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 私の人生に自分の意志なんていうものはない。行動基準は常に、両親からの期待と志貴が何をするか、ということだけだった。高校までは前者に大きく比重が偏っていたけれど、彼らから離れた今となっては殆ど志貴が何をするか、何を思うかで私の行動は決まる。

 けれど、それがなくなってしまった以上、見失ってしまった以上、私の行動指針は両親のそれでしかなく、何か大切なものが欠けているという漠然とした感覚だけを引き摺って私は講義へと出席をする。

 ただ単位を取るためだけの退屈な講義によって出来た思考の空隙にはいつも志貴が居る。彼は何の小説を読んでいたんだろうとか、それを読んでどう思ったんだろうとか、前見た映画は楽しんで観ていただろうかとか、次はどこに行こうとか、そんなような益体もないものが滾々と絶え間なく思考の底流を流れていく。ただ、今に限ってそれは苦痛でしかなかった。

 もしかすれば、この状況を打開することが出来る方法があるのかもしれない。今からでも、継ぎ直すことは出来るのかもしれない。けれど、それをするには私の状態はあまりにも滅茶苦茶で、そんなものがあったとして見つけることなんて出来そうにないのだ。志貴に対する思索は建設的な前進ではなく、ひたすらに無為な後退にしか繋がらない。

 紛らわせるように、講義に耳を傾ける。利き手が機能をしないせいでノートを取ることすらも出来ずに、言われた人の名前と思想の名前を頭の中で神経質なほど整理し、並べてみる。スピノザの汎神論だとか、ライプニッツのモナド論だとか、いつ使うのかも分からないことばかり。私はいつも、哲学の重要性が良く分からなかった。愛について分かったところで、善について語ったところで、真理について悟ったところで、そうして何になるのだろうか。愛が、善が、真理が、生活を潤すことはない。私たちを変えるのは、論理で固められた文字の羅列ではなくて常に生々しく薄気味悪い人間の温度だけだ。

 永遠に続くように思えた講義を終えて、形式のためだけに開いていたノートを仕舞う。次の講義は、ああ、そうか。これもまた、あまり喜ばしいことではない。久我と同じ講義だった。

 志貴との関係の修復を務めるとして、私は久我との関係をどのように処理すれば良いのだろうか。何もかも今まで通りというわけにはいかないだろう。志貴も、久我も、私も、何一つ変わらないままで、今の状態が一瞬の気の迷いでもあったかのように元に戻るなんていうことは有り得ない。ならば、私と久我はどのような変化をするべきなのだろうか。

 志貴がかけがえのない人であることが確かなのと同じように、今の私にとって久我は必要な存在だった。だから志貴が失望をしたような表情をしたあの発言は間違いというわけではない。動揺と絶望にも似た黒々とした感情からあえて突き放すような言い方をしてしまったことも事実で、それは私が抱え続けなければいけない後悔ではあるけれど。

 ただ、冷淡に事実を並べるのだとすれば、久我は志貴のようにかけがえのない存在というわけではない。彼女のような立場に別の人間が為るのだとすれば、それでも代替として事足りる。その人物が仮にどのような人格や気質を有していたとしても、話をすることが出来るのであればそれで十分だった。

 だから、志貴のために彼女との関係との関係をどうかする必要があるのであれば、それに躊躇はない。淡泊な離縁でも、憎悪を向けられるほどの裏切りでさえも。そうするしかないという時に次善策はないだろうかと足掻くのは馬鹿だ。そうするしかないのだから、諦めて向かい合うしかない。それが現実だろう。

 ただ、そこまで踏み切ったことを考えたとしても何も出てこない以上、ひとまずは今まで通りの関係を保った方がいいのだろうと思う。自棄になった結果として大切なものを全て零れ落とすのは笑えないだろうから。

 でも、志貴が居なくなって、それでも久我は必要なのだろうかと思う。彼を失った先に、残るものはあるのだろうか。

 分からない。分からないままで、私は機械的に次の講義室へと向かう。階段を踏み外さないようにゆっくりと、一段ずつ踏みしめながら。

 講義室に着くと、久我は既に席に着いていた。いつも、彼女は何をするでもないのに早く来て座っている。彼女はこれより先に何か講義を取っていたりしないのだろうか。そこまで踏み込んだ彼女の事情には興味がないから分からない。

 挨拶をすることもなく、隣の席に座る。「おはよう」とか「こんにちは」みたいな形式じみた挨拶をするような仲でもないし「や」みたいな気軽な挨拶をするような人間でもない。

 久我は隣に座った私の方に目をやって、そして「は?」という声をあげた。彼女がそんな声を出すのは珍しいな、と思ってからようやくその原因を思い至る。それはそうか。知り合いの腕にギプスが付いていたら誰だってそのような間の抜けた声を出すものかもしれない。

「どうしたのさ、その腕」

「階段から落ちた」

「階段から落ちたって――大丈夫なの?」

「こうして講義に出ることが出来るくらいには」

 私からすればただの事実確認としての言葉のつもりだったのだけれども、久我はどうやらシニカルな韜晦だとでも思ったらしい。少し苛立ったような声色で「あのさ」と言葉を紡ぐ。

「人って身体にしても精神にしても、案外壊れたとして普通に生活が出来るものなんだよ。講義に出られるからという事実が大丈夫という状態と必ずしもイコールで繋がるとは限らないでしょ」

 彼女の言葉は、全く至言だと思う。私の精神状態は目も当てられないようなぼろぼろのもので、少し強い風が吹けば崩れてしまいそうなものだけれども、こうして限りなくいつも通りに近い生活を送ることが出来ている。傷は分かりやすいものとは限らない。

 そういう点で言えば私は紛れもなく大丈夫じゃないんだろうけれど、わざわざそれを言うのも億劫で返答は喉の奥に押し込まれた。言えば間違いなく久我は突っ込んでくるだろうし、そうなれば話は複雑化する。これ以上問題を増やすようなことはしたくなかった。

 久我はそれでも何かを言おうとしていたけれど「ほら、講義始まるよ」と言って話を逸らす。事実として、教授が前のドアから講義室に這入っているのが見える。彼女は納得のいっていないような表情をしたけれど、進む時間に逆らうことは出来ずに押し黙る。

 講義が始まる。また恐ろしいほどに退屈な命の浪費が。

 命の浪費という表現は確か、昔読んだ小説に出て来たものだったと思う。しかし、立ち止まって考えてみれば不思議なものだ。命の浪費があるというのなら、有意義な消費を出来ている命なんてあるのだろうか。例えば、芸術の素養がないのにも関わらず仕事を辞めて、家族を捨てて、芸術のための道に突き進むということは、破滅的で命を浪費しているような生き方に見えるかもしれない。けれど、本人からすればそれこそが自分の生き方であり、最も有意義な命の使い方だ。

 結局のところ、人生なんていうものは自分本位に生きたもの勝ちなのだろうか。そうなんだろうなと思う。ただ、それをすることが、意識的に他人のことを省みずに行動をするということは、人間にとって意外にも難しいことというだけで。

 ならば、私は私のために今すぐにでも志貴の下へ走るべきなのだろうか。それは確かに今現在私の中にある最も強い衝動だった。けれど、それが何も生まないどころか残っている僅かなものでさえも壊しかねないものだということを私は知っていて、何度か深く息を吸ってから考えを棄却する。

 分針を九十回数える作業は、比喩ではなく本当に拷問だった。秒針の六十の刻みがいやに長いものに感じて、仕舞いにはそれすらも長いものであるかのように見えてくる。九十分。つまるところ五千四百秒。不眠症の患者だって途中で飽きてここまで羊を数えることはないだろう。

 講義を終えるチャイムが鳴って、それと殆ど同時に席を立つ。この講義室の時計がズレているのか、システムの方がズレているのかチャイムが鳴ったのは時計が終わる時間を告げてから四秒が過ぎた時だった。

「ちょっと、夜継!」という声がして、久我が隣に並んで歩く。私も志貴を呼び止めた時はこんな声を出していたのだろうか。

「これからどうすんの」

「どうすんのって、いつも通りだよ。昼食を摂って、午後の講義に出る。それだけ」

「それだけって、あんた顔色悪いよ。それに講義中もぼうっとしてたし」

「ちょっと体調が優れないだけだよ。誰にだってあるでしょ、気分が優れない時って。雨の日も減ったけどまだ梅雨っぽい空気ではあるしさ」

「それは、そうかもしれないけど」

 得心のいっていないような様子ではあるけれど、破綻した話をしているわけでもないのだ、否定をすることは出来ない。久我はそういう人間だ。意識的に他人のことを省みずに行動をすることが出来ない。

 食べるものは鞄に忍ばせていた携帯食代わりのゼリーで、適当なベンチに座ってそれを吸い始めると久我は目を丸くして私の顔を見やった。自分だって大概な生活をしているくせに、どうしてそんな顔をするのだろうか。

「流石にもうちょっと食べたら?」

「食欲がないんだ。これで十分」

「でも」と久我はそこまで言って口を噤んだ。賢い選択だと思う。今の私はどうせ何を言われてもこれ以上食べる気は起こらないのだから。

 マスカット味のゼリーは、正直に言ってあまり美味しいとは思えなかった。それは元々栄養補給のために作られているゼリーだからなのか、それとも私の感じる能力が鈍磨しているせいなのかは分からない。

 食欲はなくても、固形物ではないお陰かするりと食事を終えて、ゴミ箱に中身のなくなった袋を捨てる。それだけでも大きな事柄を成し遂げたように身体が疲れていることを感じる。

「それじゃ」と私は久我に別れを告げる。昼食はこうして既に済ませた以上、一緒に食事を摂ることもないのだ。話もせずに隣に居て気を落ち着けることが出来る関係というのは本当に親しい人間だけに限られていて、悪いけど久我はそれに含まれていない。あるいは、余裕がある時であればそれでも良いのかもしれないけれど、今の私にその余裕はなかった。

 頭が痛くなる。それが打撲の後遺症なのか、それとも他の何かが理由なのかは分からないままで、私はひと気のない方へと歩いて行く。

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