第9話 〝獣王〟と〝妖王〟

 温泉に浸かって一時間。

 心も体も綺麗になったことで少し元気になった大河と裏腹に、獣人とエルフたちは頬を赤らめのぼせ上がっていた。

 少しだけアルコールの匂いがするからか、獣人に至っては全裸で大の字で宙にプカプカと浮かんでいる。


「タイガ様は……よくこんな熱い湯に浸かってられますね……」


「日本人だからなぁ」


 言っても40度あるかないかという温度。

 人それぞれだけど、俺には少し温度が足りない。せめて四42度か43度くらい欲しいとこだ。まぁ、湯気と混じるアルコールの匂いにやられて一時間程度で温泉から上がってしまったけど。


「日本人……タイガ……恐るべし」


「本当なら体が乾くくらい涼んでからもう一回入りたいくらいなんだけど……この温泉に入ってたら酔っ払っちまう。あ、クォーミァとか大丈夫か? 獣人って鼻が効くだろ」


「…………だいじょうぶ」


「よし、大丈夫じゃなさそうだな」


 大河は見えていないが、獣人たちは全員大変なことになっている。

 目を開き、長い舌が口の端から垂れ、水か唾液かも分からない液体を垂らし続けている。普通に人に見せられないような顔をしているのだ。

 まぁ、ただでさえ暑い場所が好きではないにも関わらず、鬼人族が飲む大鬼酒おおおにざけの香りを嗅いでいる。

 仕方ないと言えば、仕方ない。


「……あっ」


 まったり涼んでいるところに、嫌な響きである。


「ラムルフ、どうしたんですか~…………あっ!」


「え、なに、なんだよ、その「あっ」ってやつ。見えないから余計に怖えって」


 大河は魔力を持っていない。

 故に、魔力の変化に気がつくことはない。

 だが獣人とエルフは違う。エルフは当然だが、獣人は感知できる範囲が広い。

 匂いや気配は勿論のこと、魔力による変化すらも直感的に肌で感じ取ることが出来る。


「ふぃー、やっぱりこの感覚は慣れねえな。あと酒臭っ!」


「我慢してくださ~い」


 地面に魔力が集約していき、徐々に姿を現す。

 エルフの魔力が行き交う亜人・魔人大陸でならば、どこへでも移動が可能になるエルフ特有の魔法――転移魔法が、大河の背後に現れた。


「背中に視線を感じる……誰か来たのか?」


「え、えぇ……今日だけは来て欲しくなかった方々が」


「おうおう、言ってくれるじゃねえか」


「エルダ。説明をしてくれますよね?」



 温泉から場所を移動し、エルフの家へと向かう。

 酒の匂いによってクラクラしていた獣人たちも、熱くてのぼせいたエルフたちも全員魔法によって回復。

 大河も体と服を乾かしてもらい、ズボンとパンツだけの上裸スタイルのまま相変わらずの拘束状態で運ばれてきた。


「――で? これはどういうことだ。説明しろラムルフ」


 樹液水を飲みながら、対面しているラムルフとクォーミァの二人を睨み。

 隣にはエルダを糸目で見つめるエルフの姿。

 今日までに大河と接触があった人たちが集まっているが、席についているのは五人だけ。他の者は立ったままだったり、宙に浮いていたりした。


「この人族はタイガというやつで、この島に三日前に漂流してきました。森の中で彷徨ってるところクォーミァが捕獲し――」


「そういうことを聞いてんじゃねえんだよ、ラムルフ。どうしてお前の体から新しい生命を感じるのかってのを聞いてんだ」


「あー、それは捕まえた時に交わって……孕みました」


「え?」


 今、絶対にスルーしてはいけない言葉が聞こえたような……。


「お前、どうして捕まえた時に報告してない。まさか会ったばかりの人族の男に我を忘れて襲いかかった……なんてことはないだろうな?」


「襲いかかっちゃいました」


「襲いかかっちゃいました、じゃねえだろ!? ワタシらは亜人で、こいつは人族! 国との問題になったらどうするつもりだった!」


 十年間でようやく落ち着きを見せている環境を、自分の部下が破壊しようとしている。その事実をどう受け止めればいいのか分からず、しかし子供が増えるという飛び跳ねたいくらい嬉しい気持ちが交差して声が大きくなる。


「獣王、タイガは人族だけど人族じゃない」


「……クォーミァ、もっと詳しく言ってくれるか?」


「真偽は分からないけど異世界の日本って場所から来たって本人が言ってる」


「はい?」


 エルフ三人に空中で飲み物やら軽食やらをお世話されているタイガをイーランは見た。


「本当か? 確かに人族の中でこんなに筋肉がついてる男は見たことねえけど……それに服装も見たことない生地だな」


「ラーイン様、タイガ様には魔力が一切ありません。この世界に生まれたならば人族だろうとかすかに持ち合わせている魔力が一切ないとすれば……嘘ではない可能性があります」


「それならなんでそんな状態なんだ?」


 目隠しに、何重にも巻かれた縄。

 胴体以外全く見えないくらいに巻かれている。

 正直、見ているこっちが可哀想なくらいだ。


「逃さないため。タイガはワタシたちの希望だから」


 今まで人族と取引していた精液で、亜人・魔人が子をなしたことはない。

 十年もの間だ。

 しかし、その時間を取り戻すことができる存在が流れてきたとなったら……そりゃぁこうもなるかと納得する。


「……確かに、希望かぁ」


「うん、希望。タイガは絶対に女を孕ませることができる」


「そこまでか?」


「凄いよ。でっかい肉棒に、マグマみたいなドロドロの精液。こんな胸にもすぐに反応して大っきくするし、汗とか体の匂いもいい。なんか分からないけど絶対に孕むってなる……実際に代表はそうだった」


 一回勃つごとに興奮が増していき、回数が増すごとに止められなくなっていく。あの日は一日中大河と交わり、気がつけばお互いが重なったまま気を失った。

 クォーミァもフェイガーもエルダも、ずっとそこで見ていたが……感情が抑えきれなくなって最後あたりは混ざってやっていた。

 残念なことに孕みはしなかったが後数回ヤッていれば、確実に孕んでいた自信がある。それくらい大河は凄い。

 現に聞いただけでラーインの体が疼き始めてる。


「……リーラはどう考える?」


「魔王様に報告する前に、ということですよね。……難しいですね~」


 人族がこの大陸に侵入してきたことは、確かに大問題であることは間違いない。例え彼が異世界から来たとしても問題だ。

 これは必ず亜人・魔人大陸の王である〝魔王〟に知らせなければいけないこと。

 だがしかし、重要な問題はそこではない。

 人族である彼が、亜人であるラムルフを孕ませたということが重要だ。

 目の前に座っているエルダも……どこか確信がある様子。恐らく、今日の夜にでも彼と交わって子を仕込んでもらおうとしていたのだろう。

 だからこそ、〝王〟であるわたしたちに来てほしくないわけだ。


「ふふ、魔王様のによってわたしたち〝王〟は務めを果たさねばなりません。それに皆の言い分によれば、彼はわたしたちに幸福をもたらす存在。ラムルフのことを考えれば……まずはお返しをしなければいけませんよね?」


 こちらには返しきれない褒美をくれたというのに、あちらには何も返していない。

 そんなことが魔王様に知られた日には……怒られるだけでは済まないだろう。

 は絶対的なルールであり、平和を保つための最低限のマナー。

 こればかりは守らなければいけない。


「確かにそうだな。人族みてえに奴隷みたいな存在を作った日には、自害待ったなしだ。そもそもまずは感謝しないとな……よし! タイガ……とか言ったか? 何が欲しい? 取り敢えず、何でも言ってくれ」


「欲しいもんかぁ……ねぇな」


「ない?」


「うん、ない。だってこんな状態だし……そもそもこの世界のことほとんど知らねぇんだ俺は。戦争で大変な目にあったってことくらいの浅い知識だけ、そんなやつが何を欲しがれってんだよ」


 出身は日本。

 今のところ帰る場所も方法もない。

 だけど食べ物とか色々と面倒を見てもらってる。

 それだけでありがたいって話しだ。

 痛みもなければ、苦しみもない。むしろ気持ち良いことしかシてない気がするし。動きにとんでもないデバフはあるけど、それでも普通に生活できている。

 それなのに、まだ俺に何かを施すって? いらねぇよ。

 こうして生かしてもらってることに感謝してるくらいなのにさ。


「どうしてだ? もっと欲張れよ。何でも言ってくれていいんだぞ?」


「いや、マジでないんだって。強いて言えば……この目隠しと縄を解きたいくらいだ。ずっとこのままってわけにはいかないしな」


「……目隠しに縄をかぁ~」


「それは……難しいですね~」


「なんでだよ」


「もしもわたしたちを見てチ◯ポが勃たなくなったら? もしも力を隠してて隙を見て逃げ出してしまったら? どうするんですか?」


「まーたその話しかよ、逃げねぇって。というか、隠してる力とかあるんならさっさとこの縄解いてるわ」


 視界が真っ暗だってのに、さっきの温泉の時だって結構危なかった男だぞ?

 そんな正直な男をどうして疑うんだよ。

 こっちは一回勃ち上がったら萎えるのだって一苦労だっつうのに。


「どうして言い切れる」


「食べ物と住むところ……というか全部お世話してもらってる。知らない世界に来て面倒を見てもらってるんだ、恩を返さないで逃げるなんてこと恥ずかしくて出来ねぇよ。それに俺はこの世界のこと全く知らないから、どこに逃げればいいのかなんてさっぱり分からん!」


 エルダから大まかなことは聞いた。

 ようするにこの大陸の反対側が人族の大陸ってことだろう。

 とてもじゃないが、人間の足だけで大陸を横断するなんて出来る気がしない。

 はっきり言って、逃げる場所なんてないだろ。こいつらの中で人族ってどんだけ凄いんだ? 江戸時代の人でもそんなに移動しないぞ? 流石にエグいって。


「……本当に他の人族とは違うようだな」


「そんなに驚くほどのことなのか?」


 この世界の人族はどんだけ他の人種に対して酷い態度とってんだよ。

 恩はしっかり返せよ、俺まで一緒にされてるって。

 話し聞いてるだけで嫌いになりそうだぞ。


「ここまで本人が言うなら、やってみても良いんじゃないですか?」


「リーラ様!?」


「どうどう、落ち着きなさいエルダ。もしも彼がわたしたちを拒絶した場合、記憶を消してに戻してしまばいいでしょう?」


「それはそうですけど……今日はわたしの――――」


「大丈夫、嫌われたくないのは分かります。ですので、わたしがその役目を引き受けましょう――――何故ならば、わたしはエルフの〝王〟ですから」


「うぅ……やっぱりこうなってしまいました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る