第6話 エルフである。

 これは間違いなく夢だ。

 穏やかな波に揺られ、親父と釣りをしている光景。

 結局会話に夢中になって海の上をドライブしてから、八百屋で母さんの好きな果物と酒を買って家に帰る。


〝今日は全く釣れなかった〟

〝果物を買って来てくれたってことは、そういうことでしょう?〟

〝一年前の今日は釣れてた〟

〝一年前と比較してどうするの? ゴルフの時も同じようなこと言ってたわ〟


 聞こえないけど、知っている会話。

 今思い返しても楽しい家族だった。

 ……俺がいなくなってどうなっただろう。

 もしかして、悲しんでるかもしれない。

 もしかして、苦しんでるかもしれない。

 それとも、もともと俺という存在がいなかったことになっているか。はたまた別の俺という存在が生きていることになっているのか。

 それは日本に帰らないと分からないことだ。帰れるか分からないけど。


〝あ~、今日は桃ね。良いチョイスじゃない〟

〝まぁな。オレほど母さんを分かってる男はいないだろう〟

〝当たり前のことだわ。分かってなかったら困るもの〟

〝そうだろ、そうだろ〟

〝はい、大河。桃を剥いている間に飴ちゃんでも舐めてなさい〟


 そう言ってくれたのはいつも母さんが近所の子供に配ってる飴だ。

 いっつも周りにあげているのは分かっていたけど、毎回残ってる飴玉が決まっている。大人でも好き嫌いが分かれるだろう〝イチヂクミルク〟味だ。


はぁ~、お前らが残した〝イチヂクミルク味〟を処理しているのは俺なんだからな? 感謝しとけよ、ガキンチョ共。まぁ俺は好きだからいいけども。


 おかげで、ここ数年間この味しか食べてない。

 そんな軽い悪態を付きながらも、飴玉を口の中で転がす――――





「~~~っ!! ぁ、んぅ~~~!!」


 舐めたり、吸い付いたり、転がしたり。


「う~ん……お前らのイチヂクミルク味を~……」


 かれこれ三十分以上、ずっとこの寝言をいい続けながら大河の舌が止まることはなかった。だが、とっくに限界を迎えているクォ―ミァはそれどころではない。

 胸から浸透する快楽に既におかしくなってしまっている。

 もう自分でも何度イキ果てたか分からない混乱状態、この気持ちよさに死んでしまうと幾度も峠を超え――――それが五十を超えた時、


「やらしい声が響いてますよ、クォ―ミァ」


 背後の扉が勝手に開いた。


「たっ……っ!! くぅ~~!??」


「なんですか? この部屋に響くやらしい音は……まぁ、羨ましい!」


 部屋中に充満するフェロモンに口元を抑えながら、エルフの女性がベットを確認すると、豊満な乳にしゃぶりつく大河の姿があった。


「赤ちゃんみたいで可愛いですね~」


「~~っ!!」


「は~い、一回離れましょうね~」


 指先をクイっと上に振るうと、クォ―ミァにしゃぶりつく大河の体が浮遊した。

 吸盤のように吸い付いていた口から乳房が離れ、ブルンっとクォ―ミァの下に戻っていく光景はどこか淫らであった。


「じゃぁ、タイガ様は貰って行きますよ。クォ―ミァ」


「はぁ、はぁ……んぅ~~~!!」


 呼びかけた声に返ってくるのは、いやらしい吐息のみ。

 クォ―ミァを改めて見てみると口の端から唾液が溢れ、白目を向き、シルクのシーツがびしょびしょに濡れている。


「イキ過ぎて聞こえていませんね~……まっ、いいでしょう」


 大河を浮遊させたまま、イキ果てたクォ―ミァを無視したまま、部屋へ来たエルフの女性は去っていく。

 最後に部屋の空気をしこたま肺に入れることを忘れずに。





 どこからか聞こえる誰かの鼻歌。

 まるで、一つの楽器が奏でているかのように美しかった。


「……んぁ?」


 覚醒したばかりの脳みそに優しい音色。

 体を通り過ぎる風。

 昔、学校のグラウンドで寝っ転がってた時の記憶が蘇る。


「起きました~?」


「ん? あ、あぁ……今起きたけど」


 なんか浮いてね?

 足が地面につかないんだが?


「いま、タイガ様を魔法で運んでいます。わたしたちエルフの魔法は完璧だと思いますが、お体は大丈夫ですか~」


「あー、そういうことね。だから足がつかないわけか。大丈夫、体に問題はない……けど、空中に浮かんで移動してるってなんか変な感じするわ」


 目隠しイモムシ状態だと普通に怖い。

 なんかゾワゾワしてくる。


「ごめんなさい。タイガ様はその状態のままお世話するという決まりになりましたから~」


「それは昨日クォーミァから聞いた、納得はしてねぇけどな。それで? 今度はどこに連れて行かれるんだ?」


「――ちょっと待ってください」


 ピタリと空中で体が止まったと思いきや、急に両頬を挟まれた。


「うぉい!? なになになに!?」


「ずるいですね~、いけないですね~」


 両頬に触れる細く長い指、そしてひんやり冷たい手の平が大河の頬を変形するくらいには強く挟み続ける。


「どうしてクォーミァとそんなに仲良くなっているんでしょう?」


「ふぃあ……しょんなほほきかれへほ……」


「やはりタイガ様は亜人と仲良くなれる尊い存在のようですね。話で聞いた、この大陸に漂流して来たというのは信憑性が増してきます。人族ではありえないことですから」


 目の前にいるであろうエルフの女性が話す度に、ミントのような爽やかな香りがする。見える視界が薄暗くなっていることから、顔と顔の距離が相当近い。


「なら当然――わたしたちエルフとも仲良くできますよね?」


「も……もふぃよん」


「ですよね! 当然ですよね! あなたはわたしたちの救世主……それなら優劣をつけるのはいけません。さぁ、わたしのことをエルダと呼んでください?」


「エルダ」


「わぁ……男性に名前を呼んで貰えることがこれほど嬉しいとは!」


 頬から手を離されると、体が前に進み始める。

 どうやらこれで満足したらしい。


「一体どうした? ちょっと怖かったぞ、今の」


「す、すみません。感情が昂ってしまいました……今は考えたら、急に触られて気持ち悪かったですよね?」


「あ、それは全然大丈夫。そんで? どこに向かってんだ、エルダ」


「獣人たちの住む家から少し移動したエルフの家になります。今日から三日間はそこで過ごしてもらうことになる予定ですよ」


「へぇ、俺見えてないから分かんないけどさ、ここらへんって街になってんの? 確か森林大国とか言ってたよな?」


「まぁ! 興味があるのですか」


「そりゃーな。俺にとっちゃ異世界なわけだし」


 ここに来てから見たことのない大木と、澄んでいる海以外に見ていない。

 見ることも触れることも出来ないのなら知識を得て想像する以外に、世界観を取り入れる方法はないだろう。

 日本で流行っていた異世界系だと、エルフとか森の中に家を建てて住んでいるイメージではあるけど実際には違いそうだ。獣人であるクォーミァの話を聞く限りでは、どちらかと言えば現代に近い……恐らくログハウスのようだと思っている。

 昨日寝ていたベットだって日本で俺が使っていたものよりも良い物だった。


「それでしたら、わたしがご教授させていただきます」


「おう、助かる」


「それでは少し急ぎましょうか。皆もタイガ様がいらっしゃるのを心よりお待ちしておりますからね」


 少し前に進む速度が上がったように感じる。

 それから程なくして、エルダたちが住まうエルフの家に到着した。

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