第32話 ちょっとした修羅場
あの後、何事もなくマリーとともに街に戻ってきた。
だが、あまりにも服に血の匂いが染み付いてしまったせいで、他の人からは俺達を見て顔を顰められた。
「……私の魔法でも取り切れなかったわ」
悔しそうにマリーが呟いていたが……血に着いた汚れを取れただけでも十分ですからね?
というか、よく日常的に使える魔法なんて。俺は身体能力だけでも精一杯なのに……。
「もしよかったら教えるわよ?貴方、独学で魔法覚えたらしいから学んだらもっと強くなるわよ?」
「……気持ちは嬉しいのですが、マリー様に一体なんのメリットが?」
「?強い奴と戦えるからに決まってるじゃない??」
「さいですか……」
本当に貴族令嬢なのかこの人……?あ、いや実力で貴族まで成り上がったウロス様の娘だったな……改めて恐ろしい子。
「……お話の所お邪魔するようで申し訳ありませんが、こちら報酬でございます」
いつもよりも顔が険しいリリナさんがそう言ってマリーに報酬金と何かを手渡してきた。
彼女も予想してないものを渡され、首を傾げながらリリナさんに聞く。
「これは?」
「お金とは別の報酬です。ウロス様からレクスさんとマリー様に送ってほしいと。どうやら魔導書の類らしいですよ」
「……そう。全く母様ったら。私はもう子どもじゃないのよ」
そう言いながら、マリーは俺に手取り半分とその分厚い本を渡してきた。
「ほらレクス。これでも読んで魔法の勉強でもしてなさい。きっと力になるはずだわ」
「あ、ありがとうございます」
渡されたんだが……ペラペラとめくって行くが、何がなんだかわけが分からない。文字は辛うじて読めるのだが、聞いたことのない単語がざらざらっとあるから顔を顰めてしまう。
……これ、俺一人じゃ無理かも。
「……あの、レクスさん」
「はい?」
リリナさんが話しかけてきた。前を見ると、いつも通り冷たい空気を放ってるのだが身体をもじもじとさせている。器用なことしてるなこの人。
「その……教えましょうか?」
「え?」
「れ、レクスさんにも分からないことがあると思いますし!私、魔法の知識はあるので力になれると思います!!……その、ご迷惑でしょうか?」
「い、いえ!そんなこと…!」
いきなりで驚いてしまった。まさかリリナさんからそんな言葉を貰えるなんて……ん?でもなんで?
あー……看板娘って呼ばれるほどだから他の冒険者の人にも気遣ってるのかな?
そう考えると納得し、答えようとする。
「じゃあお言葉に甘えて」
「だめよ」
「……え?」
「私が先にレクスに声を掛けたの。お忙しい受付嬢さんは他の冒険者の対応でもしていればいいわ」
俺が答える前に、マリーが牽制するかのようにリリナさんに答えた。ていうか俺、貴方にお願いしていませんよね?
「いいじゃない。私も勉強になるし、強い奴をさらに強く育てるのも悪くないわ」
「いや、あの心を読まないでくれますか?」」
「……お言葉ですが、マリー様はいずれクライバス家の当主になられる方。それにもうすぐご婚約の次期も迫っているのですよね?私はマリー様のほうがお忙しいと思うのですが?」
「り、リリナさん?」
「前者はともかく、後者はどうでもいいわ。私、強い人にしか興味ないの」
バチバチと、静かだがそれが恐ろしさを感じさせられる口論を俺は動けずに聞くことしか出来なかった。
だってマリーには腕を掴まれるし、リリナさんもいつの間にか俺に手を握っているし……もうどうすることも出来なかった。
「あら、やってるわね〜珍しくリリナがレクスくん誘ったのに、マリー様に牽制されて、これは修羅場ってやつかな?」
……イミリアさん。そんな面白そうにニヤニヤしてないで助けてください。俺は一体どうすればいいのですか?
「こうなったらレクスに決めてもらいましょ」
「……そうですね……レクスさん!!」
「は、はい!」
「……レクスさんは、どちらがいいですか?」
リリナさんがそう言って、二人がじっと俺の方を見ている。
(……どう答えればいいんだ?)
どうすればいいか分からない俺は頭を抱えるのであった。
……帰ったらフェリシアさんに教えてもらおう。
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