第23話 と、取引だよ? 後編
「はぁっ!?」
しかし、その剣が大河の首を飛ばすことはなかった。
大河の首に当たったと同時に、剣の刀身が鋼の結晶となって舞い散ったからだ。
「(いやいやいやっ! ちょっと当たってたよ!?)」
「どういうことだ!! なぜ僕の魔剣が壊れたんだ!?」
「この貿易城では魔法が使えないはずですよ……? まさか魔王の――――」
「いえ、そんなことはありえません! 魔王様の誓約は絶対です」
大陸の王が完成させた貿易城。
誓約によって、何人たりとも傷をつけることが許されない要塞とも言える場所である。
剣を振るうことも。
魔法を使うことも。
ありとあらゆるダメージから損壊を防ぐという誓約だが、それ相応の条件が課せられる。それは強力な誓約であれば尚更のことだ。
「魔王様は、わたしたちの強さと引き換えにこの貿易城を建てられました。この場にいる限り、わたしたちには何も出来ませんよ」
「ならどうしてこいつは僕の剣を防いだんだ!? 説明してみろ!!」
「それは……」
「まさか――――想像魔法で生命を作ったのか? だから魔王の誓約が効力を発揮していないんだろう!」
「そんな禁忌……! わたしたちは〝王〟の名に懸けてそんな愚かなことはいたしません! 考え方が飛躍しすぎです!」
「おいおい、誓約ってのはそんな簡単に破れるもんじゃねえんだよ。馬鹿でも分かるように最初に説明しただろうが、お前らの王の前で」
いつも聞いていたラーインの声ではない。
威圧感のある殺気が込められた、強く低い声だ。
そしてラーインの声に呼応するようにやる気に満ち溢れているラムルフもまた、かなり殺気立っている。
ただ立っているだけで、ただ声を出しただけで、ただ目を向けるだけで、ここに用意してある物や壁が、その圧で軋んだ。
二人と対峙する人族も、放たれるその圧に一歩身を退いている。
「舐めた口をっ……!」
「(……仲悪すぎだろ。どうなってんだ一体)」
まさか、たった一回攻撃を防いだだけでここまで一触即発の雰囲気になるとは全く考えてなかった大河は、今にも場を荒らしそうなラーインとラムルフを見た。
「二人とも、一旦落ち着けって」
「……チッ!」
「タイガがいなきゃ死んでた。それだけ忘れんじゃねえぞ」
ふぅー、危ねぇ。
ここで止めなきゃ、本当に襲いかかってたよな……絶対。
不審者に噛みつきに行く三匹の犬と同じ気配を感じたぞ。
しっかし、こいつら……よく今まで取引できてたなぁ~。こんなに仲悪いのに。
こりゃぁ早く終わらせた方が良さそうだ。
「まぁ、人族の方で俺がどう認識されるかなんてのは正直知ったこっちゃねぇ。そんなことよりもさっさと取引ってやつを終わらそうぜ」
ここに長居したら本当に戦いになりそうだ。
後ろからスッゴイ怒りを感じるし……。
「待て、この僕を差し置いてどうしてお前如きがこの会話を仕切ってる?」
「うるせぇな、お前はとにかく黙ってろ。いきなり刃物振りかざしやがって……防げなかったらどうするつもりだ!」
「ははは! 何を言っている? 防げなかったかお前が死ぬだけだろうが。そもそも本来ならば防げないはずなんだよ!!」
「こんのやろう……!」
新入生がよぉ……ちょっとは大人しくしとけ、頼むから。
どうなってもいいのか! ここが。
「そもそも、こんなことをされてまだ普通の取引が行えるとでも思っているんですか?」
こっちのイケメンも大概だなぁ。
今のを見てもまだ自分たちが上にいると思ってやがる。一歩退いてたくせに。
まぁ、それは今はどうでもいいや。怒りよりも恐怖の方が勝ったよ俺は。
マジで早く帰りてぇ。
「普通のってなんだよ、普通のっては」
「聖女様からお言葉を頂いてます。もしもこちらの要求に応じないのであれば、今後一切の取引をしない、と」
「それで?」
「だからさっさと謝って、この資源を倍にして、僕らに泣き縋れ! そうでもしない限り僕は許さないからなぁ!」
「よし、分かった。お前らそれが答えでいいんだな?」
「「え?」」
「みんな帰ろうぜ、話し終わったし。あ、この資源は返して貰うからな? それじゃ、取引不成立ってことで」
机の上に漁られ散らかった薬草や秘薬それに鉱石などは、最初に大河が片付けておいたため一つにまとめられていた。
それを自分の方へ引き寄せると、イケメンの方から手が伸びて袋を引き止める。
「何をしているんですか?」
「何って……持ち帰るんだよ」
「まだ結界が強くなった説明はしていませんよね……こちらは納得できていませんが? まさかそれすらも果たさずに勝手に帰るおつもりで?」
「……その説明いる? お前らとは取引しないのに?」
「そんな勝手なこと許されるわけがないでしょう? いくらなんでも不義理ではないですか、こちらは今まで亜人・魔人の繁栄に力を貸してきました……その大きな恩をこんな形で返すんですか?」
そう言っているイケメンの視線に映っているのは大河ではなく、後ろに並んで立っているシャメリーであった。
「(こいつ……俺に勝てないからって標的変えやがったな)」
ここに来た時から、シャメリー以外と話していた大河の姿には気がついたのだろう。やけに話しにくそうにしている態度もまた目立っていたのかもしれない。
それもそうだ、人族ならともかく――――亜人・魔人の大陸で男が誕生しているのなら知らないわけがないのだから。
「え、あ、その……」
「こんなことをしても良いんですか? と、私は聞いているんですよ。そもそもこれは誰なんですか? その説明もお願いしますよ。まさか……魔王補佐なのに知らないわけがありませんよね?」
明らかに動揺しているシャメリーに畳み掛けていく人族。
畳み掛けられているシャメリーも、焦って大河と人族を交互に見ている。
誰がどう見ても動揺しているのは明らかである。
しかし、はっきり言おう……
「(戸惑ってる姿、可愛いな)」
イメージしていた魔王の補佐っていうのは、大体いかつい見た目をした紳士叔父か、なんかスゲェ魔法を使えるおじいちゃんだと友達から教えられていたが……この世界では違うらしい。
確かにいかつい角が生えている、それにめちゃくちゃ強そうだ。
でも全然叔父でもおじいちゃんでもない……うん、美女だ。
いやしかし……こうやって皆が並んでると高級コスプレ風俗――――おーいかんいかん、またエロいことを考えてしまった。
「だ、そうだが?」
「は? 何が?」
「お前、耳が長いくせに聞こえてなかったのか?」
うわ、うぜぇ……マジでこいつうぜぇ。
耳が長いからって聴覚が鋭くなるわけじゃねぇんだよ、バカが。
……でも丁度いい、湧き上がる性欲を怒りで解消してくれるし。
あ、てかその金ピカブレスレットも返してもらわねぇと。
『帰還せよ』
精霊の言葉が聞こえた時、新入生の腕に付けられていた純金のブレスレットは違和感なく姿を消した。ちなみにどこへ消えたのかは大河には分からない、全ては精霊さんのみぞ知ることだ。
「それで、なんだっけ?」
「魔王補佐であるシャメリーが、あなたについて全く知らないと言っているんです……つまり魔王の耳にも届いていないということですよね? どういうことでしょうか」
「そもそも、なんでお前らに男がいるのか説明しろよ!! その説明をしなければこれからの取引は一切ないと思え!!」
なにやら、俺がエロいことを考えている間に優位に立ったと思っているらしい。表情に余裕が見える。それと……テメェは唾を撒き散らしながら叫ぶんじゃねぇよ。
「(……でも、ぶっちゃけ関係ねぇんだよな……そんなこと。俺がもう勝手にやらかしちゃってることだし)」
魔王補佐であるシャメリーが知らない?
そんなこと言われても、ついさっき初めて会ったし当たり前じゃん。
亜人・魔人の王である魔王様が知らない?
そんなこと言われても……ねぇ?。
だって俺の独断だもん。きっと俺のことを知らない種族からしたら殺されても文句は言えないようなことをやっちまってるよ。
でもまぁ、魔王様とかシャメリーに対しては後できっちり謝るし、 このやらかしの償いはするつもりだし、もしも殺されても文句は言わない。
『
「(本当に頼りになるなぁ、精霊さん。一生ついてきて下さい)」
「だんまりですか?」
「うーん? うん、まぁな。俺が黙ってても困るのはお前らだし」
まぁ、俺もやらかしちゃって困ってるんですけど。
「本当に口が減らないですね……」
大河の変わらない様子にしびれを切らしたイケメンの指輪が光る。そして手に持たれていたのは、日本で見たことがあるアレだった。
「今回の取引が行われない場合、この精棒を得ることができないんですよ?」
「これがなきゃお前らはどんどん人が減ってくばかり、滅亡したいっていうなら話しは別だがな」
「……なんだそれ?」
なに? 精棒? どれどれ――――
見た目は、ただの棒だな……先端になんか袋付いてるし、素材は分からんけど固くはなさそう。透明だし。
長さは……十センチはありそうだな。
うん。ただのディルドじゃねぇか、それ。
「これは、人族だけではなくどんな種族にも子どもを授けることができる、我々人族の科学が集結した最高峰の道具です。まさか……知らないんですか?」
「いや、知らないというか……知ってるというか――うん。まぁ、説明はそれ以上いらないわ。それで?」
「それで? 何を言っているんですか、これがなければ滅亡すると言っているんですよ? 亜人と魔人がね……それでも良いなら、取引を中止にしてもかまいませんが――――」
「うん、かまわねぇよ?」
「は?」
「だって俺が知ってる限りじゃ、それは子作りするための道具じゃないし」
「ハッ! お前如きにこれの何が分かると言うんだ? 人族の中でも最高峰の知能をもった天才たちが作り出した、亜人たちを救うためのものなんだぞ?」
お前なぁ……ディルドを人族の叡智の結晶とか言うな。
恥ずかしいわ、普通に。
「あのなぁ、俺は男だぞ? そんな紛いもんいると思うか?」
「たった一人の男で足りると? 面白い冗談ですね」
「だから、それは俺が頑張ればいいだけだろ? 俺の性欲舐めんじゃねぇぞ」
そもそも精霊さんとはそういう契約だ。
『頼んだのは精霊の民だけだがな』
え、そうだっけ?
……悪いんだけど、契約内容もう一回教えてくれる?
正直なこと言うとあの時ぼーっとしててほとんど憶えてないんだよね。
「……くっ! 本当に減らない口ですね、亜人のくせに」
「それはお前らだろ、なんでそこまで偉そうに食いさがってくんだよ。男の俺がいるって時点でお前らの優位性はなくなっただろうがよ。この際言わせてもらうけどな、俺は今もかなりむかついてんだよ」
同じ人としてな。
「だから俺がいる限りお前らとは取引なんかしない」
「へぇ……魔王にも認知されていない亜人が大口をたたいても?」
「それはお前に関係ねぇだろ。俺の問題だ」
それについては言ってくるんじゃねぇよ。
俺だって結構ビビってんだから。
「……本当に良いんですね、我々が帰った後に泣きついて来ても遅いですよ?」
「良いって言ってんだろ? 何回言わせんだ。お前らこそ……ここで態度を改めなかったことを後悔しねぇようにな」
今にも襲いかかって来そうな獣のような眼光が大河を射抜く。
それもそうだろう、今までの亜人・魔人たちが大河のように反抗的な態度をとったことは一度もなかったのだから。
大戦が終わってからここ十年間ずっと優勢にあった立場が、たった一人の生意気な態度によって崩れようとしている。
その焦燥間と怒りが混じった感情は……人族以外には誰も分からない。
「…………行きましょう、ホソリ様」
「そのようだ、この馬鹿に何を言っても通じないらしい。はははっ、もう謝っても遅いからな、この化け物共がっ! この取引中止の意味を、我々人族に歯向かった意味を、考えながら震えて眠れ!」
貿易城の扉を乱暴に開け放ち帰っていく背中を見送った後、大河は控えていた四人へと体を向けた。
既に知った仲であるリーラたちの表情は普段とそこまで変わりはないが、問題はついさっき初めて出会った魔人の女性――――シャメリーの存在である。
「「…………」」
ずっと眼と眼が合った膠着状態。
表情からして、どちらも緊張しているようだ。
シャメリーに関しては怒っていいのか喜んでいいのかどうすればいいのか分からない半分混乱状態に見えるが、大河と目が合っている以上離せなくなっている。
「とりあえず、ヴォルフアオーンに帰りましょうか。シャメリーもタイガ様も話したいことが沢山あるでしょう?」
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