第二話④
2
俺とガークが本題に入ったのは、日が暮れてからのことだった。竜族は食事をみんなで囲んで食べるという風習らしく、夕暮れが近づくにつれて、厨房に集まる人の量が増えていった。場は自然に賑やかになっていき、ガークがつれてきた俺たち三人の『ロイメン』は、集落の民たちに奇異の眼差しを向けられることとなった。
「しかしそんなこと、実際にあるもんなんだなあ! まあ、現におまえたちがここにいるのと、奇妙な建物が森の中に建っているんだから、おまえたちの言っていることは事実なんだろうよ」
そう言ったのは、ザンドラという名前の竜人だった。ジュヴァロンと仲の良い彼は、赤い竜の鱗が腕や足を覆い尽くしている。ジュヴァロンほど竜の血は濃くないのか、彼よりは人間に近い見た目だ。
竜族に共通しているのは、皆揃って爬虫類のような目をしているということだった。それ以外の見た目が竜に近いのか、人に近いのか、あるいは純粋な竜なのかは、それぞれの体内に流れている竜の血の濃さによって変わってくるということなのだろう。
ザンドラは、好奇心の旺盛な性格で、猪突猛進な一面があるようだった。俺たちのいきさつを聞いている最中、こもれびの杜が集落の先に建っている話になった際、「うわ! マジか! ちょっとおれ見てくるわ」と言って、一目散に走り出していってしまったので、彼が戻ってくるのをしばらく待つ羽目になったのだ。
俺が(体感で)片道十分ほどかけて歩いた道を、ザンドラは往復五分程度で戻ってきた。恐ろしい脚力だ。建物を確認したのが、ほんの数秒であったとしても、だ。それに戻ってきたとき、彼は息を切らしてもいなかった。
「コタローたちは、元にいた世界で、年寄りを手助けしている『カイゴ』という仕事をしていたらしい。我は」
「ガーク、お前自分のこと『我』っていうの似合ってないぞ」
俺がガークの言葉を途中で遮って突っ込んでしまったからか、彼にギロリと睨まれた。威嚇のように凄まれると、迫力があってちょっと怖かった。
「……オレは長老の処遇をどうにかしたいと、心底考えていた。今の長老の扱いは、竜族の皆の総意で、長老やオレも一度は承諾したことだ。とくに長老は、ご自分の状況を一番よく理解されている。自らの失態で竜族の皆に危害が及ぶことを懸念しての判断をされた。……当初は英断だと思ったが、今はとてもそうは思わない」
ガークは、周りに集まっている民たちの顔をひとりひとり見ながら、ゆっくりとそう言った。一人称が変わっているということは、やっぱりガークも気にしていたのだろう。
ガークがもの言いたげに視線をよこしてきたので、俺はこくりと頷いて、ガークの隣に立った。
「あー、えっと……初めまして、俺は空野虎太朗といいます。純粋なロイメンです。ガークに紹介されたとおり、俺はお年寄りの生活を手助けする仕事をしています。俺と、こっちにいる筒原さんと、俺のばあちゃんの空野恭子は、元々……たぶん此処とは別の世界で生きていました。でも、突然大きな地震に巻き込まれて、どういうわけかこの世界に居場所ごと転生してきたみたいなんです」
一同は顔を見合わせて、ざわついた。こいつは何を言っているんだ。ロイメンという種族の生き物は、このような場においても妄言を平気で口にするのかと思われていたらどうしよう。
「それで、この世界にやってきた俺が、一番初めに会ったのがガークでした。こいつは俺が介護職に就いているとわかって、妙に俺に興味を持ったようだから、理由を聞くと、長老さんが認知症を発症して困っていることが分かったんです」
「にんちしょう?」
ザンドラの隣で俺たちの話を聞いていた竜族の女性が問い返してきた。
「たとえば、さっき確かにご飯を食べたのに、そのことをすっかり忘れてしまっていたり、今日が何月何日であるとか、いまは朝か昼か夜かということも分からなくなってしまう。他にも色々あるけど、そういった症状が出てきて、生活に支障をきたす症状のことを、俺たちの世界では認知症って呼んでいました」
「コタロウくん、じゃあわたしは認知症なのかい?」
ばあちゃん、話がややこしくなるから今は黙っていてくれ。俺はばあちゃんを無視して話を続けることにした。
「じゃあ、長老様は……」
「コタローのいう認知症なのかもしれぬ」
ガークが言い張った。後継者としての自覚と、竜族の少年としての立ち位置が綯い交ぜとなったような口調になる。何百年と生きていようと、彼はまだ竜族の中では幼い部類なのだろう。
「はっきりと言わせてもらうけど、俺は、皆さんのとった選択は間違っていると思います。直ちに長老さんの幽閉を解除して、元の生活に戻してあげるべきだ」
「でも……そんなことをしたら……」
先ほどの女性だ。不安の色が一同に広がっていく。
「皆さんが不安になるのは、当たり前のことだと思います。でも、認知症になった人に、どうやって関わればいいのかをちゃんと知っていれば、何も不安になる必要はありません」
俺もそうだった。ガークたち竜族に説明しながら、自分の過去を思い出す。
ばあちゃんの認知症が発覚したとき、俺は気が動転して、しばらくの間、何も手につかなかった。あんなにしっかりしていたばあちゃんが、いつの間にこんなことになっちまったんだ……。
介護の勉強をしていたときに聞いた話がある。認知症は、家族や周りの者たちが本人の様子をおかしいと思い始めたときには、もう症状はだいぶ進行してしまっているのだ、と。俺がばあちゃんの症状を知ったときにはすでに……。
俺のせいか? と自問した。たった一人で俺を育ててくれたばあちゃんに迷惑ばかりかけて、気疲れさせてしまっていたのかもしれない。その疲弊が蓄積して、症状の進行を促してしまったのではないか。知識をつけていくたびに、俺は自責の念を拭えなかった。
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