第23話 竹生島の弁天さん

さかのぼること数時間前、

道の駅に穂乃果の両親である省吾と亜希子が来ていた。


2人は週に数回、

道の駅と隣のバードセンターに訪れており、

そのことについて娘の穂乃果から

迷惑だから来るなと言われているため、

遠目でチェックし、外をうろうろしている。

しかし、パートの由佳が2人に気づき声をかけた。


「あれ、穂乃果ちゃんのお父さんとお母さんや。こんにちは〜」


「あんた、確か由佳さんやったね!」


「ほやほや、週3日か4日は来とるね!お子さんまだ小さいんやろ?」


「さすが、よう知ってますね」


「そらそうや。もうな、うちらここと、全員名前覚えたんやで?」


「はぁ、そらすごいな」


「ほんで、うちの娘、今日は事務仕事かいな?」


「今日はお休みですよ」


「え、おとつい休んだばっかりやん」


「なんで?風邪でもひいたんか?」


「私もよう知らんけど、確か昨日から、お友達が来てるみたいで。その人らを案内するて、希望休出したんやないかな?」


「お友達!?誰やろ……」


「え?え?それは……女の人?それとも男か!?」


「いや、そこまで知りませんて。そやけど、昨日ここに来たんは、ご夫婦やったな」


「ご夫婦!?ご夫婦のどっちが娘の友達?」


「その人らの名前は?すまんけど、ちょっとここに書いてくれる?」


「そやさかい、知りませんて」


質問攻めの山本夫妻から

逃げるように店内に戻った由佳は、

吉野に愚痴をこぼす。


「穂乃果ちゃんママとパパ、また来てますけど」


「またか。えらいこっちゃなぁ。そやけど何であない心配なんやろ。穂乃果ちゃんかて、もう大人やのに」


「ほやほや。可哀想や。交友関係にまで親が口挟むんやさかい」


そこへ駅長がやって来て話に加わる。


「また穂乃果ちゃんとこの親御さん来とるなぁ。今、隣に入っていったわ」


「蒼介くん探しとるんやない?お気に入りやから」


「あの2人、仲悪いのになぁ……」


「ほやほや。天敵やん」


「けど穂乃果ちゃんおらんさかい、今日は蒼介くんにべったりやろ」


さらに厨房の直哉が通りかかり


「蒼介なら今日、休みやで?なんや友達が富山から遊びに来たみたいで。休みとったんやて」


「そういや蒼介くん、今日見かけんかったな。休みやったんか」


「え……ほな2、どないするん?」


「さあ?」


道の駅の面々が窓越しにバードセンターを見た。

そこにはそそくさと入館していく山本夫妻の姿があった。


「こんにちは〜」


「まいど!今日はええ天気でよろしな〜」


常連となった2人の対応を任されているのは、

ベテランスタッフの恩田である。


「今日は何しに来はったん……」


「何しにて、鳥と村岡さん見に来ただけです。そやさかい、今日もおかまいなく〜」


「ほやほや。村岡さんは今日も外か?」


恩田は「やっぱり」という顔をし、

「蒼介くんなら今日は休みです」と無表情で答えた。


「休み!?村岡さんまで休みか……」


「休みいうことは、家におるんかな?それとも、またどっか山にでも行っとるんか」


「知りません。蒼介くんが休みにどこで何しとるか、知ってる方がおかしいですやん」


「そらそうやな!」


「あんた村岡さんのお姉さんでもないし、知るわけないな」


しかし恩田が何か思い出した。


「そういえば蒼介くん、昨日からお友達が来とるみたいで、たぶんその人らと会うてるんかも」


「お友達!?どこの誰や」


「女の人?男の人?若い?美人か?」


「なんでそない前のめりになってますの……」


「そら村岡さんは私らのやさかい〜」


「ちょっとでええさかい、どんな人と交友あるんか教えてください」


「本来は、職員の個人情報を外部に漏らすことはできませんけど、まあ、おたくらやったら問題ないでしょう」


「ほやほや!問題ない!」


「私ら口かたいさかい!」


「男性です。前にうちが依頼して、オオワシの彫刻を彫ってくださった富山の彫刻職人さんです。今回はプライベートな旅行みたいで、奥さんも連れて来はって」


「へぇ、彫刻職人!そらまたええお友達を持っとるわ」


「ええ人にはええお友達がおるんやなぁ」


「ええ人かどうか、おたくら知りませんやん。まぁ、皆藤さんはええ人やと思いますけど。あっ、2階に展示してあるオオワシの木彫刻、その人が彫ったもんです」


「あぁ、あれか!かっこええ思うてたんや」


「ほんで、今日はどこに行ってはるんやろ?」


「そやから知りませんて。もういいですか?私も忙しいんで」


恩田が別の来館者の対応に移ってしまい、

山本夫妻は外に出た。


「村岡さんのお友達も、ご夫婦でみえてるんやな」


「ん?……穂乃果のお友達も、ご夫婦で来てるて聞いたような……」


「ほやほや、同じようなことさっき聞いたばっかしや!」


点と点が繋がった山本夫妻は、

湖岸に出て、自前の双眼鏡であたりを見渡す。


「これは、もしかしたらもしかすると……一緒におる可能性大や!」


「お父さん、私の勘やとやと思う!」


「そやな!県外から来た人らを招くんは、やっぱしやな!」


二人は琵琶湖に浮かぶ竹生島ちくぶしまを指し、

穂乃果と蒼介は島に渡ったに違いないと

見当違いをしたまま

長浜港から竹生島行きの船に乗った。


案の定、どこを探しても見つからず、

がっかりしながらも

参拝をして帰ることにした。


「せっかくやし、弁天さんもうて帰るか」


「そやな。そうしよ!」


琵琶湖に浮かぶこの竹生島は、

古くから神の島として崇められている

周囲2kmほどの小さな島である。


島内には宝厳寺ほうごんじ都久夫須麻つくぶすま神社があり、

島に訪れた人々は参拝しながら島内を一周する。


「あぁ、えら(しんどい)」


「戻るか?」


「だんない(大丈夫)もうちょっとや」


夫婦は長い石段を登りながら互いに励まし合う。

持ち前の明るさが、こんな時、力になる。


階段を登りきると、

弁財天が祀られている宝厳寺で手を合わせた。


ここは江ノ島、厳島とともに日本三弁財天の一つとされ、

西国三十三所観音巡礼の

第三十番札所にも数えられている。


弁財天は人々を苦しみから救い、

幸せに導く女神とされている。


2人とも口を閉ざし、ただ一心に手を合わせる。

何を祈ったのかは口に出さない。


本堂には多くのダルマが奉納されている。

『幸せ願いダルマ』というものである。

参拝者が小さくて赤いダルマの中に

願い事を書いた紙を納め、願掛けをするのだ。


「お父さん、ダルマさんにも頼んどくか?」


「ほうやな。頼んどこ」


それぞれのダルマは高い位置に置かれ、

最後にまた手を合わせて

「いつもおおきに、ありがとうございます」と唱えた。


そこから都久夫須麻神社に向かう。

途中、屋根が舟形になっている舟廊下を歩いた。


舟廊下は傾斜地に造られた舞台作りの渡り廊下で、

寺と神社を結んでいる。


階段の多い島内巡りは体力がいるが

ここは平で歩きやすい。


しかしここまでの道のりで息を切らし、

やっとの思いで舟廊下を歩いている2人は、

互いを見て笑い合った。


「久しぶりに来たら、えらいなぁ?」


「私らも年とったんや。昔は子供らがかけて行っても追いついたけど、もう無理やな」


「まぁ、無茶すんのは穂乃果だけやったけどな」


「ほやほや。ほんでも孫ができたら、また頑張れるかもしれん」


「ほな、孫ができるまでに体力つけんと!」


舟廊下を抜けると本殿の前に出た。

豪華絢爛な桃山建築の本殿は

国宝に指定されている。


参拝を終えると

そこから望む湖と対岸の山々が

何にも変えがたい情景であった。


「お父さん、やるか?」


「おぉ、やろか。そやけどお願いしてばっかりやな」


「ええんやで。お賽銭、ぎょうさん入れたんやさかい!」


湖を背景に

絶壁に建てられた小さな鳥居めがけて

円盤状の薄い土器を投げる。

土器が鳥居をくぐれば願いが叶うとされているが

これがまた難しい。


しかし、亜希子が投げた最後の1枚が鳥居をくぐった。


「あっ!お父さん見た?入った!入ったで!」


「おぉ、見た見た!すごいな!」


手を取り合って喜んでいると、

省吾のスマホが鳴った。


「電話や。誰やろ」


それは蒼介からの着信であった。


「もしもし?おぉ!村岡さんか!?こら珍しいな〜。今日は休みなんやて?」


亜希子は省吾の腕にしがみつき

「弁天さんのご利益や〜」と喜んでいる。

しかし蒼介は深刻な声で

穂乃果が転んで怪我をしたと話した。


「実は今日、娘さんと賤ヶ岳登ったんですけど、コイツが……あ、穂乃果さんがけてしもて……」


その話を、始めは「ほうかほうか」と

笑顔で聞いていた省吾だったが、

穂乃果が怪我をしたと知り、表情を一変させる。


「今どこにおるんや?豊公園?わかった。小1時間で戻るさかい、すまんけど、それまで頼めるか?」


省吾は電話を切り、

まだ状況を把握していない亜希子を引っ張り

船着場に急いだ。


「お父さん、村岡さん何て?」


「穂乃果が転んで怪我したて」


「怪我!?どこを?頭打ったんか?意識は?」


「そこまでやないみたいやけど、足を痛めた言うて。そやさかい、村岡さんが運転せんように引き止めてくれとるんや」


「足?足のどこ?早よ病院連れてかんと……」


「ええから急ぐぞ。次の船に乗らんと!」


この夫婦には娘が2人いた。

穂乃果は次女で

長女の明日香あすかは2年前に他界している。

だから今は、穂乃果だけが2人の生きがいなのだ。

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