第二話⑤

——ごめんな、ばあちゃん……。

 何度も俺はその言葉を口の中で噛み殺した。たとえばあちゃんに「俺のせいか?」と聞いても、正しい答えが返ってくることは、おそらく永劫ないだろう。俺は答えのわからない呵責を、これからも続けていかなければならないのだ。

 ガークも同じだろうか。自分が持ち合わせている知識をガークに伝えたとき、あるいはこの先いずれ彼らが自分たちのとった選択を省みたとき、今の俺と同じように自分を責めたりしてしまうのだろうか。

それでも。

長老が少しでもいい状態で余生を過ごせるように、俺はガークたちと共に最善を尽くす責務がある。

「バカなことを言うな、ガーク、お前も知っているだろう! 長老が我を忘れて暴走すれば、こんな集落ひとつ、簡単に滅んでしまうんだぞ!」

 ふと舞い出た火種は、竜族の民たちの心に邪念の炎を灯した。テーブルについていた竜族の誰かがそう言うと、喧騒は一気に伝播していった。

 宴のように楽しい内容の騒ぎだったらいいものの、現実は正反対で、俺たちに対する非難が轟々と湧いている。ガークは困ったように眉を潜めていた。長老の後継者とは言われているものの、まだガークにはその器は尚早ではないかと思われる。

「ガーク、ここはお前が、しっかりと芯を持っていないと、あいつらにやられるぞ」

 俺はガークの耳元で囁いた。いくら俺がそそのかしてガークがその気になったとはいえ、竜族の総意を覆せるのは、彼しかいない。

「オレが……」

 ガークは呟くようにそう言うと、俺のほうを見つめた。右の手のひらを自分の胸の前にかざし、そのまま握りこぶしを作る。

 それは決意のあらわれのようでもあり、見方を変えればなにかにじっと祈りを捧げているようでもあった。

「たしかに、長老の今の処遇は、竜族の皆で決めた総意で、長老も納得したうえで実行している。オレもそれでいいと思っていた。……だけどそれは、『長老の後継者』としてのオレの意見だ。ほんとは……長老の……じいちゃんの孫としてのオレは、今すぐに幽閉を解いてやりたいと……思っている」

「それはただの我儘だろう」

 ガークを咎める声がする。俺の目にも、誰がその言葉を放ったのかがはっきりと見えた。ガークよりも歳上に見える、人型の竜族の男だった。言い終えたあと、口を真一文字に締め、鋭い目つきでガークのことを見咎めている。厳格で真面目な初老の男——それが彼に抱いた印象だった。

「一族で一度決まったことを今更になって蒸し返し、私情のままに己の意見を押し通そうとする。長老の後継者なら尚更、己が行おうとしている事の重大さを鑑みるべきだ」

 男の声に、彼の周りにいた何人かがうんうんと頷いている。彼らはきっと、ガークのことをよく思っていないんだろうなと感じた。もしかすると、長老に近しい立場の人なのかもしれない。長年、長老に連れ添って一族を率いてきたけれど、今はガークが長老の孫というだけの理由で、一族の長になり得る器として持て囃されている。それが彼にとっては面白くないのかもしれない。だが、長老のいまの境遇をなんとかしたいと思うのがガークの私情なら、それを咎めようとするのもまた、彼らの私情なのではないだろうか。一人の(この場合、一匹の、と表現するのが正しいのか)竜の末路を犠牲に、一族の安寧を計るのか、一族で結託して、危険を承知の上で、今まで世話になった恩義を長老に還すのか。彼らがどんな選択をとるにしろ、後になって後悔しないようにしてほしい。

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