第16話 記憶が飛んだ次の日

 獣人が四人、人間が一人。

 合計五人が重なり合って寝ているとはいえ、まだまだ余裕がある大きなベット。

 精霊樹の中にあった寝床に近い丸いベットだが、神秘さの欠片もない木材と高級な羽毛で作られたベットの上は酷い有様だった。


「うぁ……頭痛ぇー」


 体中に重さを感じるも、眠さと気だるさで瞼がほとんど動かない。

 体はスッキリとしているが体力の消耗が激しく、寝汗も酷いものだった。


「う~ん……風呂入りてぇ――――」


 背中をもぞもぞと動かすと酷くびしょ濡れ。

 腕も足元も酷い状況だ。


「起きたか、タイガ」


「ラーイン……」


 その開いているかも分からない視界に映った先には、眩しいほど輝きを放つ金色の髪が映った。


「光すぎだろぉ……お前ぇ」


 太陽か。


「ははは、眩しいか? 悪ぃな」


「いやぁ……おかけで、目が覚めた」


「目、つぶってるぞ?」


「いや? 起きてはいるんだよ? でも体が全く動かない……。それは、どうして……だっけ?」


 思い返してみたくとも、昨日の記憶が全くない。

 そのまますっぽりと抜け落ちてしまっているようだ、記憶喪失というのはこういうことをいうのだろう。

 何があった? 何が……そうやって頭を回転させていくほど、眠さが増していく。


「そりゃ……ワタシたち四人の相手をすりゃこうなるだろ。リーラたちが一日中腰抜かしてのが理解できるぜ」


「四人……あぁ、なんか思い出してきた」


 パッと瞼を開いて、周りを確認する。

 両隣……片腕ずつ抱きしめて眠るラムルフとクォーミァ。

 足の間で猫のように丸くなって眠るフェイガー。

 そして、この頭皮に感じる柔らかさの正体がラーイン。

 どうりで暑いわけだ……四方囲まれている。


「ちなみ聞くけどよ、それは?」


「あぁ……これは生理現象ってやつだ。興奮してるわけじゃないよ?」


「…………残念だ」


「本当に残念そうだな、おい――――ともかく、起きるかぁ」


「だとよ、いい加減起きろお前ら」


「バレてた」


「もう少し余韻に浸ってたかったぜ」


「気持ちの良い朝ですね、タイガ」


 全員起きてんのかい……。





「うぉー! 太陽ー!」


 蹴伸びするだけで体の至るところから骨の音が鳴るほど、自分の体が疲労していたらしい。なんだか気が抜けてリラックスしてきた。

 たった一日、その記憶がなくなっただけでこれほどまでに太陽の下にいるのが心地良いとは思わなかった。

 それくらいの開放感だ。


「リーラたちは?」


「戻って来てるぞ、ただ少し状態が悪くてなぁ」


「え……」


 獣人たちの家がある場所の向かい側、二階建てのログハウス。

 視界が開けたことによって分かった――花畑が囲むログハウスにエルフたちは住んでいる。


「おはよー、体調はだいじょ――――ぶじゃねぇかよ」


「おはようございます、タイガ様」


 優雅に蜂蜜と似た香りを漂わせるケーキとお茶を嗜む四人の姿。

 どうやら、普通に元気は良い様子だ。


「ラーインから状態悪いって聞いてよ、来た……けど大丈夫そうだな」


「えぇ、なんともないですよ――――今は」


「今は?」


「うーん、そうですね~。わたしもそうですが、本日中には魔国へと帰らねばなりませんので……エルダ、説明をお願いします」


「むむ、わかりました~。失礼しますね? タイガ様」


 エルダの体から仄かに舞う白い煙が、大河の周りを囲んでいく。

 

「なんじゃこりゃ?」


「これは魔力です。やはり見えるようになっていましたね」


「見えるって……これは流石に見えるだろ。そこまで視力悪くねぇぞ」


「いえ、恐らく……わたしたちとまぐわったからでしょう。もともとわたしたちエルフの周りには精霊様の影響で魔力がついて回ります。もともと、こういうふうに見えていなかったでしょう?」


 確かに。

 最初に会った時はなんにも感じなかったな。


「あれだけエルフと……その…、遺伝子を交換したんです。そうなってもおかしくはありません。それに場所が精霊樹の中というのも影響しているでしょう――――と、言うのがリーラ様のお考えです」


 え? 魔力?


「それが影響してかどうか分かりませんが……」


 大河とエルダを囲むように舞い上がる白い煙――魔力がエルダの伸ばす手に誘導されるように大河へ集中していく。


「な、なんだ!?」


 もやもやと集中していた魔力が一気に大河の体に吸収される。


「……入っちゃったよ」


「いきますよ~」


 自身の魔力を吸収した大河の体に、エルダが抱きついた。

 すると、大河に吸収された魔力が抱きついたエルダの体に跳ね返っていく。


「~~~ッ!!?」


 そのせいなのか、体が痙攣し子鹿のように足を震わせてエルダの表情が崩れ落ちた。


「エルダ!!? 大丈夫か!? 人に見せられない顔してたぞ今!」


「――――こうなってしまうわけですね」


「いやどうなってんだこれ!?」


 てか、お前ら! よく普通にケーキ食ってられんな!?

 仲間が一人イっちまったんだぞ!?

 特にリーラお前……真顔で足をモジモジしてんじゃねぇよ。


「それはわたしたちにも分からないのです、きっと精霊様がタイガ様を面白がって力を与えたのでしょう。精霊樹から帰って来るのが遅くなった原因がこれです、初めはタイガ様との逢瀬を思い出すだけで……それはそれは酷い有様でした」


「え、変な力過ぎない?」


 なんかこう……普通に魔法使いたかったよ? 俺は。

 もっと普通に精霊パワー感じたかったよ? 俺は。


「タイガ様が精霊樹から一人でこちらへ帰ってくることが出来たのは、精霊様から力が与えれたからでしょうね。あの場所は精霊の力を与えられた者以外、入ることも出ることもできませんから」


 ふむふむ……全く分からん。

 全く分からんが――何はともあれ、ラーインが言っていた体調不良ってのはこれのことか。ほとんど悪いの俺じゃねぇか? これ。


「…………まっ、なんかの病気とかってわけじゃねぇんだな?」


 うん、あんまり考えないようにしよっと。


「もちろん。むしろいつも以上に健康です」


「なら良かった。ラーインから話しを聞いて心配だったから……うん、なんともなくて良かったよ」


 気が確かではないエルダを抱え、近くのソファまで運ぶ。


「「「「(羨ましい……)」」」」


「あ、そうだ。リーラとラーインは今日中に魔国って場所に帰るのか?」


「そうなんです……名残惜しいですが、わたしたちは魔王様の配下。以外でも繋がっている存在ですから。もう2日もいましたからね~、怒ってるかもしれませんけど」


「そっか~……俺もいつか行ってみてぇな」


「ふふ、行くことになるでしょうね。わたしたちが魔王様にタイガ様のことを報告しますから……それに、またすぐに会えるかもしれませんよ? 魔王様にタイガ様を会わせなくてはなりませんからね」


「そいつは楽しみだな」


 それから午前中に魔国へ帰還した二人が、後日またヴォルフアオーンに現れることになる。

 感じたことのない怒気を携えて。

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