第一話⑥
「じゃあ筒原さん、俺、ちょっと行ってきます。ばあちゃんをよろしくお願いします」
着いてくる、と言ったらどうしようと思ったが、察しがいいのか、筒原さんは「気をつけてね」とだけ言って、俺たちを見送った。
「あれ! コタロウくん、また出かけるの? まあまあ、若人は元気ですねえ。気をつけて行くんだよ」
ばあちゃんのやけに大きな声を背に受けながら、俺とガークは「こもれびの杜」を後にした。
歩いていく先は、さっき俺が竜族の集落にたどり着いた方角とは逆の場所だった。流石に森の中を歩き慣れているのか、ガークは俺の前に立ってスタスタと歩いていく。その足取りに迷いはない。
鳥の囀りや、虫の羽音が聞こえる。風が吹くたびに、木々がせせらいでさわさわと声をあげる。緑の葉が宙を舞い、やがて俺たちの足元に落ちていく。地に降り積もった葉の裏側から、毛虫がニョロニョロと顔を覗かせて、また隠れるように姿を消した。
「空気がおいしい」という表現の意味するところは、俺にはよくわからないけれど、息を吸うたびに鼻腔に入ってくる空気は、冷たく、どこか澄んでいるような心地になる。だから、これがきっと「空気がおいしい」という感覚なんだろうなと、勝手に納得した。
「コタロー」
歩きながら、ガークが俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
俺は、彼の日によく焼けた背中の筋肉が、体の動きに応じて、般若のように盛り上がるのを眺めながら答えた。
「ベリュージオンは、三つの大陸と大小様々な数の島から成り立つ世界だ。大陸や島ごとに国が存在していて、我らが暮らしているこの森は、べリュージオンの中でも南に位置する大陸のウダイ国の一角にある森だ。この辺りの一帯は、ヴェリザという名を冠している」
何だかカタカナばかりで頭がおかしくなりそうだ。そもそも、言葉が通じているというのも不思議なのだ。考えるとキリがないから、受け入れるしかないけれど。
「ウダイ国ってのは、平和な国なのか?」
「ああ、そこは安心するといい。我ら竜族が治安をおさめている故、いまはほとんど争いの起きない平和な国だ」
「良かった。俺たち、戦争なんて経験したことないから、戦いに巻き込まれたらどうしようって思ってたんだ」
「ならば、ウダイ国を出ぬよう、心がけることだ。外の国では、いつ諍いが起きるとも予測がつかない」
「え……それって、他の国では戦争が起きてるってことか?」
「オマエたちの世界の仕組みはわからないが、ベリュージオンは様々な種族が暮らす世界。ゆえに、互いの主張が衝突し、ときに暴力が生まれることもある」
「うへえ……そんなのに巻き込まれるのは、嫌だなあ」
俺がつぶやいた言葉は、木々の葉の隙間に消えていった。
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