このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる。

 アラームの音で目を覚ます。眠りから覚め、微睡の中で自分が未だ続いていることを実感する。カーテンを閉めずに眠ったせいで部屋の中は既に朝日で満ちていて、また一日が始まったことを知る。

 世界が終わることが確定しても、朝日は変わらず昇り、変わらない毎日が始まる。人間が変わらない日常を過ごし、社会というシステムが成立し続けているのは、実感が湧いていないからなのかもしれない。終末の宣告とともに空が赤く染まりでもしていれば、今頃日常なんていうものは完膚なきまでに破壊されていたはずだ。

 制服に着替えて、階下に降りていく。リビングに着いたところで、いつも通りだった朝は美しく崩れていった。そうだ、もう昨日までの朝ではないのだ。

「おはよう、蓮見君」と言った彼女の手元にはカップが置かれていた。遠慮をされても困るだけなのだ、早くもこの家での生活に順応している姿に安堵をする。

「おはよう、香深」

「蓮見君も何か飲む?」

「いや、いい。自分で用意するよ」

 そう言って僕は乾かしていたグラスをひとつ取り、そこに水道水を注ぐ。インスタントのお茶と比べても美味しくはないけれど、僕にはそれで十分だった。

「大したものもないけど、何か食べるか?」

「君が食べるなら、一緒に食べようかな」

「オーケー」

 いつものように買っていた食パンをオーブンに入れてトーストする。普段であればそれだけで済ませるけれど、ささやかなプライドが缶詰の山に手を伸ばした。恋人相手なのだ、見栄を張るくらいはいいだろう。ツナ缶を開き、出来上がったトーストを半分に切り挟み込む。色彩のない食事ではあるけれど、最低限の味はあるのだからこれで勘弁して欲しい。

 僕は情けないサンドイッチの乗った二人分の皿をテーブルに置いて、昨日と同じように香深の正面に座った。「いただきます」という小さな声が呟くように二つリビングに響いた後で、僕たちは朝食を始める。

 恋人らしい朝食とは何なのだろうか、と考えてみる。終わりが近付きつつある今、目的があるのならば、一刻であっても浪費するわけにはいかない。こうして、共に朝食を摂るという機会はありふれたものではないのだから、活かすべきだろう。

 しかし、サンドイッチの二口目を咀嚼したところで、馬鹿馬鹿しいことを考えていることに気が付いた。恋人らしい朝食なんて、あるわけがないだろう。それに、香深が求めていたのはそうした滑稽な三文芝居を演じることではない。もっと自然な恋なのだ。

 僕たちの間に会話らしい会話はなかった。昔もそうだったな、と思う。空間を共有していても、時間を共有をしないということは、僕たちの間では度々あった。香深は沈黙を厭わないし、僕は恋する相手との沈黙を心地よく思っていた。思い返してみれば、同じ沈黙でも僕たちがそこに見出しているものは異なるものだったのだろう。

 どこまでいっても他人のことを理解することは出来なくて、同じものを見つめていてもきっと見えるものは人によって変わっていく。そんなことは分かり切っているはずなのに、改めてその事実を突き付けられると哀しくなった。過去の自分の惨めさに。

「ねえ、蓮見君」

 冬の朝の乾いた静寂を破ったのは香深だった。

「ひとつ聞いてもいいかな」

「僕に答えられることなら」

「私のことを好きだった時って、どういう気持ちだった?」

 思わず、苦い顔をする。出来る限り協力をするとは言ったけれど、ここまで容赦なく他人の個人的な感情について質問をすることが出来るとは思っていなかった。

 僕が恋していた彼女は、そうした他者の個人的な領域を踏み荒らすようなことをしなかった。恋の盲目さゆえに香深由良という人間を直視出来ていなかったのか、思い出が現実を歪めたのか、終末が近付いている中で彼女もまた焦っているのか。恐らく、そのどれもが少しずつ混じり合って今の彼女が居るのだろう。

 今は失ってしまったものとはいえ、自分の内側を曝け出すことは嫌だった。それが好意という制御の出来なかったものであれば尚更に。しかし、僕は彼女のために行動をすると決めたのだ。それが、今の、最後の僕の意義なのだから。溜息を吐いた後で、食べかけのサンドイッチを皿に置いて口を開く。

「好きだった、というトートロジーが求めてるものじゃないんだろ」

「うん、その好きっていうのは、具体的にどういう気持ちだったのかが知りたいんだ」

 香深はカップに口をつけ、紅茶を飲むと少しの間思案をした後で言葉を継ぐ。

「私は、恋というものがどういうものなのか、分からないんだ。だから、せめて世界が終わる前に知りたいと、してみたいと思ってる。でも、見たことも触れたこともないものをどう探してもいいか分からなくて、せめて形だけでも手繰ろうとしてるんだ。失礼な質問ってことは分かってる。ごめん」

「今更謝らなくてもいいよ。昨日の時点で香深がどうしようもない奴ってことはつくづく痛感してる」

 どうせ踏み躙ると決めたのだ、いっそのこと徹底的に僕を蔑ろにして踏み台にしてしまえば良い。それでもこうして謝るのは、彼女が本質的には他者を意識的に利用することが出来ないからなのだろう。

「でも、改めて頼まれても、その質問には答えられないな」

「それは言いたくないから?」

「言いたくないことは確かだけれども、それ以前の問題だよ。そもそも、僕自身も分からないんだ」

「……もう昔のことだから分からない、みたいな感じかな」

「それなら忘れたと正直に言う。レトリックや誇張ではなくて、本当に分からないんだよ」

 僕がそう言うと、香深は不思議そうな目を向ける。それはそうか。一度も恋をしたことがない人間に、この感覚が分かるはずがない。僕は違えないよう慎重に、自らの中にある感情の痕跡と思考を手繰り寄せて納得をさせることの出来る説明をなんとか組み立てようとする。

「人は軽々しく恋という言葉を使うし、自分の中にある感情を、他人の抱いている感情を恋だと決めつける。でも本来、感情に形はなくて、言葉にすら出来ないものであるはずなんだ。僕がもしも卓越した詩人であれば、あるいは出来るのかもしれないけど、生憎僕はただの高校生であの感情に付けることが出来る名前を知らない」

 誰しもが使う言葉とは、立ち止まって見れば暴力的なものであることに気付くことが出来る。名前を付けてしまえば、曖昧だった存在は断定的なものへと変貌し、削ぎ落とされてしまった繊細なディティールはなかったことにされてしまう。

 それでも人々が恋という言葉を使い続けるのは、一種の諦観のせいなのかもしれないと思う。先の見えない夜闇を恐れるように人は分からないことを恐れるのだから、自らの中にある形のない怪物を恐れ、抑えつけるために、言語という檻を使って閉じ込めるのだろう。

 勿論、適当な言葉を並べ挙げてそれらしい説明をつけることは可能なのだろう。けれど、香深が知りたいと思っている恋は、そんなものではないはずで、だからこそ分からないという真実を告げる。僕に出来る数少ないことのひとつは、誠実に真実を伝えることなのだから。

 香深は僕の言葉を聞いて噛み締めるような沈黙を聞いた後、頷く。

「確かに、そうかも。説明なんて出来るものじゃないか」

 恋を分からず、恋をしようと藻掻いている彼女からすればその事実は残酷なことかもしれない。経験をしなければ恋を理解することは出来ないと、突き放したようなものなのだから。

 けれど、彼女は否定をするようなことはなく、静かに僕の答えを受け入れてくれた。それは僕に対して抱く信頼の質量を表していて、液体状の仄かな温かさが心の神経の中に染み渡った。

「感情の説明は出来ない。でも、その感情の結果として何をしたのか、何を思ったのかを説明することは出来るよ」

「……例えば?」

 彼女が僕の言おうとしていることがいまひとつ理解を出来ていないようで怪訝そうな顔で尋ねた。

 恋愛感情と強迫性障害は区別をすることが出来ないと言っていたのは、どこの科学者だっただろう。一度でも、他人に恋をしていた自分を思い出したことがある者であれば分かるだろうが、それは耐え難いものだ。どうすることも出来ない、自らの狂った姿を直視することと同義なのだから。

 覚悟をしていたとしてもそれを言うには少しの静寂が必要で、逡巡の後僕はかつての感情の末路について口を開く。

「例えば妙な形の雲を見つけた時、隣に居てくれれば良かったのにと思ったり。例えば、自分の言葉は間違っていなかっただろうかと執拗に不安を覚え、君の言葉には何か意図があったんじゃないかと疑うようになったり。例えば、自然と視線が相手を追いかけていることを意識して、それを気付かれないように視線を逸らすことに努めたり。そういう、どうしようもないことばかりだよ」

 歳を取れば、もう少し恰好のつくような恋愛をすることが出来ていたのだろうか。その答えは分からないけれど、僕の最初で最後の恋愛が思い出す度に恥ずかしくなるような、青臭いものであることに変わりはなかった。

「それから」と僕は一つ大事なことを言い忘れていて、付け加える。

「居なくなられると、どうしようもなくなる。魂が駆動するために必要な燃料が零れていくような、そんな感覚になるんだ」

 寂しさと憎しみと愛と、名状することの出来ない感情をないまぜにしたような、ヘドロのようなものがゆっくりと全身を蝕んでいったことを思い出す。正直に吐露をするなら、両親が死んだ時よりも僕は途方に暮れていたかもしれない。

 きっとそれは、僕自身が選んだものを失ったからなのだろう。父と母は、選ぶ権利も機会もなく、決められた関係だった。けれど、香深と共に居て、好きになったのはどれも僕自身の選択の結果だったのだ。自らが得た、かけがえのないものがどうすることも出来ずに失われていくという経験は、十五年しか生きていなかった僕には辛く、苦しいものだった。

 今の僕なら耐えられるのだろうか、と思う。しかし、そんな思考に意味はなかった。外付けの希望以外に空っぽのままの僕には、失うものなんてないのだから。

「あの時、そんなことを思ってたんだ」

「そう見えなかったなら、良かったよ。好きだった相手に弱さみたいなところは見せたくなかったからな」

 弱さを晒してしまえば、そこから食い破られ、崩れていってしまいそうな錯覚をする。そうして作られた孤独の要塞は確かな強さとどうしようもない脆さを併せ持った不安定なものであるということは分かっている。けれど、今更それを崩して新たなものを作ることなど出来るはずもなくて、世界から耐えるため、陳腐なシェルターに僕は身を隠し続けている。

「つまり僕が言いたいのは、恋っていうのは求めようとするほど素晴らしいものじゃないってことだよ。大抵は、苦しいだけだ」

 香深は、月並みな言葉でいうなら恋に恋しているのだろう。そして、多くの恋の例に漏れず、盲目的になり恋の醜悪さに目を向けられていない。恋という言葉に憧れる人は多いけれど、その実得られるものは痛みばかりだ。否定するようで申し訳ないけれど、望むようなものではない。

 けれど、香深は落胆するようなことはなく、むしろ澄んだ目をする。

「苦しいだけかもしれない。痛いだけかもしれない。それでも私は知りたいよ」

「どうして、君はそこまで恋に執着するんだ?」

 どうせ死ぬのだからその前に恋人が欲しい、という願いを抱く人は少なくない。そうした願いの殆どは理由がないか、即物的な肉欲のためかのどちらかだ。けれど、彼女はそうした理由ではなく、もっと明確な意志のようなものを持っているように思えた。

「恋を知らないままで死ぬことが怖いんだ。自分が、人間にとって大事なものを見落としているような気がして。人間として、出来損ないのまま終わってしまう気がして」

 彼女の告白を聞いて、僕は薄く笑ってしまう。だってそれは、僕が世界に対して抱いていた劣等感と似たものだったのだから。

「馬鹿だって思う?」

「思わないさ」

 人は恋をしなければならないわけではない。恋なんてしなくたって、幸せになる方法はある。今の香深を見れば、そう諭す人も居るだろう。けれど、そんな言葉に意味はないのだ。

 泳ぐことが出来ず溺れ、藻掻いている者は傍から見れば滑稽に見えるかもしれない。出来損ないの踊りをしているようにすら見えるかもしれない。しかし、溺れた者はそうするよりほかにないのだ。最早自分の意志ではどうすることも出来ないのだ。

 僕は溺れている彼女を嗤うことが出来ない代わりに、助けることも出来ない。唯一の出来ることは、一緒に溺れてやることくらいだ。黒く、音のない水底で独りにならないように、一緒に沈んでやることだけだ。

 それはやはり、岸辺から見ている人々からすれば愚かで意味のない、ともすれば倫理や正義を以て謗られる行為かもしれない。冴えたやり方ではないのだろう。現実に正解はないのだとしても、不正解だということくらいは僕も分かっている。けれど、不正解にだって意味はある。僕はそう、信じている。

「恋をしよう。何もかもが終わってしまう前に」

 それが美しい結末なのかは分からない。道半ばで終わってしまうかもしれない。けれど、僕たちはそれを求める。

 世界は、終わってしまうのか。そんなことを心の中で呟く。ようやく、僕は世界が終わることを実感することが出来たような気がした。


      *


 校門から下駄箱へと続く道を歩く香深の姿は群れの中に居る黒い山羊のようだった。コートはまだしも、スカートが学校指定のものではないことは明らかで、同一性を求められる学校という空間の中で彼女の姿はいやに目立って見える。

 彼女を目にした生徒は奇妙な目を向けて、しかし触れることが禁忌であるかのように何を言うこともなく目を逸らしていく。発砲事件が珍しくもなくなりつつある街の中であっても、制服を着ずに学校へと登校をする少女の姿はやはり異常なようだった。

 生徒ではない香深がどうやって学校に通うのかと尋ねた時、彼女は「大丈夫」と短く答えた。彼女が大丈夫だと言うのならば、それを信頼して良いのだろう。どうせ僕に代替案はないし、昔から彼女は僕よりもずっと頭が回るのだから。

 香深を止める者は居ないままで下駄箱へと着いた。僕は自らの上履きへと、彼女は僕の家に置かれていた古びた室内履きへと履き替える。

「職員室ってどこにある?」

「一階の、この廊下を真っすぐ行った端のところ。案内しようか?」

「大丈夫。三年二組で良いんだよね? 先に教室行ってて」

 先に、ということは彼女もまた三年二組に来るつもりなのだろうか。恋人になってくれとまで頼んだのだ、遠慮をするとは思えない以上、助けは必要ではないのだろう。僕の頭ではどうすれば訪れたこともない学校に在籍をすることが出来るのかは思い浮かばないままで、「分かった」とだけ言って教室へと向かう。

 教室は半年前と比べればやはりひと気がなかったけれど、それでも確かにクラスメイトは居た。質の悪いウイルスでも流行ったと捉えれば、これだけの人数もさして違和感のあるものではない。学校などという日常の象徴のような場所が機能をし続けているところを見るに、やはり世界というものは案外耐久性のあるものなのだと実感をする。あるいは、順応をするのが速いだけなのかもしれない。思い込みという幸福で不幸な人間の特権を用いて、僕たちは異常に慣れ、日常を自分たちでも気付くことが出来ないほど自然に変容させていく。

 窓際の席に座り、ぼうっと伽藍の裏庭を眺める。本来、この席は僕の席ではない。ただ、空席ばかりの座席表を遵守しようという生徒は既に少なく、いつからか各々が自然と好きな席を選ぶようになっていた。窓際を選ぶのは、窓外くらいしか退屈の捨て場がないからだ。好奇心は猫を殺すかもしれないけれど、退屈は人間を殺す。

 学校に訪れ続けるのは、退屈を凌ぐためなのかもしれない。人は自由という言葉を持て囃すけれど、実際にあらゆる束縛から解放され自由になった先にあるものは殺されそうなほどの退屈だけだ。有り余った時間はどうしたって使い切ることが出来ず、結局は泥濘のような怯懦の中に溺れていくことになる。窮屈な日常の中にあるからこそ、自由には価値があるのだろう。

 ふと、黒板の方を見ると端に書かれたカウントは律儀に三十から二十九に変わっていた。一度、クラス委員長がそこを書き換えているところに出くわしたことがある。既に機能をしなくなった、委員会の務めだとでもいうのだろうか。終わりを心待ちにしているような行動は、僕には理解をすることが出来なかった。

 暫く窓外に退屈を投棄していると、視界の端に黒い影が見える。香深が、教室に訪れたのだ。クラスメイトたちが好奇の目線を向ける中で、彼女はそうすることが当たり前だとでも言うように僕の隣に立つ。

「ここの席って空いてたりする?」

「空いてるよ。というより、みんな好きな席を使ってるんだ」

「そう、なら良かった」

 彼女はそう言ってコートを脱ぎ、椅子に腰を下ろす。コートを脱ぎ、黒いタートルネックを露わにした彼女の姿はより一層教室の空気から浮く。

 喪に服しているかのように、彼女は黒い服ばかりを着ていた。中学生の頃はどうだったのかと考えて、それが無駄な思考だと気付きすぐに止める。あの頃の僕が知っている彼女は、いつも制服を着ていた。どのような服装を好んでいたのかなど、知っているはずもない。

「許可は貰えたのか?」

「うん」

「どうやって」

「通ってた学校が機能をしなくなったけど、どうしても学校に通いたいって頼んだだけ」

 世界が終わるという事実を前にして、生徒や教師の数が足りず機能をしなくなった学校があるという話は聞いたことがあった。よくもそう自然に同情を誘いやすい、尤もらしい理由を思いつくことが出来るものだと感心する。本来であれば見知らぬ少女を生徒として扱うことなど不可能だろうけれど、終末が近付きつつある今、必要なのは書類ではなく理由だけだった。

「やっぱり滅茶苦茶になり始めてるんだな、世界ってさ」

「今まで気付いてなかったの?」

「知識として知ってることと、経験として実感をすることは全然違うだろ。隣の大陸で戦争が起きてます、なんて言われてもぼんやりとした危機感しか覚えなかったようにさ。結局、事実として認識していても自分自身がその出来事と接しない限りには本当に信じることなんて出来ないんだよ、人間って生き物は」

 この街で拳銃が撃たれようが、僕は痛みを覚えないし血を流さない。父が暴動で死んだとしても、死に際を見たわけではないし、葬儀だって執り行われなかった。終わりは平等に僕の前にも近付きつつあるのに、それは未だ形のない不安に過ぎない。

 僕は、異常に触れたことが殆どなかった。今ようやく、規則で雁字搦めになっていた学校という日常が崩れていっていることを知り、社会の崩壊を実感している。

 無機質な始業の予鈴が鳴る。ばらばらに教室の中を揺蕩っていたクラスメイトたちは適当な席へと座っていく。どのような状況であったとしても、学校という空間に居る限り生徒という存在は定められたルールに従うらしい。

 科学の教師が前のドアから教室に這入って来る。元々このクラスの担任だった教師は、世界が終わると告げられてから二か月目に忽然と姿を消していて、今教壇に立った中年男性は代理の担任だった。未来のない子供たちに勉学を教える心境は、どのようなものなのだろうか。彼のように勤勉な教師を見ていると、いつもそう思う。

 彼は視線を流して着席している生徒たちを見回した後で香深の姿に目を留める。

「えー、短い間ですが、今日からこのクラスに転校生が来ることになりました」

 その言葉を免罪符に、クラスメイトたちは香深の方に視線を向ける。隣に居る僕までも見られているようで、気分は良くない。どうせあと一か月で終わるのに、こんな形式的なことをする必要なんてあるのだろうか。

「名前は――」

「香深。香深由良です。よろしくお願いします」

 歪みながらもその形を保ち続けていた日常を、彼女の声は切り裂いたような気がした。僕たちは言葉を持たずただその声を受け入れ、冷たい校舎に残響は染み付く。

 天使が通り過ぎたような沈黙を破ったのは自らの職務を思い出した科学教師の声だった。

「慣れないことも多いと思うので困ったことがあれば助けてあげてくださいね。それでは、一限目の準備を始めましょう」

 その言葉はホームルームの終わりを表していて、弾かれたようにクラスメイトたちは席を立ち、香深の下へと歩いて来た。どうやら、世界が終わる最中であっても学生というのは転校生という存在に沸き立つらしい。

 助けは必要だろうかと考えるけれど、そつなく応対を熟す姿を見て席を立つ。必要がないならわざわざ渦中の傍に居なくとも十分だろう。

 どう時間を潰そうかと考えながら教室のドアを出ようとしたところで「蓮見君」と声を掛けられる。振り返ると、そこには眼鏡をかけた生真面目そうな少女が立っていた。

「あー、水代さん」

 水代さん。下の名前は憶えていない。話すことの少ない異性のクラスメイトの認識がその程度なのは、僕の薄情さがゆえなのだろうか。

 しかし、その名前を言うよりも先に間延びした声が漏れたのは思い出す時間が欲しかったからではない。委員長という役職の名が先に出そうになったからだった。

「どうかした?」

「ん、ちょっと話でもしないかなって」

「なんで突然僕なんかに」

「香深さんのことを聞いてみたくて。ほら、ホームルームが始まる前から話してたでしょ。それに、わざわざ隣の席に座ってるしさ」

 隠していたわけではないけれど、見られていたのかと思う。共に学校に通うことになる以上、いつかは僕たちの関係が公になることは想像していたけれど、あの熱に巻き込まれるのかと思うと気が滅入ることは確かだった。

「直接聞けばいいんじゃないか」

「あの人だかりの中に入って行っても聞く順番が回って来るのは後の方だよ。だったら蓮見君から聞いた方が早いし、面白そうじゃない?」

 好奇の目線を向けられることに対しての免疫がないせいで、既に辟易としていることを自覚する。

「面白くないし、嫌なんだけど」

「じゃあ、取引しよう。君にも得のある取引」

 水代さんはらしくない、悪戯っぽい笑みを浮かべる。きっと、僕が見ようとしてこなかっただけで彼女は日常の中で時折、こうした表情を浮かべる十七歳なのだろう。自分が見落として来たものを直視する度に、自分の視野の狭さと歪みが嫌になる。

「私以外にも蓮見君が香深さんと話をしてたところを見た人は居るだろうし、あの様子だと香深さんと蓮見君の関係もある程度は公になると思うんだ」

 そう言って水代さんが指した方を見ると、もうすぐ授業が始まるというのにクラスメイトたちは香深の方に詰め寄っている。香深の方も、必要以上に口を開くことはないけれど最低限問われたことは答えているようで時折口を開き、何かを喋っている。

「そしたらあの連中はそのまま君の方に流れて来る。それって私に話しかけられただけでも厄介そうな顔をしてる君からしたらやなことじゃない?」

 それは、そうだった。あれほどの人数の人間が僕の個人的な話を根掘り葉掘り聞こうとしてくる光景は、想像をするだけでもずぶ濡れの靴下を履き続けているみたいに気分の良いものではない。

「もし私に話をしてくれるなら、私がそれらの話を肩代わりして答えておいてあげるし、それ以上の追及からの防波堤にもなってあげる。良い条件じゃない?」

 水代さんの提案は、確かに良い条件だった。どうせ、香深との関係については聞かれると思っていたのだ。彼女に対してだけ話をすることで済むのであれば、僕としてそれ以上のことはない。

「分かったよ、答える。それでいいだろ」

「ありがと。じゃあ、一旦教室から離れよっか。このままだと、あそこに巻き込まれかねないし」

 水代さんの言う通り、香深の方を見ると何人かのクラスメイトがこちらに視線を流しているのが見える。あの様子から見ると香深は僕との関係についても口にしたようで、その余波がこちらまで伝わって来るのは時間の問題のように思えた。

「そうだな、適当なところに行った方が安全だ」

「うん、じゃあ早速向かおっか」

 水代さんが歩き始め、僕はその後を追う。廊下を進んでいる途中で、チャイムが鳴った。授業が始まるな、と思いつつけれど足を止めることはない。香深を一人にさせたことに対しての申し訳の無さは勿論あるけれど、どうせ授業をしている間に恋をすることなんて出来ないのだ。これくらいはいいだろう。

 カタコンベにおける礼拝のように密やかな授業が行われている教室を幾つも通り過ぎて、階段を上っていく。どこへ向かっているのかという疑問は、やがて見えたドアによって答えられる。

「屋上なんて、開いてるのか」

 自殺防止のために、僕が今まで通っていた学校はどこも屋上が封鎖されていた。この高校も例に漏れずそうだったはずだけれども、水代さんがドアノブを捻ると抵抗はなくあっさりと開かれ、色調の薄い冬の空が見えた。

 容赦のない冷たさが肌を刺す。話をするには、寒すぎる場所だけれども、だからこそ公に話したくはないような話をするにはこれ以上ないほど適した場所なのかもしれない。

「いつの間にか開いてて、そのままになってるって感じ。気付いてる人も少ないから、こうしてひと気のない場所が欲しくなった時に使わせて貰ってるんだ」

 学校という場所に興味のない僕では、気付くことのないまま終わりを迎えていただろう。よく開くかも分からないドアの前まで足を運んだものだ。

 水代さんはその意志さえあれば跨いで飛び降りてしまえるような心許ないフェンスに寄り掛かり、隣を掌で叩く。僕はゆっくりと歩いて、彼女の隣に凭れかかった。

「まず第一に、君たちはどういう関係なのかな」

「恋人だよ」

 極めて簡潔に事実を伝えると水代さんは「へえ」とどこか楽し気な声を漏らした。

「蓮見君に恋人って居たんだ」

「いや、居なかったよ。昨日なったんだ」

「昨日?」

 水代さんは怪訝そうな視線をこちらに向ける。

 世界が終わるのだから、その前に恋をしたいという欲求は、何もおかしなものではないし、悪いものでもない。ゆえに隠す必要はないのだろうと思うけれど、しかし他人の個人的な願いを勝手に伝聞するのは違うだろう。

「昨日、彼女がこっちに来たんだ。それで、僕が告白をしたんだよ。ずっと好きだったから」

 全てが嘘というわけではないけれど、明確な虚構を織り交ぜて適当な話をでっちあげる。状況の説明として十分な論理性を持っているし、香深に損や害のある嘘でもないのだ。もっと良い嘘もあったのかもしれないけれど、及第点は貰えるはずだ。

「ずっと好きだったのに今更告白したの?」

「昔彼女が遠くに越して、どこに居るのか分からなかったんだよ」

 それは韜晦ではなく、真実だった。どこへと越すのかを、あの時僕は聞かなかった。どうせ虚しい恋ならば、叶わない希望に縋るよりも忘れてしまった方がマシだと思っていたのだ。結果として、初恋は呪いのように僕の内側を蝕み続け、こうして目の前にすらも現れてしまったのだから、哀しい抵抗でしかなかったのだけれども。

「一途だったんだ」

「どうなんだろうな」

 例えば、僕が様々な人と出会い、その中でも意識的に香深のことを選んでいたのであれば、一途な恋という美しいストーリーを描くことも出来ただろう。けれど、現実は違う。僕には、香深しかいなかっただけなのだ。彼女が居なくなった空白を埋める他の物があれば、案外薄情にも彼女のことなんて忘れてしまっていたのかもしれない。例え忘れることはなくても、ひとつの過去だと割り切り、今ほど引き摺られていることはなかっただろう。つまるところは、単なる怯懦の果てなのだ。自慢を出来るようなものではない。

「でもちょっと意外だったな、蓮見君が恋人を作るなんて」

「僕自身が一番そう思ってるよ」

 ただ生きることに精いっぱいで、僕の頭の中に恋愛なんていう概念は存在しなかった。胸の中にある恋の残骸は触れても痛ましいだけで、恋愛とはまるで異なるものだったのだから。

「そう思ってるって、君自身のことでしょ」

「恋ってそういうもんだろ。自分じゃどうしようもなくて、理性的な部分とはむしろ真逆のことをすることもある。本当にさ、一昨日までの僕は恋なんてすると思ってなかったんだよ」

 かつて存在していた僕の中の恋の痕跡を元にして言葉を組み立てる。小説を書くような、まるきりの虚構を紡ぐことは苦手だけれども、自分の中にあったものを元にして嘘を吐くことは下手ということもないらしい。

 水代さんは想定していたものとは別の解法を知ったような表情をして僕の方を見る。他人に見つめられると、僕の醜い部分までもが見透かされているような気分になって、居心地が悪い。

「ほんとに恋してるんだね、蓮見君」

「まあな」

 本当に恋をしていた。僕の中のあらゆるものが錆びつき、腐ってしまうほど古い話だけれども。

「他に聞きたいことはないのか」と話を変えるように僕は尋ねる。僕と香深の関係について話す分には構わなかったが、個人的な感情の話までも露悪的にしたくはなかった。

「じゃあ、これからどうするつもりなの?」

「どうするつもりって?」

「もう一か月でしょ、世界が終わるまで。このまま学校に通い続けるつもりなのかなって」

 傍から見れば、今の僕たちの姿はおかしなものなのかもしれないと思う。世界が終わるまでの一か月、恋人との時間があるとなれば二人きりで居ようとすることが自然だろう。それが例えつい昨日作られたばかりの関係であったとしても。あるいは、作られたばかりの関係であるからこそ。

 けれど、彼女が望んでいるのはそうした異常の中で引き起こされる錯乱じみた感情ではなく、もっと自然なものなのだろう。だからこそ、自然でありたいと願ったのだと、僕は思う。

 僕自身の目的はない。初恋の人と出会ったとしても、その事実は何も変わらない。僕の今の目的は、彼女のために動くことだけで、僕がするべきことは彼女のために動くことだけだった。

「当面は通うんじゃないかな。でも、予言者じゃないんだ。どうなるかは分からない」

「そうなんだ」

「水代さんはどうするんだ? これからも、通い続けるのか?」

「……どうだろ。そうするつもりだったけど、断定は出来ないかな。君と同じで、どうなるか分からないのかも」

 揺らぐようなことを言う水代さんの様子は、意外だった。真っ当に生きている彼女には僕とは違い芯のようなものがあるのだと、身勝手に思い込んでいたのだから。

 僕はフェンスにより体重を預けて、息を吐く。息は冬によって白く染められ、火葬場の煙のように立ち上ったそれは、呼吸をしていることを自覚させる。

「水代さんは、どうして終わるまでの日付を記し続けるんだ」

 そう尋ねると、彼女はどこかばつが悪そうな顔をする。

「あー、嫌だった?」

「そういうわけじゃない。ただ、純粋に不思議なんだ。そうしなきゃいけないって決められたわけでもないだろ」

 僕がいつ世界が終わるのかを正確に把握しているのは、彼女のお陰なのかもしれないと、疑問を口にしてから気が付く。テレビやラジオを点ければ未だ機能をし続けている局が残りの日数を伝えてくれるのかもしれないけれど、努めて明るくしようとしているそれらを見ることは単なる苦痛にしか思えなくて、いつからか見ようとすることは止めていた。黒板に記されるそれがなければ、世界の余命がどれほどなのかを知ることもないままで、無自覚的に終わりを迎えていたかもしれない。

 水代さんは空を仰ぎ「そうだなあ」とぼやくように呟いた。それは言語として固まっていなかった思考を言葉に変換しているのか、それとも無意識的だった自らの行動を見つめ直しているのかは分からない。

「多分、終わることを実感するためなんだと思う。そうでもしないと、忘れちゃうかもしれないから」

 世界が終わるなんていう事実を忘れることはあるのだろうか。むしろ、多くの人にとっては忘れてしまいたい事実なのではないか。

 そうした疑問は表情に出ていたようで、水代さんは少し考えた後言葉を継ぐ。

「世界は確実に狂っていってるけど、それでもこうして学校は機能してるし、社会だって存続してる。それって素晴らしいことみたいに見えるけど、逃げてるだけな気がするんだ」

「誰が、何から?」

「人間が、事実から。日常が続いてるのは人間の強さのためじゃなくて、弱さのためなんだよ。世界が終わるっていう現実を認めたくないから。もしかしたらその先に未来があるかもしれないなんて言い訳をして、今までの生活を続けようとする。それって、生きるのは楽になるかもしれないけど、とっても歪なことじゃない?」

 歪で、けれどどうしようもない現実を直視している彼女は寂し気に笑う。時には涙を流すよりも笑顔の方が痛ましく映ることを、僕は知った。

「私はせめて、終わってしまうという現実と向き合い続けたい。最後までありのままの現実から目を逸らさずに生きていきたい」

「……でも、そんな生き方は辛いだけじゃないのか」

 自分が死ぬという現実を目が覚めるごとに意識しながら生きていくことに、きっと人は耐えられない。確かに、逃れることの出来ない終わりから目を逸らしながら生きている人々の生活は歪なものなのだろう。しかし、正しさと幸福は必ずしも同居するわけではない。どちらか片方しか取れないのであれば、人はどちらを選ぶべきなのだろうか。

「辛くても、分からないまま、知らないまま死んでいく方が、私は怖いんだ」

 正解はないのかもしれない。けれど、水代さんは幸福ではなく正しさを選んだ。

 彼女が日常を続けるのは、それが終わりを最も直視することが出来るからなのかもしれない。気を紛らわせるようなことをせずに、ただ世界を受け入れる。異常を忘れないように、黒板に終末を記しながら。

 風が吹いて、水代さんの髪が靡いた。露わになった髪の下で、銀色の金属が冬の陽光に反射する。

「ピアス、着けてたんだな」

 惚けたように見たままのことを口にすると、水代さんはチェシャ猫のように笑った。

「着けてたよ、世界が終わるなんてことを知る前からずっと」

 呆気ないほど簡単に考えが見透かされて、恥ずかしくなった。本当に、僕は現実を見落とし続けていたのだろう。最早、何を取り零してしまったのかも分からずに、足りないものだらけの自分だけがある。

「ねえ、蓮見君。ルターが今この世界に生きていたとしたら、彼は林檎の木を植えていたと思う?」

 水代さんの言葉に、名前しか知らない宗教家のことを思いながらぼんやりと、流れていく雲を見つめた。

「植えていなかったんじゃないか」

 根拠はない。神を信じない日本人の高校生には、神を信じた十六世紀のドイツ人の思考なんて分からないのだから。

 ただ、時代が、人種が、思想が違えど、人間であることは確かだった。どこまでいっても、人間は人間で、ならば彼もまた人間らしく生きたのではないかと、そう思っただけだ。

 水代さんはそれ以上、何も言わなかった。下世話な詮索をすることも、終末を諦観の眼差しで見つめることも、宗教家の言葉を引用することもなく。ただじっと、世界を見つめていた。


      *


 授業の最中に帰る気にもなれず、沈黙と他愛のない雑談で時間を潰した後に、一限目の終わりを告げるチャイムを聞いて僕たちは屋上を出た。

 ひと気が減ったことは確かでも、束の間の休み時間になった学校の中には喧騒がある。僕たちはその中を通り抜けながら、三年二組の教室へと戻っていく。

 想定をしていたことではあったけれど、教室に戻った時クラスメイトたちの視線は僕たちへと集まった。何かを聞こうとこちらへと寄って来た生徒は、水代さんが嗜めるように受け止めてくれる。話せることなんて殆どなかったのに、面倒な役回りを引き受けてくれて、謝意よりも先に申し訳なさを覚えた。

 香深の隣に座る。もう話せることは話したのか、周囲からは人が居なくなっていて、二人だけの静謐が流れる。

「どこに行ってたの?」

「屋上。あそこのクラス委員長に香深との関係を聞かれてたんだ」

 話の内訳は、それ以外のものが大半を占めていたけれど、きっかけは香深との関係についての詮索で嘘というわけではない。疚しいことではないはずなのに、咄嗟にわざと誤解をされるような、言い訳じみた言い方をしたのは、恋人が居るにも関わらず他の異性と長い時間を共有していたという事実に後ろめたさを感じたからだった。

「そう」と香深は短く頷く。幸い、妙な疑念を抱かれることはなかった。

「香深の方は何を聞かれてたんだ? 随分賑わってたけど」

「どうしてこっちに来たのかとか、君との関係とか、そんなところ」

「それで、なんて答えたんだ?」

「本当のことを伝えただけだよ。君に会うためにこっちに来て、君とは恋人だって」

 隠すようなことでもないのだ、僕が水代さんに伝えたように彼女もまた本当のことを言うことは分かっていたけれど、改めて他人にまで恋人という関係が周知されるといよいよ僕たちの関係が決定づけられたような気がした。事実は当人の意志だけではなくて、他者から認識されることで規定をされるものなのだろうから。

 あるいは、それこそが香深の狙いだったのかもしれない。僕たちが恋人であるということを自覚だけではなく、周囲の人間を巻き込むことで確定的にさせる。形から入ろうとするなら、そうした方が効力があるし、何より確実だ。口先だけの約束に確かなことなどなくて、存在しないものと同じなのだから。

「蓮見君って、数学の授業好き?」

「いや、嫌いだよ。恥ずかしながらさっぱりなんだ」

 得意であれば、好きになることが出来ていたのだろうかと考える。けれど、どれほど想像をしても自分が好んで数学というものと向き合っているイメージは湧かなかった。亀が空を飛べず、モグラが海を泳ぐことが出来ないという事実の地続きに、僕が数学を好きになることがないという事実は存在しているように思える。

「なら、次の授業サボろっか」

 そう言って、彼女は立ち上がる。誘うような言葉だけれども、行動に移されてしまっている以上拒否権はないものだと考えるべきなのだろう。

「オーケー」

 一限目も二限目も授業に出ることはないままで、学校に来た意味はあるのだろうかと思いながら倣うようにして立ち上がる。

 刺さる視線をすり抜けながらドアを出る。数学の教師はまだ香深のことを知らないのか、不思議そうな顔をしてすれ違う彼女を見ていた。

「屋上にでも行くか? あそこなら、人が居ない」

「寒いところは苦手だからやめておく。それより、学校を案内してよ」

 案内をするほどこの学校は立派ではないし、何より情けないけれど僕はこの高校の構造を二年通っていて尚それほど把握しているわけではなかった。小規模な生活以上のことを望まなければ、学校という空間は下駄箱と教室、それから体育館あたりを知っていれば十分過ごすことが出来る。

「案内出来るほど僕はこの学校を知らない」と正直に告げると香深は薄く笑った。

「なら一緒に探検をしようよ。全く知らない場所を滅茶苦茶にさ」

「楽しいのか、それ」

 探検という無邪気な響きは自分に馴染む気がせず思わずそう尋ねると、彼女はやけに断定的な口調で言った。

「独りで目的もなく迷い、行き詰ることは苦しいだろうけど、二人なら楽しいんじゃないかな」

 その言葉に、昔二人で居た時のことを思い出した。あの頃の僕たちは、友人と形容することも恋人と形容することも出来ない、名前の付けられない関係だった。大抵においては何かをするようなこともなく、ただ世界から耐え忍ぶために身を寄せ合っているような関係。あるいは、関係というより孤独を抱える者同士の同盟とでも称した方が良かったのかもしれない。

 あの頃、僕は成長し、自我が少しずつ輪郭を持ち、世界というものと向き合い始めていた。今まで抱き続けていた理想という幻想と、現実の矛盾に懊悩し、ある時は酷く傷付き、ある時は絶え間ない懊悩に晒された。どこへ向かえばいいのかも分からずに、行き詰まり続けるだけの時間は、果てしなく辛いものだった。

 けれど、その苦しみを認めながらも魂とでも呼べるようなものがばらばらにならず、今も僕という存在が連続的に続いているのは、彼女が居たからなのだろうと思う。薄情なことを言ってしまえば、それはつまり誰かが傍に居てくれればよいという話で、香深由良である必要はなかったのかもしれない。それでも、僕の隣に居てくれたのは紛れもなく香深由良だったのだから。

「昔から、変わらないな」と呟く。僕たちの関係は、鮮やかで劇的な運命ではない。あの頃からずっと、打ち捨てられた冷たい山の中で身を寄せ合うようなものに過ぎないのだ。針鼠のように互いに棘を持っているのだから、いつまでも交わることはなかったけれど。

 廊下を歩いているとチャイムが鳴り、静寂が校舎を包む。僕たちの歩く音が響いて、新雪に残る足跡のように校舎刻まれていく気がした。

 授業中の生徒や教師の殆どは僕たちに目を向けることもなく黙々と最早意味をなくした、何にも繋がらない授業を続けている。時折、物珍しそうに視線を向ける者も居たけれど、それだけで何かを言うようなこともなく僕たちを見送るか、黒板へと視線を戻すかのどちらかだった。この時間に廊下を歩いている制服姿の生徒はサボタージュをしていることが明らかで、制服すら着ていない少女は不審者でしかないのだろうけれど、何も言われない。異常が世界に馴染み始めていて、毒にも薬にもならない異常を殊更に騒ぎ立てる気にはならないのだろう。

「蓮見君は」と彼女が口を開いたのは伽藍の美術室のドアを開けたタイミングだった。木製のテーブルの間を揺蕩うように進みながら、キャンバスの架かった描きかけのデッサンを眺めながら、彼女は続く言葉を紡ぐ。

「私と別れてから、何をしていたの?」

「何もしてないさ、思い出せないくらいに」

 誇張ではなく本当に、僕には今までの記憶がない。

 一般的に記憶喪失と呼ばれるような、特別な症状というわけではない。断片的に何があったのかは覚えている。しかし、それらを繋ぎ合わせる時間は空白で塗り潰されていて、僅かな断片も自分と結びついているような感覚がなかった。

 世界と距離を置き続けていると、そうした痕跡すらも消えていく。古びた塗装が剥がれていくように、僕の身から離れていく。今までの出来事が本当は記憶によって捏造された過去に過ぎず、蓮見廉という人間は今この瞬間に生まれたのではないかと疑ってしまう。

「香深は何をしていたんだ?」

 彼女は少し悩むように沈黙をした後で、デッサンのモデルとなるローマ人の彫像を眺めながら、口を開く。

「思い出せないわけではないけど、説明をするとなると難しいね。確かに、私は君と離れてからも生き続けてたけど、でも他人に話すような特別なことなんて何もなかったから」

「まあ、そういうものだろ、人生なんてさ」

 もう何年か経てば、話せることは増えるだろう。どこの大学に通い、どこの学部に行き、どこの会社に入ったのか。その時に覚えていた感情をなぞらずとも、記号的な事実を羅列するだけで話をするには十分な材料になる。けれど、今の僕たちにとって話せる記号は限りなく少ない。

 僕たちは日常を当たり前のものだと思い、あまりにも気安く通り過ぎてしまっている。楽しみも哀しみも怒りでさえも。日記につけることすらなく流れ、時の中で風化し消えていく。今、こうしている間にもかけがえのない時間が過ぎ去っているのだということを、僕たちは忘れてしまう。

「意味のないことを聞いちゃったね」

「意味のある質問なんて少ないさ。人は考えることで、現実に意味を見出す。質問をされて、ようやくそこに何があったのかを知る。それに、僕たちの場合はそこに何もないということを知った。それだけだけど、大事なことだろ」

 忘れることは恐ろしいことだ。けれど、それは死のように、人間として生きている以上避けることの出来ない必然でもある。だから、僕たちに必要なことは、忘れてしまったという事実を覚えていることなのだ。自分が失ってしまったものを、せめて自覚して空隙を他のもので埋めようとすることなのだ。

「蓮見君は、変わったね」

「そうかな。変わってないような気がする。変われていないと言い換えてもいいんだろうけど」

「身長が伸びたことって、自分では自覚しないでしょ。身体測定で数値を見て、初めて自分は背が伸びたんだって知ることになる。それと同じようなものだよ。決定的なきっかけがない限り、誰も、自分の変化には気が付けない」

 ならば彼女もまた、変わっているのだろうかと思う。僕は、彼女の変化に気付くことが出来ていない。恋していた人のことを、ろくに見ることが出来ていなかったのだろうか。それとも、本当にただ彼女は何も変わっていないのか。横顔を、見つめる。二年分大人びた彼女の顔は、確かに変わっている。けれど、その奥底にあるものは、相変わらず僕には見ることが出来ないままだった。

 美術室は、もう長らく使っていないようだった。どうしてだろう、ただ誰も居ないというだけなのに、僕たちは寂寞の痕跡を感じ取ることが出来る。そこが、死んでしまった場所だということを知ることが出来る。テーブルの上で開かれた名を知らぬ画家の画集は、誰が開いたものなのだろうか。ただ分かることは、それを開いた者はもうここに戻らないということだけだった。

 何もない伽藍を遊覧し、僕たちは何もしないままで美術室を出た。当てはないままで、再び廊下を進んで行く。沈黙は鉛のように重たく、水底を歩いているように歩みは鈍く感じる。

 目的地は明確になった。僕たちは、香深が恋を抱くことを目指して、確かに進んで行っている。けれど、周りは闇が広がるだけで羅針盤も海図すらも持ち合わせてはいない。ただ現状に甘んじることは、精神を腐らせ、緩やかな堕落を招くだけに過ぎない。ただ、怯懦を厭い、進もうとして、果たしてその方向は合っているという保証は、どこにもない。

 人が迷子になる原因は、道を見失っても尚進み続けてしまうことだと聞いたことがある。僕たちは、目的の場所へと進むことが出来ているのだろうか。本当に、このまま進んでもいいのだろうか。

 廊下に置かれた掲示板に、一枚の真新しい紙が貼られていることに気が付いた。半年前の情報ばかりが載っている中で、それは目立つように真ん中にテープで貼られている。

『まだ間に合う。箱舟へと急げ!』

 力強くプロパガンダのような惹句が記されたそれは、端的に言ってしまえば宗教への勧誘の貼り紙だった。本来であれば、このようなものは即刻剥がされるのかもしれないけれど、今更誰の目にも留まらない掲示板にこんなものがあったところで気にする者は居ない。剥がされていないという事実は、布教の成功というよりもむしろ無関心という失敗を表しているように思える。

「こんな時代になっても、神を信じれば救われるだとか、シェルターに逃げ込めば助かるだとか、みんなお金のことばかり。世界が終われば、そんなもの意味なんてないのに、何を頑張ってるんだろうね」

 香深は貼り紙を見て、そう呟いた。

 宗教を経済活動のひとつと捉えているような言葉は、彼女のニヒリズムを象徴していた。神も金も、人々が信仰していたものの全てに価値はないのだと、そう突き放しているような態度から見える精神の鋭利さは、三年前よりも鋭さを増しているように思えた。

「確かに、今更お金を得たところで何をしたいんだろうな。死ぬ前に豪遊なんて、それこそ虚しいだけな気がするけど」

「三途の川守にでも渡すつもりなんじゃない?」

「そうだとしたら、嫌だな」

 寂寞とした川の中で、船頭と亡者が札のやり取りをする。あるものは我先にと両手いっぱいに紙束を抱えて、船頭はそれを一枚一枚勘定してから船を出発させる。死んでも尚、そんなべたついた世界が延長していることは、想像をするだけでも僕の魂の一部を削った。

 彼女も同じことを想像したようで、くすりと笑う。こうした感覚の共有は何だか、昔に戻ったような気がした。一度離れ、もう戻ることはないと思っていても、僕たちの間に過去は存在していたのだ。何もかもがなかったことになるわけではない。

 ならば、僕はもう一度彼女に恋をすることがあるのだろうか。形骸化した恋は、甦ることがあるのだろうか。

 分からない。自問の答えは見つからないままで、身体の中に問いだけが虚しく反響し続ける。果たして、恋をしたとしてそれが僕にとって良いことなのかすらも分からないまま。

「手でも繋いでみる?」

 彼女はふと、思い出したようにそう口にする。恋人を装うのであれば、相手を意識するのであれば、そうした単純で効果的な接触はあまりにも安直な可能性のひとつだったはずなのに、僕にはひどく意外なことのように思えた。

 思い出すと、僕たちは手を繋いだことがない。恋人でもなかったのだから当たり前のことかもしれないけれど、肩が触れ合うことも、微かに肌が擦れ合うことも、何もなかったのだ。そこには触れてはいけないものでもあるように、僕たちは気味が悪いほどプラトニックな関係を続けていた。

 彼女の手を取ることにささやかな抵抗感を覚えていることに気が付く。触れられることが嫌なのではない。硝子に触れればそこに指紋の痕がべったりと付くように、僕が触れてしまえば彼女の魂に薄汚れた残滓のようなものが付いてしまうことが怖かったのだ。

 そうした逡巡は、香深が差し伸べた手によって拭われる。彼女は、僕を否定しない。僕が僕を否定することは、僕を否定しない彼女を否定することと同じだ。自己嫌悪という名の呪いはどうしようもないままだけれども、彼女のためであれば、僕はそうしたしがらみすらも振り切り動くことが出来る。それこそが最後にして唯一の、僕の存在意義なのだから。

 握った手は冷たく、小さかった。死んだように乾いていて、香深由良という人間の輪郭がはっきりと手に伝わって来る。彼女もまた、肉体を持った一人の人間なのだ。馬鹿みたいな、当たり前の事実だけれども、僕はようやくそう実感する。僕とは違う世界を見ていて、遠くへと行ってしまった彼女は、僕と地続きの世界に存在している同じ十七歳の少女なのだ。

 それは恋人同士の甘ったるい触れ合いというよりは、異なる手で行った奇妙な握手のように思えた。これから、僕たちは恋人になるのだという、世界に対する宣誓のようだった。

「恋する気になったか?」

 歩きながら冗談めかして尋ねると、彼女は小さく笑って首を横に振った。それはそうだ。手を繋いだだけで恋に落ちるなら、世界はきっともう少しだけ平和だっただろう。

「人は、どうして恋をするんだろうね」

 彼女は哲学者のようなことを呟く。あるいは、哲学者ではなくても、思春期を通り過ぎた者であれば一度くらいは誰しもが考えたことのある疑問なのかもしれない。

「生物学的に言うなら、子孫を残すためじゃないか」

 人間とは所詮動物だ。旧約聖書の時代から「生めよ、増えよ、地に満ちよ」と本能に命じられ続けた、遺伝子に操られる乗り物ビーグルに過ぎない。合理的に説明をするならば、繁殖のために植え付けられた衝動なのだという説明が、恐らくは最も正しい。

「君の口ぶりからすると、納得はいってなさそうだけど」

「ああ、そうだな。それらしいことを言っただけだよ」

 香深に見抜かれた通り、口にしてみて自分ではまるでその言説を信じていないことが分かる。本能的な感情を愛と表現するなら納得をすることが出来るのに、恋はもっと別な、本能や衝動とは切り離されたものではないのかと思ってしまう。

 しかし、英語にしてしまえば愛も恋も等しくloveに過ぎない。恋と愛の違いに関する懊悩なんていうものは、別の言語を持つ人間からしてみれば何もないところで躓くような、滑稽なさまに見えるのだろうか。それとも、僕が知らないだけで、もしくは一見恋と結びついているようには見えないだけで、僕たちが抱いているようなものと同じ感情を表す言葉は存在しているのだろうか。

「多分、どうして恋をするのかなんてことは、考えても仕方のないことなんじゃないか」

 その言葉は思考を放棄した諦念に聞こえるかもしれない。しかし、違うのだと、僕は言葉を継ぐ。

「人生には僕たちが何をしようがどうしようもないって事柄が存在していて、例えばそれは隕石によって世界が滅ぶとか、恋に落ちるとか、そういうものなんだよ」

 隕石に対して、「どうしてあなたは地球に降って来るのですか」なんて聞いたとしても、答えは返ってこない。仮に答えなんていうものがあったとしても、知ったところでどうすることも出来ない。恋も、それと同じだ。僕たちに出来ることはその存在を認めることだけなのだろう。

 逃げるか、隠れるか、耐え忍ぶか、それとも他の何かをするか。認めたうえで現れる選択肢に正解はなくて、全てを終えた人間だけが、過去を省みて傲慢に評価を下すだけだ。今、現実と戦っている人間に必要なことは尤もらしい動機ではなく行動だけだ。

「徹底的に不条理なんだ、恋ってヤツは。突然現れて散々心の中を荒らし回って、結局何をすることも出来ないままでいつの間にか消えている。でも、そいつが残した傷痕だけは、消えてくれないんだ」

 始まりから終わりまで、そこには言語性が、つまりは秩序立った論理性が存在しない。考えるほどに、最悪だと思う。

「それでも、君は恋をしたいって言うんだろ」

「うん」

 香深は惑うこともなく頷く。この痛みを、苦しみを、彼女は知りたいのだと言った。知らなければ、自らの中にある欠落を埋めることが出来ないからと。

 なら、どこまでも苦しめば良い。その痛みが彼女の存在を証明するなら、僕はそれが不幸への道だと知っていても手を貸そう。僕の存在意義は、目的地までの案内人ではない。どんなところだろうと、道連れになるという、それだけなのだから。

「……どうしようもないことにおいて、救いはあると思う?」

 香深はそう呟く。救い、という言葉は今まで僕の向き合ってこなかった概念で、考えるために校舎の沈黙に身を委ね、思考を浸す。

 救いとは、何なのだろうか。立ち止まってその単語を見つめてみると、輪郭の曖昧さに参る。僕たちは、言葉というものをあまりにも気軽に使いすぎる。その意味と向き合うこともなく、感覚に頼るままに振りかざす。直感は、時として理性より役に立つものだけれども、直感だけにかまけて思考を止めるのは、危険なことだ。守るべき大切なものを見落とし、削ぎ落としてしまうことになるのだから。

「どうだろう。ある、ような気もする。ただ、僕自身が救いなんて大層なものに触れたことがないから、断定は出来ないな」

 僕の恋には救いも報いもなかった。カタルシスも不条理もなく、失うことすらも出来なかった。世界は物語のように都合よく作られているわけではない。終わることも出来ずに、風化をし、歪な形になってしまうことは少なくない。

 救いを目の当たりにしたことはないけれど、僕を含めて救われなかった人間を目の当たりにしたことは多くある。ある気がする、なんていうのは希望に過ぎなくて、そんなものはどこを探してもないのかもしれない。

「でも、大事なことはそれがあるかどうかじゃなくて、例えなかったとしても祈ることなんじゃないかな」

 例え叶うことがないのだとしても、強く願うことには意味がある。どこにも届くことのない、虚しい言葉なのだとしても、世界は変わらないままなのだとしても、激しい祈りは自分自身を変えるのだから。

 香深の握る手の強さが微かに強くなったことが分かった。直接肌から伝わって来る脆さのようなものは、今までに触れたことのない彼女の側面で僕は戸惑う。

「本当に、祈りに意味なんてあると思う?」

 その言葉は、内臓を抉るような冷たさがあった。救いというものを、祈りというものを侮蔑し、殺戮するような鋭さが確かに含まれているような気がした。

 祈りという行為には、特別な力学が働いているのだと、僕はそう思っている。けれど、根拠があるわけではない。漠然とした、希望的とも言える観測に過ぎない。そのような曖昧な理屈を以て彼女を否定することは出来なかった。それは、いたずらに僕と彼女を傷付けるだけで終わってしまう。繋がりかけていた僕たちの間に存在するものを、ともすれば断ち切ってしまう。そんな不気味な予感がした。

 彼女の手を強く握り返していることに気が付いたのは、窓外を烏が横切っている姿を見た時だった。今離してしまえば、もう二度とこの手を掴むことは出来ない気がして、僕は意識をして更に強く手を握る。

「寒いね」と香深は言った。

「ああ」と僕は頷く。

 それだけだった。手を繋ぐ以上に互いを求めることはないままで、僕たちは寒さを抱えながら歩き続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る