第21話 母との時間


朝日が沈み、夜空が広がっていた頃。

レクスと別れたマリーは何事もなかったかのように屋敷へと戻っていた。


「お帰りなさいませお嬢様。すぐに夜食を」


「今は必要ないわ。いつも通り部屋の前にでも置いておいて」


「ですが……いえ、畏まりました」


何かを察したメイドは彼女に特に何も言わずにそのまま荷物だけマリーから受け取り、その場から去っていった。


マリーは自身の部屋に行く前に、自身の母であるウロスのところに行くために執務室へと向かう。


途中、廊下を掃除をしていたメイドの人に恐れられるように避けられていたが……マリーはいつも通り気にせずに通り過ぎる。


幼い彼女は今とは違い、とても可愛らしくみんなから愛されていたご令嬢であった。

しかし、父が病気で亡くなったことや母が当主として働き、自分と関わる時間が減ったことにより、その可愛らしさは天真爛漫へと変わり始めた。


そのせいでマリーの周りにはいつも一人……誰一人として彼女のそばにいようとする者はいなかった。


唯一、メイド長であるスミーヤは心配そうに見守っていたが……自分が過剰に干渉するべきではないと思い、マリーとは適切な距離を置いていた。


そんな彼女の気持ちをマリーには分かるはずがなかったのだが……。


「……母様。ただいま戻ったわ」


執務室の扉を開くと、そこには椅子に座今もり仕事をしている自身の母であるウロスの姿があった。


「あらマリー。帰っていたのね、お帰りなさい。ちょうどスミーヤが紅茶を用意してくれたわ。一緒に飲まない?」


「………じゃあ、少しだけ」


内心、少しだけ母との時間が取れて嬉しいと思いつつも、素っ気ないを取り、そのまま執務室にあるソファに座る。


相変わらず、痒いところまで手が届くわねとメイド長であるスミーヤの有能さに賞賛しつつも、母が運んでくれたコップを手に取り、口につける。


そんなマリーをじっと見つめてくるウロス。


「……な、なに母様?私の顔に何かついてる?」


歯痒い気持ちになり、そう聞いてみるとウロスは少し首を傾げて。


「マリー。あなた、今日は少し機嫌がいいの?」


「……え?」


「頬が緩んでるわよ。何かいいことでもあったのかしら?」


そう言われて、自身の頬に手を当ててみるが……自分では分からない。

一体なんのことだ……今日のことを思い出すと……。


「……少し遊び道具を見つけただけよ」


自身の脳裏には一人の男、レクスの姿が思い浮かんだ。

自分の無茶な頼みも聞いてくれ、他の人とは少し違う同い年の少年。


無意識に、彼女はレクスという存在が脳から離れなかったのだ。


「……マリー。人をそんなぞんざいに扱うのはやめなさいって何回言えば分かるの?」


「母様には関係ないことでしょ。それにそいつ、他の奴より手応えがあるの。大丈夫だわ」


「……それは、レクスさんのことじゃないでしょうね?」


その人物について的確に当てられ、マリーの心臓がドキッと鳴った。


「もうやめなさい。貴方がどんなことをしたかは分からないけど、しばらくはギルドに依頼を出せないわ。また目をつけられたら面倒なことになるわ」


「……そんなの、私の勝手でしょ」


「マリー……」


「ほっといてよ。私のことなんて……」


気まずい空間が部屋を支配する。

分かってる。母が自分のためにしてくれていることを。


でも……それでも、自分が本当に欲しいものは……。


「失礼します。ウロス様」


「……スミーヤ、どうしたのかしら?まだ食事の時間には早い気がするけど」


扉の前にはいつもよりも少し……本の少しだけ表情が険しいスミーヤが目の前にはいた。


「少々面倒なことになってしまったことがありまして……」


そう言って、ウロスの耳元で何かを呟いている。


「……なんですって?」


ウロスの表情も険しくなる。そうしてしばらくして、マリーのことを見てから言い放つ。


「マリー。少し忙しくなったわ。悪いけどここから出ていってちょうだい」


「………その面倒なことってなによ?」


「……教えられないわ」


「そう……分かったわ」


またいつも通りだ。それだけだと自分の心の中で言い聞かせて、マリーは紅茶を飲み干してから部屋から出ていくのであった。



「………よろしかったのですか?今回のことはマリー様に関係のないことではないこと……むしろ大きく関わっていますが」


「仕方ないわ。元はと言えば私が原因なんだもの……娘の責任は親である私が果たすわ」


最後にそんな言葉を耳にして。







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