第20話 取引直前
まつ毛を掠める爽やかな風に、ふと瞼を開く。
視界に風と共に流れる魔力。
扉を、窓を、壁をすり抜けて、世界を循環している。
「 魔力が――――」
ベットから立ち上がり、自分の姿を見下ろすと思わず口角が上がった。
長く伸びた白い髪と雪のような肌。
形は変わっていないが、自分の存在が変わったことがはっきりと分かる。
「見える!」
異世界に来てからの初めての魔法。
異世界に来てからの初めての体験。
エルフや獣人だけではない、自分の想像していたものなど遥かに超える超常的存在……〝精霊〟と呼ばれる存在との出会い。
「おぉ! エルフになれたんだ……よな? 鏡ねぇから分かんねぇけど」
姿がどう変わったのか、自分が今どうなっているのか。
全く予想もつかないが心の奥から湧き上がるこの高揚感が、そんなことはどうでもいいんじゃねと考えることを放棄している。
今はただ、改めて体感した異世界というものを味わっていたかった。
「くぅ~、
日本では流行っていた異世界ものを自分だけ楽しめていなかったのも、流行りすぎて同じように見えていたことが原因だと思っていたがそうではなかった。
結局のところ、体験できないから楽しくなかっただけだったのだ。
「見てるよりもやるほうがいいってのは、こういうので実感するわぁ」
そう考えると、やっぱり想像力スゲェよな。普通に頭良いだろ。
はっ、もしかして……! あいつら、わざと偏差値下げた高校に来て遊ぶ時間を作ってたのか?
もしそうだとしたら歴史に残る策士だ……天才だろ。
いやでも待てよ? テストの点数は……赤点ギリギリだったような―――
「タイガ!!」
「ガバフッ!!?」
え!? 壁を……突き破って!?
「良かった! 良かった……本当に――――」
「お……おい、クォーミァ。死ぬっ、死ぬって」
◆
「どうよ、この姿は?」
「確かに……姿、魔力共にエルフそのものですが――――」
「やっぱりエルフになってるのか!? 良かったぁ~」
ベット上での感動の再会。
そしてクォーミァにショルダーロックを決められているところ助けてくれたのは、エルダたちエルフ一行だった。
「ですが、その前に。いい加減離れてください、クォーミァ」
「むり。もう離れない」
「~~っ! ずるいですよ、離れなさい!」
「いや」
しかし、問題は大河を助けた後だった。
クォーミァが大河の体を抱きしめて動かなかったのだ。
そしてエルダにとって問題なのは動かない方ではなく、クォーミァが大河から離れないことが問題なのだ。
「タイガ様がエルフになったということは、わたしたちが最初に選ばれたということでしょう! だからくっついていいのは、わたしたちなんです!」
「違う。タイガはタイガ」
「くっ……! そんなに体をくっつけて――――いいでしょう! 実力行使というわけですね、さぁベットに戻りますよタイガ様!」
「なんでだ!?」
「タイガがどっちで興奮するかの対決」
「エルフになったんですから、当然わたしたちで興奮するに決まってます! ね、タイガ様?」
エルダが完全に我を忘れてしまってる。
ずっとくっついていた影響からなのか、それとも俺がエルフの姿になっているからなのか……呼吸が荒い。
クォーミァも鼻息が荒いけど……俺がエルフになったとかは関係なさそうだ。
というか、こいつら……昨日の今日でこの性欲? 激しすぎない?
これ精神的に良くねぇな……このまま流されてベットインってことを繰り返してたら、こいつらに簡単に理性が外れる体に調教されちまう。
「……待て! 待てってんだ二人とも! 俺がエルフになった理由をもう忘れたのか? 人族との取引でこう……色々するためだ。二人とも抱きついてていいから、俺の話を聞いてくれ」
「わかりました」
「うん」
頷くの早いな。
まぁ、それならそれでいいけども……抱きついてるのも股間に悪影響だな。
もしかして俺って、もう開発され始めてるのか?
「……話しが早くて何よりだ。まず、俺はどのくらい寝てた?」
「一日。昨日タイガが消えて、すぐに戻ってきて、そのまま寝かしてた」
「魔力の中から現れた時は驚きましたよ~」
「なに!? それじゃリーラとラーインは?」
「人族たちがいつ来てもいいようにと、嫌々ですが大陸間にある貿易城へと向かいましたよ。ヴォルフアオーンの使いとしてラムルフ様が向かいましたが……」
「代表は待つのが嫌い、それに人族も嫌い。でも証明になるとかで妖王が転移魔法で連れて行った。獣王も似たような感じ」
「それって……今から行ってもまだ間に合うよな? 朝だし」
「まだまだ間に合いますよ。朝早くから貿易城に向かいましたが、どうせ人族は来るのが遅いですから」
「下手したら夜とかの時あるらしい。友達がそう愚痴言ってた」
つまり……まだ時間があるってことか?
でも自分勝手なやつって急に時間守って来たりするからなぁ。
「それにしてもエルフの姿がお似合いですね~」
「獣人にもなって」
「……ちょっと待った。考えさせて」
まずは人族の出方を伺ってみて……話しはそれからだな。
この世界と俺のいた世界では常識とか価値観が違うから、それもこっちに合わせる必要があるな……俺に出来るか? 無理じゃね?
「しかし、一体どういう力なんでしょうねぇ……もしかして精霊様の?」
「……見た目はエルフだけど、タイガの匂いだよ」
「へぇ、不思議ですね~。どういう魔法なんでしょうか……」
…………いやいや俺の頭で難しく考えすぎだろ。身の丈を考えろ、考えてどうにかなるんなら俺じゃない誰かがやってるわ。
俺は、亜人と魔人――――そのために出来ることをすればいい。
この生活をくれた恩を返さないと。
「てか、見てこれ」
「ん?――――まぁ……!」
「服が透けてる、見えすぎ、デカすぎ。やっぱりこれを処理しないと。こんなチ◯ポ人族に見せたらダメ」
「し、仕方ありませんよね~……えへへ」
でも、そのための策なんて考えられないし。
まずは俺が出来ることをしよう。
んー、何ができる? …………あー、ダメだ。出来ることがスケベすぎる。
「うん――――やっぱり、ごちゃごちゃ考えても俺じゃ無理だな」
「「え?」」
大河の股間に手を伸ばそうとしていた二人の動きが止まったところ、自己解決した大河がタイミング良く立ち上がった。
「まずはリーラたちのところに行ってくる。んでそっからは……流れに身を任せてなんとかしてみるわ」
考えてもダメならまずは行動。
行き当たりばったり上等!
……不利になりそうなら、
まっ、最初っから切り札しか持ってないけど!
「ごほんっ! あー、あー、精霊さん? 俺をリーラたちのところに連れ――――」
大河の言葉がプツンと途切れ、姿を消した瞬間に残り香のように魔力が舞った。
「あ、行っちゃったね。でも凄いね、タイガ。最後に精霊さんって言ってたよ? 全く魔力ないのに魔法使えるなんて変だ…………エルダ?」
一瞬だった。
ほんの一瞬、体が勝手に跪こうとしていた。
「嘘……」
精霊と力を合わせて使う魔法、その特有の魔力は魔力を扱える亜人・魔人なら感じ取ることが可能である。特にエルフの次に魔法に長けている魔人……魔族だったり妖魔族であるならば尚更だ。
しかし、精霊の気配を感じ取ることができるのはエルフだけだ。
だからこそ、この大陸では〝精霊の民〟と呼ばれている。
「(これは、マズイかもしれません!)」
そのため大陸にいる全てのエルフに伝わってしまっただろう。
新たなる精霊の力を……。
「エルダ、どうしたの? タイガ消えちゃったから元気ない?」
「……クォーミァ、これは良くないですよ」
「なにが?」
「タイガ様の存在が他のエルフにバレたかもしれません――――」
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