第19話 愛されし者 精霊編

 大河がソファに背中を預けながら、小さく呟いた言葉。

 くっついている獣人たちや、精霊に関して知識のあるエルフたちは、大河のそんな言葉を聞いて嬉しく思った。

 何故なら、その言葉は自分たちを助けようとして考えられた言葉だったからだ。

 この状況を、この状態を、この現状を、大河も何となく察しているのだろう。

 どういうわけか、ここの人族のことをよく理解しているように思える上に、この理不尽な要求に答えられなかった後の亜人たちの未来が視えているようにも思える。

 今もまだ――


「あーあ、良い作戦だと思ったんだけどなぁ~」


「魔王様に許可貰いに行くか?」


「そんなことをしたら明日の取引に間に合いませんよ? 魔王様だって色々と確認しなければならないことがあるでしょう。当然、わたしたちも」


「色々と運が重なって早く終わったりは……しねえよなぁ、魔王様だし」


「魔王様は結構堅物系なのか……」


 どうやって切り抜けるか考えている。

 この絶望的な状況を、良い方向へ切り替えるために。

 異世界から来た人間が、全く関係のない者たちを救おうとしてくれている。


その純真で健気な心が、わたしたち精霊を動かしてしまう。


『素直なやつだ』


「ん?」


「どうしました? タイガ様」


「今なんか聞こえなかったか?」


「いや? ワタシの耳にも聞こえてねえぞ?」


「獣人のラーインの耳で聞こえないとなると、わたしたちエルフには流石に聞こえませんね~」


「そっか……んじゃ、気の所為――――」


『こちらに来い、人間』


「え?」


 エルダに見せられた白い煙――魔力が、大河の体を包みこんでいく。

 視界を奪われ、感覚を奪われ、


「タイガッ!!」

「タイガ様!!」


 近くで叫ぶ声、獣人の怒号のような声すらも、今の大河には届かない。

 瞬く間に白い煙に包まれた大河は獣人の家から姿を消した。





 瞼を開くと、星空が見えた。

 熱も冷たさも感じない空間。

 その場に、まるでこの世界に来た時のように浮かんでいる。


『目が覚めたな』


 遠くに見える星の一つがゆっくりと降りてくる。

 その光の球体からは、限りなく人の声に寄せたノイズが響いた。


「な、なんじゃこりゃ……」


『あまり視界に捉えない方がいい、精霊の民以外には見ることを許していない。脳が煮え切れるぞ』


「うぉい!? それを早く言えよ!!」


『これが異世界のツッコミというやつか……いやはや、何故か心地よいものだ』


「うわぁ……絶対に変なやつだぁ!」


『変なやつ? 誰のことだ?』


「お前だよ!? ふよふよ浮かびやがって、目を瞑っても眩しいんだよ!」


『心なしか脳に痛みが走っているか?』


「……確かに言われてみれば」


『それはわたしのせいだな』


「知っとるわ! あー、マジで痛くなってきた……色んな意味で」


『すまないな。異世界人から流れてくる記憶が実に面白く、試してみたくなったのだ。皆も笑っている』


「そいつは良かったよ」


 どこの誰が笑ってるのかさっぱり分からないけどな。

 もしかして……最初に見たあの星のことだったり?

 考えすぎか……考えすぎ――――だよね?


『では、要件を話そう。わたしは精霊である、そして精霊の〝王〟である』


「精霊……王?」


 光の球体が徐々に形を変えていく。

 ただ、こうして精霊王である姿を大河の前で露わにしても決して大河に見えることはない。それは目を瞑っているからではなく、精霊の民エルフ以外には見えないように……世界がそうなっているからだ。


『精霊の民を……そして森の民を救おうとする、異世界からの渡り人よ。わたしの〝願い〟を聞け、そうすれば〝祈り〟を叶えよう』


「(なんか、最近どっかで聞いたな……その言葉)」


『わたしの〝誓い〟を聞け、その約束をここにいる皆で〝結ぼう〟』


 この契約に大河の意思は入り込めない。

 相手の存在が超越し過ぎているためだ。

 つまりこれは、一方的な精霊王からの契約。


『わたしの〝願い〟は亜人・魔人の繁栄、人族との静寂である。これからの未来……争いのない平和をもたらすためならば、わたしたちは異世界人――――タイガの想像を実現しよう』


 この空間に星のように浮遊しているのは、かつてエルフたちと契約していた未契約の精霊たちである。大戦の影響で契約していたエルフの命が尽きたため、この精霊世界に戻って来た。

 精霊王はその全て――――この星空のように広がる空間にいる精霊全ての力を使い、大河の想像することを実現しようとしているわけだ。

 しかも、断る選択肢はない。受け取るという選択肢もない。

 与えるのだからやり遂げろ……そういうレールを大河に敷いた。


「なんか、よく分かってないけど……詐欺にあってる気分だ」


『詐欺……というのは、あぁそういうことか。意外にも感が良いな、だがわたしたちは騙してなどいない、与えるものは与える。しかしその代わりに実行してもらうがな』


「確かに詐欺じゃなないな、押し売りだった。ちなみさ、その平和ってのは? 具体的にこう……なに?」


『手始めに、この数多の精霊たちが契約を結べるようにしてもらう。まだ小さいものから、エルフと共に成長しているものもいる。この子たちが契約できるエルフたちを作れ』


「……無理じゃね?」


『やってもらう、そのためならばいくらでも力をやろう。それに、何も早急にというわけではないぞ? ゆっくりやればいい……。さて、そろそろ時間だ。精霊の民の場所へ戻してやろう』


「待った、まだ聞きたいことが――――」


 大河の体に白い煙がまとわつき、白い球体となって精霊世界から姿を消した。


『さて、見守るとしよう』





 大河の姿が消えてから一分すら経過していない。

 それだというのに、このヴォルフアオーンの防衛地点は過去最高に殺気立っていた。身の毛がよだつざわついた獣人の波動、世界が歪みはじめるほど異次元なエルフの魔力。

 その全てが、たった一人の人間が消えただけで放たれたほんの一部の警戒心でしかない。久しぶりとも言える言葉にならない焦燥感にエンジンのかけかたを間違え、いきなり全力を出したがために建物の一部が耐えられていない。

 もう少し、ほんの少しで獣王の怒号が響き渡る――――そんな時、白い球体が獣人の家に浮かび上がった。


「……なんだ――――」


 ラーインの髪が黄金に輝き戦闘態勢に入った瞬間、その白い煙が破裂した。

 その中から現れたのは……


「タイガ……?」


 エルフの姿をした、大河の姿であった。

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