第15話 幕間 聖和人国 ターナリオン

 あれから一向にエルフたちは戻ってこない。

 俺には魔力を感じることすら出来ないから分からないけど、ラーインが言うには徐々に魔力の気配が濃くなっているからそろそろ目が覚めるらしい。


「…………なぁ、みんな」


 まぁ、それは一旦置いておこう。

 結構ハードだったし。エルダとか意識飛んでもやめなかったし。

 多分俺が悪い。


「ん?」


「分かってる。はい、のみもの」


「うぐっ……ゴクゴク、いや違くて」


「はい、お肉」


「っむぐっ!? ………もぐもぐ、美味い――――おかしいよな?」


「むぐむぐ……みゃみが?」


「この状況だよ!?」


 もう体は自由な状態なのに、目隠しだってとれてるってのに、俺はどうしてまだ素手で食べさせて貰ってるんだ俺は!?


「ご飯の時間にご飯を食べさせる。それがワタシたちの役目」


「いや、俺は自分で食えるって!」


 エルフたちと待っている間に場の空気に馴染んできたことで、感覚的に分かったことがある。


「…………なぜ?」


「なぜってなぜだぁ!」


 こいつらは、俺を自分の子分だと思っているんだ。

 こういう光景は見たことあった。

 一番長男のシロが、シロジロウを迎え入れた時――――

 次男のシロジロウが、シロタロウを迎え入れた時――――

 何から何まで世話をしていた記憶がある。


「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着けよ。タイガ」


 でも俺は違う!

 自由を手に入れた今、こんなにお世話をしてもらう必要はなねぇ。


「やめろ! 自分で飲む!」


 だいたい、このソファちょっとデケェんだよ!

 奥まで座ったらテーブルに手が届かねぇじゃねぇか!

 ……ったく!


「おう飲め飲め、一気だ」


 ラーインから渡されたのは獣人サイズの樽ジョッキ。

 日本にいた頃にはおふざけでしか見たこともないような大きさだ。

 だが、そんなことも気にせず中身を一気に飲み干した。


「~~っ、ぷはぁ……なんだぁ? この味――――」


「お、良い飲みっぷりだなぁ~タイガ。おらもう一杯」


「あ、あぁ…………?」


 ドボドボと革袋からジョッキに注がれる音を聞いているだけで、まるで子守唄を聞いているかのように瞼が重くなってくる。


「どうだ? 美味いか?」


「うー……まいっ!」


「ははは、そうかそうか。調子上がってきたなぁ!」


 ラーイン、ラムルフ、クォーミァ、フェイガーたちは、今の大河の隙だらけの状態を見て……それぞれどんな表情をしているだろうか?

 いや、それを互いに確認するまでもない。


「ヒック、こりゃ一体なんて飲み物だ~!? うまい!」


「そうだろ? 鬼人族が造ってる酒だ」


「う~ん、流石だなぁ! 鬼人族ってやつは、 ありがとう! 会ったことないけど! あはははっ」


「でもなぁ~、少し体調が悪そうだ。もう部屋に戻ろう、な?」


「いーや、まだイケる! 俺は飲むぞーー!」


「ふらふら、危ない、部屋に連れてく」


 互いに気配で分かっているからだ。

 獲物を弱らせて、仕留める。

 時間、場所、状況、そんなもの自分で決められる。

 それが狩人であり、生物的絶対強者……〝獣人〟というもの――――

 もともと、これだけ友好的で隙だらけの大河を食うことなど容易いことだった。しかし本来、こんな急に襲うつもりはなかった。

 体も休ませて上げたいし、楽しく話していたかったし、単純に触れ合ってみたかった。だが、エルフと散々ヤった後なのに精力が膨れ上がってる大河の精力が獣人の嗅覚や理性を刺激してしまった。


 自分たちを興奮させる大河が悪い。

 いつまでも半勃ちな大河が悪い。

 こんな極上な餌をぶら下げて、いつまでも待てを出来るほど……


 ワタシたちは、おりこうじゃない。





 人魔大戦が終わり、敗戦直後の荒れ果てた地。

 およそ大陸の半分を亜人・魔人に破壊され、敗北だと人族の誰もがそう思っていたが、〝神〟が介入したことによって、大戦は実質的な勝利として歴史に刻まれた。


「今日は魔物肉が安いよ~」


「こっちは採れたてのウチの野菜たちだ、どうぞ買って行ってくれや!」


 だからこそ、今日も今日とて平和であり――――


「お、騎士様が出るぞ!」


「皆~、見送りだぁ!」


「はは! みんなありがとう! の名の下に、頑張ってくるよ!」


 神聖である。

 それが――――聖和人国 ターナリオン。

 大陸の半分を治める人族の国だ。

 人々が栄え、和気あいあいとした雰囲気に包まれる王国。

 当然、それは王国だけではなく大陸にある街……または国がそう。誰もが笑い合って生活している。

 それに四季折々とした気候、景色が変わることによって見える世界が変わる美しい世界でもある。亜人・魔人大陸はエルフの魔力によって国ごとに気候が異なるが、人族の国はそうではない。

 加えて、科学力。

 魔力で動く機械――魔導機構が発達しているため、亜人・魔人大陸と違ってかなり近未来的な世界観である。

 自然も多く、そこまでメカメカしくもないが、車に似た物なども存在する。

 もしもこの場に大河がいれば、風景や建物が違うだけで「日本と変わらない」と言って喜ぶことだろう。

 だがしかし、この光を保つために犠牲になっている存在もいる。


「おい、2日後の亜人バケモノたちへ送る物資の用意はできているのか?」


「既に完了しております。あとは物資を輸送するだけです」


「それなら当日到着するようにわざと調整しろ、もしも遅れていることに文句を言ってくるようなら向こうからの報酬を引き上げろ」


「承知してます」


 それが、魔王だ。


「全く、しぶといよねぇ~亜人・魔人って。男いないんだからさっさと死を選べばいいのに……どうしてそこまで生にしがみつくんだろ」


「ね! そうすればこんなことしないで潤沢な資源が手に入るってのに――まっ、こっちもの使い道に困ってたからいいけどさ」


 人魔大戦を救った〝神〟が、人族にすらも及ぼした影響。

 それは稀に女性を妊娠させることができない男が生まれることだった。

 だが、言ってしまえばそれだけのこと。人族の国ではそんな男でも生きていく場所は沢山ある。

 そのごく一部の仕事が――偽物の精子を亜人に提供する仕事である。

 どうしてこんなことをして許されるのか……それは人族の世界でも女性の権威は高いからだ。

 決して男性に権威がないわけではないが、圧倒的に女性の方が権力を持っている。それは何故かというと、〝神〟が女神であったということが一番大きな要因だろう。

 信仰や守る力を宿した存在は、民を先導する。

 その最たる例が――――


「聖女様!」


 信仰と守る力、そのどちらも手に入れた〝聖女〟と呼ばれる存在だ。

 実質、人族の大陸の王と言っていい。


「どうした?」


「たった今、急激にヴォルフアオーンの結界が強まった報告が……」


「なに? その名は確か……獣人たちが住まう大陸だったな」


「はい、今回の資源取引先になります」


「そこから獣人は来るのか?」


「いえ……いつも通りデモンズノからの使者だと思いますが」


「使者を寄越せとあっちに伝えろ、ヴォルフアオーンから誰も来ない場合は取引を中止にするともな」


「そ、そんなことをしてしまったら、こちらの研究が滞ってしまいますよ!?」


「問題ない」


 導かれているだけの者には分かるはずもない。

 あちらにいるのは戦う力を持っているのに、戦うことが出来ない化け物だ。

 あくまでもこちらが主導権を握っている。こちらが弱者だとしてもな。


「取引は2日後だ。早急に連絡を頼んだぞ」

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