿に、ラーインがそう言えばと続ける。


「聞いてなかったなぁ、タイガに一体なにをしたんだ? お前は」


 獣王であるラーインに宿る心獣、それもまた獣王としての役割を果たしている。

 故に、獣人に変化があれば心獣のおかげでラーインに伝わってくるのだ。


「ワタシが黄金に輝くなんて相当だぞ?」


「あの時はわたしも驚きましたね~。会議中だったので」


「いやぁ、どっから話せばいいか……まず最初はクォーミァが気絶させた状態でここに連れてきたんだよ。はいこれ、とか言って」


 大河のことを聞き入れてから、また思考停止状態になってしまったシャメリーをよそにラムルフは大河との出会いを語り始めた。

 

「人族は男装魔法がつかえるだろ? だから奇跡みたな確率で男だったことを考えた結果、ここへ連れてきたらしい」


「危ねえな、これ最初に会ったのがフェイガーとかお前だったらタイガ死んでただろ。ホントに今の話しを聞いて安心してるよ、ワタシは」


 未だに頭を上げないでいる大河を見ながら、ラーインやリーラは最悪のシナリオが脳裏を過る。

 出会ったのが獣人だったため魔力の存在を確認することができない。感覚的なもので判断することは可能だが、エルフや魔人たちのように魔力を視ることができないからだ。

 そして、魔法をつかっている者が死ねば魔法も解かれる。

 つまり……もしも大河をその時に殺していた場合、男性の死体のままだったといういことだ。これが何を意味するか……考えたくもない。


「だから獣人の家で暮らす時、タイガの世話はクォーミァに全部やらしてる。食わせるのも飲ませるのも寝るのも一緒だ」


「なるほどな、そいつは……羨まけしからん」


 ラーインの脳みそは既に、ありとあらゆる状況でいっぱいだった。

 タイガに食わせるのもいい。

 タイガに飲ませるのもいい。

 タイガと寝ることも最高だ。

 頷きながら妄想にふけていると、


「それでも……異世界から来たという証明にはならないではないですか」


 話しを変えられ、少し冷静さを取り戻したシャメリーが割って入った。

 たった今聞いた話しだけでは、大河が異世界から来た証拠はない。

 むしろ出生が怪しくなっただけで、警戒心が増しただけだ。


「それに関しては……まぁ、一つですが証拠らしいものはあります。それはタイガ様に魔力が一切感じられないことです」


「魔力が、一切? そんな存在がこの世界であり得るんですか?」


「さぁ? それはわたしにも分かりません。ただそのあり得ない存在が目の前にいるということだけ言っておきましょう。シャメリーにだって分かることですよ、冷静になって見れば」


 リーラに諭され、改めて冷静な頭で大河を見つめた。

 シャメリーは魔人――その中でも魔王を補佐できるほどの実力を持っている。

 混乱や動揺、それに冷静さを欠いた状態では本領を発揮できない精神的に脆弱な性格ではあるものの……その実力は魔人たちの中で二番目に強い。

 ほとんど〝王〟と言っても過言ではないほどにだ。


「――――本当に魔力が感じられない……」


「こんな人族見たことねえよなぁ。それにエルフの姿になってた理由も分からねえし……」


「タイガ様の中にいる精霊様の存在は確認できましたよ」


「おいマジか!?」


「ただ……その正体に関しては――――〝王〟であるわたしの一存でも決めることはできません。もしかすると精霊の民の確認が必要になるやもしれません」


「そいつは……とんでもねえって話しだ。うん。とまぁ、こんな感じで謎が多いんだタイガは。ワタシたちだって分からねえことの方が多い」


「ですが、聞いたら答えてくれますよ。素直な方ですから」


「――――というか、いつまで頭を下げているつもりなんだ? おいタイガ」


 いつまで経っても土下座の状態から動かない大河の姿に反応をしたラムルフが、大河の体に触れた時――――


『痛みで気を失っている、休ませてやれ』


 大河の声ではない何者かが、大河の体から声を上げた。

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