第7話 知識の民
エルフの家に到着した時、やたら甘い香りが漂っていた。
何となく花の香りなのだろうと考える。日本で知ったエルフという存在はそういうイメージがあるからだ。
そう考える大河のイメージは間違ってはない。
エルフの家で漂う香りは、草木の良い香りだけを抽出したアロマであった。
嗅覚に触れるようにほんのり漂うその空気は、エルフや獣人にとってはリラックス効果を齎し、ことエルフに至っては魔力の循環を良くしてくれる。
「そうだ、まずは朝食を用意しましょう。早く会いたくて朝からタイガ様をお迎えに行ってしまいましたのでお腹が空いているでしょう」
「お、ありがとう。昨日飲んだ水美味かったからまた飲みたいと思ってたんだ」
「樹液水のことですね、わかりました。それじゃ、用意しますね~」
エルダの言葉に反応し、周りから音が聞こえた。
どうやらエルダ以外にもエルフがいるらしい。床を少しするような足音しか聞こえないが二人くらいだろう。
「机よ、椅子よ、生えなさい」
宙に浮いている足元からベキベキと音を建てながら、エルダの言葉通りに物が生えてきた。そしてゆっくりと大河を椅子の上に下ろすエルダであったが、初めて魔法を感じ取った大河はそれどころではない。
「え? もしかして俺が座ってる椅子って……」
「はい。魔法ですよ」
「うわぁ~マジかぁ……生で見たかった」
異世界に来て一日目にして魔法を目の前で見る機会があったというのに、この目隠しのせいでそれを逃してしまった。
魔法童貞卒業ならずである。
「ふふ、タイガ様のためならいくらでも使いましょう。いくらでもね」
「いくらでも……使えるのか?」
「えぇ、もちろん。わたしたちはエルフですから」
「ひょえー、エルフってそんなスゲェのか」
「っ! 嬉しいですね~。男の人に褒めて貰えるのがこれほど嬉しいとは思いませんでした。思わず襲ってしまいそうでした~」
目の前に静かに置かれる朝食。
それが無ければ、もしくはそれを食べ終えていたら、大河はまたしてもカラカラになるまで出し尽くしていたことだろう。
「――でも、まずはこの世界のことを知りましょう。そうすればきっと、タイガ様がどれだけ特別で特例で特異な存在なのか理解出来るはずです。みんな、タイガ様にゆっくり食べさせて上げてね?」
「「「はい」」」
どうやら、エルフは三人いたらしい。
俺の真後ろから声が小さく聞こえた瞬間に、体がビクッと反応した。
◆
世界は球体である。
そう亜人・魔人族の王――〝魔王〟がそう言った。
表の世界は人族が、裏の世界は亜人・魔人族が管理している。
しかし世界が球体のため、大陸が裂けて離れていようがどこか繋がっている部分がある。そのため争いが絶えなかった。
時は十年前――人魔大戦が勃発。
そのせいで大勢の人族が、大勢の亜人・魔人族が亡くなった。
しかし被害が最も大きかったのはこの大陸だろう、裏と表を繋いでいた大地が人族が扱った科学によって破壊されてしまったのだから。
その戦い自体は亜人・魔人族が勝利した。人族の国を制圧したというよりは、戦える人族をほとんど殺し尽くしたためだ。
科学では魔法に勝てない。
使える魔力が少ない人族が研鑽した科学的な力の前に幾多の亜人・魔人たちが殺されたが、それでも魔法の方が強かったというだけ。
亜人・魔人族の皆は大いに喜んだ。
もともと戦いを挑んできたのは人族側で、人族の大陸よりも豊かなこちらの大陸を襲いに来ただけ。異世界の〝勇者〟と呼ばれる者を召喚してまで襲って来たが、それでもやり返した。
これで戦いが終わった。
これで静かに暮らせる。
これで家族が死ぬことはない。
そう喜んだ束の間――――
神と呼ばれる存在が姿を現したのだ。
〝勇者〟すらも跳ね返す異常な強さを持った亜人・魔人族に対して、制裁を加えたのだ。その制裁というのが子孫繁栄を一時的に途絶えさせるという、この世の
大本である男はこの世界から消え、身籠っていた女も消え、男にも女にもなれる生物は消滅した。
亜人・魔人族は生殖能力が高いわけではない。その中でも妊娠しやすい種族と言えば獣人族と鬼人族くらいで、その他は何十何百年とかけて子を作り育てる種族。
男が消えてしまえば、どうなるかは明白であった。
今まで男がやって来たことが女の仕事になり、今まで男が考えてたことを女が考えることになる。何百年と男が女を守ってきた亜人・魔人族にとっては全て白紙に戻されたのと同義。
死ぬ物狂いで女傑たちが大陸をまとめ上げたものの、大きな問題は残ったまま。
このままでは未来はない。そう判断して人魔大戦から三年後に人族たちに取引を持ちかけた。
得意の科学力で、生きた精子を提供してほしい。
その代わりに恵まれた豊かな土地の産物を提供する。
男がまだ生きている人族にとっては利益しかない取引。それからここ七年間、割に合わないと誰もが思う取引をしてきたというわけだ。
「もぐもぐ……つまり、男女逆転現象が起きてるってわけか」
正確には男のやっていたことも女がやるようになって、色んな常識が変わっていったということだろう。
十年も経てば、それもそうだと思う。
適応できなければ、それこそ緩やかに死を待つか……もう一度侵攻されて絶滅していた危機だってありえる。
「そういうことです。もともとわたしたちは子供が出来にくい分、性欲も旺盛で、結婚している人なんかは毎晩床を共にしていましたからね。そんなわたしたちが十年間も男と合わなければ……」
「まっ、こうなるよな」
希望と言う名の男が、その希望を求めていた者たちの目の前にポッと現れたんだ。誰だって離したくないし、逃がしたくない。
俺だって大学受験失敗した時に「一人だけ入れることになりました」って電話来たら二つ返事で「入ります」って答えるし、コンビニのバイトを大連敗していた時も同じだ。
「……でもなぁ、ちょっと気になったんだけど」
「何がでしょう?」
「クォ―ミァが昨日の夜言ってんだよ、姿を見られたら嫌いになるって。人族は亜人とか魔人のことをそんなに嫌ってんのか?」
「……嫌悪しているでしょうね、なにせ人族とわたしたちは容姿に大きな違いがありますから」
「それってどんな?……って聞いてもいいの?」
「当然です。タイガ様に伝えることが出来ないことはありません、基本的に人族が嫌う理由は二つ――――まずはわたしたち亜人の特異な力でございます」
「力が?」
「えぇ、わたしたちエルフであれば……魔法ですね。術式で科学的に非科学を実現させる人族に対して大きなトラウマを植え付けた悪夢の魔法――それがわたしたちが得意とする〝想像魔法〟。この大陸全域を結界魔法で守っているエルフだけが使える想像した言葉が実現する魔法ですね」
想像した言葉。
例えば、金持ちになりたいと言えば金持ちになる。
例えば、料理を出せと言ったら料理がでる。
例えば、死ねと言ったら存在が死ぬ。
条件や契約している精霊の力によるが、不可能がない魔法。それが〝想像魔法〟。
「わたしが契約している精霊様のお力だと、理不尽程度なら叶えることが可能です。先代の〝妖王〟様は天災を人為的に引き起こすことくらい朝飯前でしたし、先代の〝獣王〟様はその咆哮だけで天地を変形させてしまうほどでした。その記録が人族に伝わりわたしたちの力は恐れられていたのです」
「ふーん」
理不尽程度なら叶えることが可能って……それって俺のことを完全に種馬として洗脳することだってできるんじゃね?
なんだか悲しそうな表情をしてそうだからあんまりツッコミたくないけど。
「……怖くはないのですか?」
「いや、怖いっていうか……魔法ってそんなスゲェんだなって感じだな。どうせ俺には抵抗する力とかねぇし?」
異世界に来たって割には、性欲以外に強化されたところないしな。
ステータスなんか見れたらここで言う人族よりも弱い気がするわ。
「もう一つは?」
「もう一つは、やはり姿形が違うことです。肌の色、髪の色、一部の造形……色々と人族には言われました。貿易品献上の際に、たまに精を下さった男性の方がお越しになります。初めてのときはそれはもう嬉しかったですが……正直、もう会いたくはないです。他のエルフも同じ、獣人のみんなも同じでしょうね」
「……顔、見えてないけど察したわ。結構キツイこと言われたっぽいな」
「……はい。ですから、わたしの手でタイガ様に触れた時に体がビクッとなって興奮してくれた姿を見た時は泣きそうでした」
「いやあれは誰だってそうなるって」
みんな普通にエロいこと好きだよねって話しだ。
あんな状態になっちゃえばぜーんぶ関係ない。
そりゃ興奮するよ。見えなくてもね。
「それに、俺は日本人だから死ぬ!って思ったらおっ
大学受験失敗して少し荒れてた時期、ガラの悪いやつらと初めて喧嘩し終わったあとも興奮して勃起してたしね。
血が回って言う事聞かなくなるんだよ、チ◯コって。
「その日本人……というのは?」
「俺が住んでた国の人たちのことをそう呼ぶんだよ。あーあ、俺だけじゃなくて他のやつも連れて来られたらなぁ~」
そしたら、俺が言ってる「目隠しを外しても大丈夫」ってことを信じて貰えたかもしれないのに。
特にオタクがいい。友達に何人かいたけど、あいつらならこの世界を良い方向に変えられるはずだ。なんせ「もしも転生した時のために」とか言って、色んな知識を蓄えていたからな。
「そしたらもっと良かったということですか?」
「そうだな。俺の世界でもエルフとか獣人とか創作されてたんだよ、それこそ魔族とか有名だったし。まぁ喜ぶんじゃね? 死なないこと前提だけど」
「それが本当なら……どれほど嬉しいことか」
少し長い話し相の中、用意された朝食を食べ終わり口周りを拭いてもらう。
まだ朝が始まったばかりだというのに、視界が暗いためか腹が膨れて少し眠くなってきた。
「それに俺の出身は日本って場所だけど、他の国もあったよ。色んな人がいた」
「色んな人?」
「そう、色んな人だ。白人だとか黒人だとか黄色人種だとか、まぁ色々と世間では言われてた。ちなみに俺は黄色人種って言われる側ね」
「タイガ様は白人や黒人と言った……自分とは違う人種を嫌だと思ったことはないのですか?」
「ないね。運良く、良い人としか会ってないし。もしも悪い人に会っても人のこと言えないくらいには黄色人種にも悪いやつはいるしな、お互い様ってやつだ。それに白人黒人の方々には色々とお世話になったからな……」
大人のお店で。
「とまぁ、そんなわけだから俺の目隠し外す話しをしてくれよ。あ、そうだ。風呂とかってあんのか? 海でずぶ濡れだったし、そのまま汗だくになったから体を綺麗にしたいんだけど」
「体の方はわたしの魔法で綺麗にしておきましたよ?」
海から出てきてそのまんまだったのに、確かに潮の香りはしない。
なんなら下の服も乾いてるし綺麗になっている。
でも、そうではない。
「日本人は風呂に入りたいんだよ」
「わかりました、でしたらわたしがお風呂を作りましょう。鬼人族の地域で見たことがあります。ただし、タイガ様の肘から下までと膝から下までを変わらず拘束したままですからね?」
「おう、それで問題ねぇ」
「それではみんなを呼んでお風呂に入りに行きましょう」
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