第17話 取引一日前 前編
時は少し遡る――――。
魔国へと転移していった二人を見送り、ヴォルフアオーンには日常が戻った。
とは言っても、大河の視界を閉ざしていたものがなくなったため全ての光景が新鮮に見えるだけかもしれない。
大河は自由になったおかげで、異世界の日常を体験していた。
例えば、異世界に来てからの初めての魔法。
エルフだけが扱える〝想像魔法〟というのは、本当に常軌を逸した力であった。
「こいつは?」
「魔国のマゲドン山脈にしか生息していない極月草という薬草ですね。月の力が溜め込まれていて魔力を回復してくれる特殊な薬草になります」
「魔力を?」
「そうです。わたしたちは魔力がなくなることがありませんが、魔人族や他の種族は違います。精霊を身に宿していませんので」
「へぇ、そいつをどうすんだ?」
「こういうこっちの大陸にしかない資源を使って人族と取引をするんですよ」
「なるほどねぇ~」
エルフが使える〝想像魔法〟というのは、本当に想像したモノが何でも叶う魔法。契約した精霊によってある程度の誓約があるが、〝妖王〟リーラに関しては誓約などないらしい。
魔王と交わした誓約を守らねばならないだけで、その誓約が無ければ出来ないことはないようだ。
……ということを、ラムルフから聞いていた。
どうしてそんな暇があるのかというと、ここはヴォルフアオーンの更に南の土地にある巡回や警備用に作られた場所らしく、当番制で行われているためか誰かが暇になるようだ。
まぁ、暇と言ってもこの場所を守るためのようだが。
「一応、獣王も誓約はあるぞ。ただ妖王よりも軽いだけだ」
「どんな誓約ってのがあるんだ?」
「それはワタシらも同じだが、力を入れすぎたらダメらしい」
「どういうこと?」
「例えば、エルフたちがよく使う転移魔法ってのがあんだろ? 獣人も似たようなことできんだよ。本気で走ったら……どんくらいだ? こっから北の大陸にある魔国まで五歩くらいで行けるな。まっ、転移魔法ほど早くねぇけど……そのくらい全力で走ると大地は破壊されるわ、森は吹き飛ぶわで大変なことが起きる。だから魔王様に誓約をかけられてんだよ」
「ちょっと待て、待てよー。五歩? 魔国ってところまではどんくらいの距離だ?」
「あぁー、分からねぇけど……人族が使う魔導うんちゃら車ってやつで一週間くらい走りっぱなしくらいかぁ?」
魔導うんちゃら車? もしかしてそれって普通に車と変わらないもんなんじゃ……ってことは凄い距離を移動できるやつなんじゃ……ってことは魔国ってここからかなり遠い場所にあるんじゃ……――――それを五歩ってなに?
「……ふーん、とにかくスゲェじゃん?」
正直に言えば想像もつかないし、普通に理解不能だが……ともかく。
獣人は警備を。
エルフは資源を。
そういう日常が、
そうしている内に日が暮れ、獣人の家で皆で食卓を囲み夜が過ぎる。
「朝に温泉って贅沢だよなぁ~、マジで」
何事もなく過ぎた一日に少し感動しつつも、エルフ三人衆をお供に朝の温泉に一人で浸かっている時に――――問題が起こった。
「魔力の反応……どうやら誰が転移魔法でこちらへやってきたようです」
「気配は二人」
「恐らく、ラーイン様とリーラ様でしょうね」
日が昇ってから少し時間が経過した……日本で言えば朝8時くらいの時間帯。
全員、目が覚めるほどの強い気配がこの場所に現れた。
獣人ほどではないが、人間の大河ですら本能的に家のある方角を見た。
「なんか、怒ってねぇか?」
「そのようですね」
「魔国に行ったから」
「恐らく、情報交換した際に何か起こったのでしょう。明日は人族との取引が行われる日ですから」
取引は明日なのか、通りでエルダが忙しそうにしてたわけだ。
「一応……行った方が良さそうだな。着替えよ」
◆
二つの建物がある中、一際大きな獣人の家。
エルフたちのおかげで全ての大陸で一番頑丈な木材で作られているが、その建物の入口である扉が吹き飛ばされていた。
だが、少し荒れた建物とは裏腹に中は静寂。
小さな声が耳を掠める程度の静けさだったが、この建物に入った時、尋常ではない怒りを肌で感じ取った。
「タイガ!」
誰よりも早く反応したクォーミァに、全員が一斉にこちらに視線を送った。
「おう、クォーミァ。どうした? なんか雰囲気が悪いけど……」
明らかに普通じゃない。
ここにいるラーインもリーラもラムルフもエルダも、他の皆も……今までの優しい顔じゃない。
吸い込む空化が少ないような、肌に当たる空気が痛いと感じるような、日本では感じたことのない緊張感。平和な国にいたからこそ分かる、相手が放つ怒りの感情に大河の体は冷め始めていた。
「うるせぇ! いいからちょっとこっちに来い!」
ラーイン率いる獣人たちが大きなソファに固まっている。
その光景は、何だか好きな場所に集まって横になっている動物の集まりのように見えて……大河の恐怖を和らげた。
そういや、シロも俺が別の場所に座ろうとした時にワンワン吠えてたっけ。
「はいはい」
ソファまで近づいていくと、ここに座れと言わんばかりに隙間を空けられる。
いつの間にか戻ってきていたクォーミァも空いている場所をポンポンと叩いて、早く座れと催促していた。
「はぁ~~! いい! 落ち着く!」
大人しく真ん中に座った大河の体に体をくっつけ、匂いを嗅いだり顔を舐めたりズボンをかじってみたりと色んな行動にでるラーインたち。
その中でもラーインの呼吸音はもの凄かった。
「で? 二人はなんでこんな怒ってんの? ちょっと怖かったよマジで」
「(だから少し汗の味するんだ……)」
色んな場所を触れたり舐めたりしている獣人を気にすることなく、目の前に座るエルフたちの
「先日、わたしたちは魔国に帰還しましたよね? その時に魔王様からある報告を受けたんです。それは明日に行われる人族との取引に関することでした」
「(明日……だからエルダとかが色々と用意してたのか)」
「内容は、ここヴォルフアオーンで魔力が急激に膨れ上がった原因について報告書にまとめてほしいというものでした。まぁ、恐らくは……結界が強まったことを事細かく教えろというものでしょうね」
結界というのは、エルフたちが各所に散らばって各大陸を外敵から守っている魔法のこと。魔法攻撃、物理攻撃、侵入者、ありとあらゆるものから守ってくれる。
ちなみに、この結界はかなり防御力が高い。銃火器はもちろん、ミサイルくらいだったら余裕で防ぎ切る。
結界を破壊して侵入して来たのは歴史上ただ一人、人族が異世界から呼び出した〝勇者〟と呼ばれる存在のみだ。
「それと、その原因を教えないのならば資源の取引は行わない……という内容も書かれていました。伝えられた時、怒りのあまり我を忘れてしまいました。おかげでタイガ様のことを魔王様に伝えるのを忘れました」
「それでも資源を持ってこうとしやがんだぞ、おかしいだろ? なぁ、タイガ」
「確かにおかしい……めっちゃ厚かましいやつらだなぁ」
理不尽な条件を提示してくる人族の厚かましさに、逆にこれで良かったとも思う。
なぜなら、普通に好きになれなそうだからだ。
この条件を良しとしているなら、偉い立場にいる人族には良い人はいなさそうだ。もしも良い人がいるとしても、何も知らず暮らしている人たちなんだろう。
「ちなみにその魔力が急激に上がったってのは? 原因らしきものは分かってんの?」
「……えぇ、心当たりはあります」
「そいつはワタシにもあるな」
二人の視線だけじゃない。
ここにいる全員の視線が、一斉に大河へと向いた。
「ん? ん?……俺か?」
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