第21話 取引開始 前編
亜人・魔人大陸、そして人族の大陸、その二つの大陸を点で結ぶように海上に作られた城――――貿易城。
城とは言っても体の大きな亜人も入れるように作られた、大きな箱型の建物だ。
建物の中はとてもシンプルで、広々とした空間に大きな円卓がある。しかし椅子などの用意されている家具は全て人族用に設計されているものだけである。
これら全ては亜人と魔人が、人族のために作り上げた場所。当然、この貿易城の管理を行っているのも亜人と魔人――――主に魔王であった。
「タイガ、大丈夫かなぁ……」
「分からない、と先ほどから言っているでしょう? しっかりして下さいラーイン」
「ワタシも、不安でムズムズしてきたぜ。落ち着かない」
「ラムルフ……それはずっとでしょう? 獣人族の代表なのだから少しは落ち着きなさい――――はぁ……タイガ様」
朝、それも日が昇ってから時間はあまり経っていない。
そんな早い時間からどうして三人が集まっているのかというと、今日が人族との資源取引日であるからであった。
大きな円卓にはエルダたちが作り出した大量の資源とその内容、そしてリーラが即席で用意した人族に対する
これら全てで、人族からたった一つのものと取引しようとしているのだ。
「てか、相変わらず遅ぇな……人族はよぉ。なんか待ってんのかったるくなってきた…………帰らねえか?」
「何を言ってるんすか! ……と、いつもなら怒っているところですが……わたしたちは男を知ってしまいましたからね~。正直、わたしもこの取引になんの意味があるのか分からなくなってます」
大河の思考は一旦考えないようにして、ラーインやリーラ――二人の王には限りなく願望に近い考えがあった。
それは、大河一人に今いる亜人・魔人の全てを面倒見てもらうという考えだ。
たまたま、運良く、好都合に、大河はヴォルフアオーンに現れた。
そのエルフと獣人が住まう国には……特に性欲の強い獣人がいる。ラムルフ、クォーミァ、フェイガーだけではなく、国にはまだ五十人近くの若い獣人たちが暮らしている。そして大河は三人と獣王の計四人を同時に相手した性豪……体が勝手に反応しているのか、次の日になれば精力が復活しているときた。
まさに亜人と魔人の――希望である。
あの時、初見で確信を持てなかった自分が恥ずかしくなってくるほどにだ。
「でも、この取引を超えたらタイガを魔王様に合わせるんだろう? 獣王様が言うようにとんずらこいたらダメなのかよ? タイガがいれば人族にアレもらう意味ねぇしよ」
「それはそうですが……魔王様にはまだ話しが伝ってないんです。魔王様とタイガ様に話しを通していたなら、わたしもその考えを肯定していましたけどね~」
「あははは! リーラがそんなこと言うなんてよっぽどだなぁ!」
今ままで大河を誘惑したり、理性を崩壊させたり、無理やりヤってきた。
こっちの反応に倍以上で返してくれるから、自分の精力が尽きるまで大河のことを貪ってきた……。
「(ラーインが感情的になってヴォルフアオーンに戻ろうとした時、わたしには魔王様に伝える冷静さはあった。それなのにわたしも一緒に戻ってしまったのは……無意識にまだ、タイガ様を隠したかったのかも――――)」
「すみません、遅くなりましたか!?」
三人がそれぞれ大河のことについて考えていると、扉が開かれた。
そこから現れたのは北の大陸――魔国大陸デモンズノからの使者。
魔王補佐 シャメリーであった。
「いいや、全然間に合ってるぜ」
「はは……久しぶりですね! ラムルフ。今回のヴォルフアオーンからの使者というのは貴女だったのですね。獣王様、妖王様もお疲れ様です」
「おう」
「それはこちらのセリフですよシャメリー。いつもお疲れ様です」
シャメリーの視線――魔人特有の透き通る青紫色の瞳が一瞬円卓上に置かれた物資を捉えた。
「魔石?」
「それはわたしが用意しました。それだけの大きさならば人族の方々も満足いただけると思いますが、何か?」
「お言葉ですが……これでは恐らく足らないのでは?」
「なんでだよ。リーラが直接魔力を込めた魔石だぞ? これで足らないって流石に欲張り過ぎじゃねえか? そもそも人族に感謝して――――ん?」
あれ? なんか肝心なこと言うのを忘れてるような……
「人族のおかげで新しい命が宿したのでしょう? これは我々にとって非常に喜ばしいことですよ! 今までのことはありますが、今日くらいはもう少し感謝をしなければ……一応、魔王様の方からも感謝の意を頂戴してますよ?」
シャメリーが指を鳴らすと手元に現れたのは、色とりどりの宝石の結晶が純金の内部に散りばめられたブレスレット。
「それは……宝具じゃないですか!?」
「はい。魔王様がこれくらいの感謝は当然のことだろう、と」
「~~っ!? ダメですよ! その宝具はそんな簡単に渡していい物ではありません! そもそもラムルフが子を宿した理由は――――」
「おい、リーラ!」
「なんですか!」
「ちょ、ちょっと来い」
こそこそと二人で密談をし始めるリーラとラーインに対して、首を傾げる仕草を見せたラムルフとシャメリー。ほんの数秒の密談は終了したがシャメリーを方を見た二人の表情からは動揺が隠しきれていなかった。
「な、なんです? どうしたんですか二人とも」
「い、いいいや? なんでも?」
「あは、あはははは」
明らかに動揺が隠しきれていない二人を怪訝な目が見るシャメリーであったが、それも当然のはず。
何故なら、二人の中……いやヴォルフアオーン辺境では大河という存在がいるというのが既知の事実だがそれ以外には全く知られていないのだ。
怒りと焦りのあまり、魔王に伝えることを忘れてしまった大河の存在がヴォルフアオーンの辺境では日常になりつつある。たった数日でも十年間待ち続けた希望の光に当てられ、満足させられた。
「待って下さい! ……怪しいですね、お二方」
だがそれは……ヴォルフアオーンの一部のみである。
目の前にいるシャメリーや他の皆が味わっていないことを、味わってしまって感覚がおかしくなっていた。
普通ならば、感謝すべきなのに……
「そ、そぉか? ワタシはいつも通り普段通りいつも通りだぞ?」
「そうですよシャメリー。突然何を言い出すんですか~もうっ」
マズイ状況ですねぇ~。
あの時、素直に魔王様に言っておけば――――。
「……誤魔化さないで下さい。お二方、特に獣王様は嘘を吐くのがヘタ過ぎます! 明らかに動揺し過ぎですよ! 本当のことをお話下さい!」
「えぇ……と、それは――――」
「まずは魔王様に言わねえといけねえっていうか……なんというか」
「なっ!!? そこまで重大なことを黙っていたんですか!?」
「いや、わざとじゃねえぞ!? これは……まぁどっちかっつうと感情的になったワタシが悪ぃんだけどよ」
素直であり、実直。
小賢しいことなどする必要などないほどの、純粋な力。
地上戦ならば他の追随を許さない圧倒的強者。
地の王――――それが獣王である。
しかし、そんな強さを揺るがしてしまうほど……ラーインは慌てている。それも誓約を捧げている魔王にすらも伝えていない大事を隠している様子だ。そんな獣王の姿を、魔王補佐であるシャメリーはここ二十年以上一度も見たことがなかった。
だが、一人だけここで全く動じずに獣人らしく居座っている人物がいた。
「獣王様も妖王様も、一体何をそんなにあたふたしてんだ?」
「本当ですよ、全く……。ラムルフは何か知りませんか? ここまで王が動揺するなんて一大事です。魔王様に報告しなければならない我が身にもなって下さい」
「あー、うーん……」
ゆっくり、ゆっくりと自身のお腹を擦りながら考える。
その姿はまさに子を宿す母の姿であった。
「え!? まさか子を宿したっていうのはラムルフなんですか!!」
「あ? なんだ、言ってなかったっけか?」
「そうですよ! それで? それで? どうですか、気分は。なんでも言って下さいね? 用意できるものはこちらで用意しますから」
「そっか! それはありがてぇ、いつ警備に行けなくなるか分からんからな。それにワタシはずっとタイガのそばにいてぇんだ」
「……ん、たいが? 誰のことですか? それは――――」
〝王〟二人の様子を横目で確認すると、出来てもいない口笛で誤魔化している何とも恥ずかしい姿が見えた。
「どういうことです?」
「ん、何も聞いてねぇのか? タイガはワタシを孕ませた男……そしてワタシの旦那だぞ」
「へぇ……獣人の方は相手の男性が分かるんですか。そんなこと初耳ですよ? でも残念でしたね……相手の、そのタイガという男性が今回の取引に来るとは限らないですからね」
「は? 何言ってんだ、シャメリー。そいつはヴォルフアオーンに住んでるぞ? ちゃんと実在する男だ。今は……ちょっと会わせられねぇけど、今度会わせてやっからよ」
いつぶりになるのかも分からないほどのラムルフの眩しい笑顔。
大戦前だから……約十二年前くらいだろうか。
あの頃の平穏な時によく見ていた顔だ。
「……ん? 今なんて?」
「ん? だからワタシの旦那に会わせてやるって……」
「どこに住んでるですって?」
すっと、シャメリーの腕がラムルフの肩を掴んだ。
しかし視線はラムルフに向いていなかった。
脳が処理に追いつかず限りなく上を向いてしまっている。
「お、おい大丈夫かぁ? 白目向いてるぞ」
「ヴォルフアオーンに住んでる? 実在する男? 今度会わせてやる? ラムルフ……さっきから何を言っているんです?」
「いや、今繰り返したそのまんまだぞ」
「は?」
「いやだから、ワタシには旦那がいるんだって。タイガっていう――――とびっきり良い男がよ」
ふっ、と優越感に浸ったラムルフの笑みを向けられたシャメリーの驚きの顔が、背後で頭を抱えている二人の王に向けられる。
特に嘘をつけない獣王ラーインへだ。
「ふぅひゅ~ひゅひゅ~……ワタシは知らなかったぜぇ?」
「嘘じゃ……ない?」
その誤魔化す気が一切感じられない姿。
相変わらず、嘘が下手であった。
「あー……あはは、すまん。黙っとくつもりはなかったぞ? な?」
「当然です、魔王様に隠し事などいたしません。ただ……ね?」
「~~~ッ!!? なら本当にヴォルフアオーンにその男が――――」
突如、空間を支配するように広がっていく白い魔力。
「この神聖な魔力は……?」
「リーラじゃねえのか!?」
即座に臨戦態勢に入る三人であったが、リーラだけは瞳を揺らした。
精霊と契約しているエルフだからこそ理解できる。
「これは……――――」
「痛っ! このやろう……」
次第に収束し白い球体となった場所から、放り出された人影。
白銀の髪に黄金の瞳、かつてヴォルフアオーンに生きたエルフの男の姿をした人物が宙から降ってきた。
「おい! 俺は最後まで言ってねぇだろ!? 急に魔力で包みやがって、こうなるなら先に言っとけ!」
『心で願いは聞いていた。わざわざ声にすることもないだろう』
「え……?」
そこに見えない誰かがいるのだろうか。
何もない空間と言い争いをし始めたエルフの男。
「いや、そうだけど……だからってお前、放り出すことはねぇだろ! ちゃんと地上に出せよ……――――いやまぁ、確かに? 俺がカッコよく着地してれば良かったけどよ」
「男……?」
シャメリーが狼狽えているところに重なるよう、次は貿易城の扉が開く。
「お、ちゃんと待てを出来ていたな。頭は足らんが、やはり躾が効いている」
「そのようですね」
その扉の奥からは二人の男性が現れた。
獣人やエルフたちとは真逆な、まともに服を着飾る姿。
日本で例えるなら軍服に近いようなデザインであった。
「次から次へと……はぁ――――」
魔王補佐として、私はここにいる。
重要な役割だということも理解している。
しかし、この連続で襲いかかる混乱に――シャメリーは考えることをやめた。
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