筒坊と風呂敷
暁香夏
筒坊と風呂敷
昔々、あるところに
筒坊の仕事は、明るい明るい光の国で、大きな大きな黒い風呂敷に開いた穴を繕うことだった。筒坊は、来る日も来る日も一生懸命穴を繕っていたが、来る日も来る日も新しい穴が開くので、もう繕うのが嫌になってしまった。
「もうこんな仕事は嫌だ!やめてやる!」
そういって裁縫の道具箱を投げると、箱はまだ繕っていない大きな穴の方に飛んでいってしまった。筒坊は、慌てて追いかけて手を伸ばしたが、間に合わず、箱と一緒に穴の中に落ちてしまった。
穴の中は、まっ暗な長い長い隧道のようになっていて、筒坊は、その中を滑るように落ちて行った。
すぽん、と隧道が切れて、筒坊が放り出されると、そこは、筒坊の世界とは違って、とても暗いところだった。けれど、先ほど通り抜けてきた隧道ほどではなく、うっすらと辺りが見えるほどには明るかった。
筒坊は、上を見上げた。するとそこには、筒坊の風呂敷のような黒いものが広がっていて、あちこちに小さな穴が開いていて、きらきらきらきらと光っていた。
「あれはなんだろう?すごく綺麗だなあ」
筒坊は、いつまでもいつまでもそれを見上げていた。しかし、ずっと見上げていると、だんだんと黒いものは紺色になり、藍色になり、
「あれえ?あのきらきらしたものはどこへ行ったんだろう?あの黒いものはどこへ行ったんだろう?」
筒坊が首を傾げていると、一人のお百姓が通りかかった。
「おじさん、頭の上の黒いものがどこへいったか知らない?きらきらしていたものがどこへいったか知らない?」
「黒いもの?きらきらしたもの?それは夜と星だろう。夜になると、辺りは暗くなって、空にはきらきらと星が光るのさ。そして、夜が終わって朝が来ると、辺りは明るくなって星が消えて、お天道様が昇ってくるのさ。ほれ」
そう言ってお百姓が指さす方向を見ると、暗い時のきらきらよりも何倍も大きくて明るいものが地面の上へ顔を出してくるところだった。
「うわあ、眩しいね。これが朝?もう夜は来ないの?星は見えないの?」
「そんなことはない。お天道様が空のてっぺんを通って反対側の地面に隠れたら、また夜が来るのさ」
「そうなんだ。でもどうして夜と朝があるの?おいら、星が見える夜ばかりでもいいや」
「それじゃ、わしら人間は困る。わしらは朝、お天道様と一緒に朝が来たら仕事を始めて、お天道様が隠れて夜が来たら家に帰って寝るんだ。ずっと夜ばかりじゃあ、暗くて仕事にならないし、ずっとお天道様が出ていたら、明るくて眠れない。ずっと昔は一日中明るくて夜がなかったんだそうだが、よく休めるように、神様が夜をくださったのさ」
「え?」
「こう、大きな風呂敷をだな、ゆっくりゆっくりわしら人間の国にかぶせて、夜がやってくるようにしてくださった。最初は真っ暗で星もなかったそうだが、神様の風呂敷もおんぼろくなっちまったんだなァ、穴が開いて綺麗な星が見えるようになったってわけさ。あんまり穴が増えるとまた夜がなくなっちまうから、ぼろくなるのもこれくらいにしといてくれるといいんだがな。はっはっは」
そういって、お百姓は自分の畑へ仕事に出かけて行った。
筒坊はその日、明るい空の下で、お天道様が空のてっぺんを通って反対側の地面に隠れるのを待った。お天道様が隠れて間もなく、薄暗くなった空にひときわ明るい星が輝き始めた。
明るい星は、空からひゅんと飛んできて、筒坊の前で美しい人の姿になった。
「筒坊、探しましたよ。大神様も心配しています。さあ、帰りましょう」
「あ、あなたは夕づつの神様!」
夕づつの神様は、筒坊を抱き上げると、またひゅんと空に飛んで、筒坊が来た時と同じように、真っ暗な長い長い隧道を通り、やがて明るい明るい神様の国へ帰ってきた。
神様の国へ帰った筒坊は、また毎日毎日、風呂敷の穴を繕った。時にはサボって穴が大きくなってしまうこともあった。そんな時には、人間の国では「客星」とか「新星」といって大騒ぎになるんだそうな。またある時は、筒坊は、人間の国から見た星空が恋しくて、風呂敷の穴の隧道を通って人間の国に遊びに来ているのだそうな。夕方の空に明るい夕づつの神様が見えるのは、人間の国に遊びに来ている筒坊を迎えに来ているからなんだよ。
みんなも夕づつの神様が来ている時には、筒坊に会えるかもしれないぞ?望遠鏡で星をのぞいてみたら、もしかしたら、筒坊が歓声をあげて風呂敷の穴の隧道を滑り降りてくるところが見られるかもしれないぞ?
ところで、なんで筒坊っていうのかって?もうわかるだろう?星は、神様の国の光が漏れている隧道のような穴、「
さあ、お話はこれでおしまいだ。どんどはらい。
筒坊と風呂敷 暁香夏 @AkatsukiKanatsu
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