第24話 運転免許を取らな
「じゃあ、俺はこれで」
山本穂乃果の両親が来て、
休日診療を受け付けている病院まで一緒に行き、
そこで俺は引きあげることにした。
「村岡さん、ほんまにおおきに!」
「今度お礼させてください!」
「いや……そんなんええです。ほな」
だが診察室に呼ばれてんのに
山本穂乃果がこっちに向かって来る。
「村岡さん、どうやって帰んの?」
「駅まで歩いて、電車で帰る」
「そんなん大変やん。ちょっと待っててよ。送ってくさかい」
「ええて!早よ診てもらえ」
「そうや村岡さん、いつも自転車やったな」
「この人な、昨日自転車パンクしてもうて、湖畔の宿に預けてあるの。そやからそこまで送ってくつもりやったのに、運転すんなて、こない
「ほうか!ほな、わしが送ったる!」
アイツが余計なことを言うてしもたせいで、
お父さんがそこまで送ると言いだした。
断っても行くときかんさかい、車に乗ってしもた。
「途中でまででええです」
「そんなわけにはいかん。なんなら自転車乗せて、家まで送るさかい!」
アイツは自分の車があるさかい、
お母さんがそれを運転して帰るから
気にしないでいいとも。
今日、一緒におったわけを話すと、
なぜか共通の友人夫妻が来とったことまで知っていた。
「聞いたで!ほんで、そのお友達ご夫婦は、もう帰られたんか?」
「はい、さっき……」
「ええとこ泊まられたな。あっこの宿はこの辺りでは一番ええとこや」
「昨夜、宿で夕飯一緒に食うたんですけど、確かにええとこでした」
「うちの娘も?」
「はい。なんや、そいつの奥さんと大学一緒やったみたいで」
「あ〜、なるほど!そういうことか!」
飯を食わせてもろたり、
職場にもしょっちゅう来るさかい、
もう顔見知りになってしもて、
色んな話をした。
今日、賤ヶ岳に登ったことも話し、
そこでアイツが皆んなを追い抜いて
最後の最後で転けたことも言うてやった。
そやけど、
それを聞いて大笑いしたお父さんに、
アイツがお姉さんのことを思い出して
泣いたことまでは言えんかった。
結局チャリも運んでもろて、
パンクの修理までしてもろた。
「何から何まで……すんません」
「なに、こんなん大したことない!また困ったら言うてや?」
「そやけど、何かお礼を……」
「お礼?そうやなぁ、今度うちに遊びに来るか?」
「遊びに行く?……俺が?」
「うん!うちな、豊公園からも近いんやで?」
お父さんは俺のボロアパートを見て
こないなことも言うた。
「懐かしいな。昔、上の子が生まれたばっかしの頃、うちも、こないなアパートに住んどった。あの頃は風呂もついてのうて、近くの銭湯行ったりして。とにかく、生きとるだけで精一杯やった」
「へぇ……」
まさに今の俺もそうや。
そやけど、この人らは家族もおったんやから、
俺とは比べものにならん。
お父さんは何度も
「今日はおおきに」と言って帰っていった。
俺が車の免許さえ持っとれば、
あの2人を呼ばずにすんだ。
転けたアイツにも運転させずにすんだ。
今までは車のうてもどないかなった。
雪の時期かて、
ここから職場まで2時間あれば余裕で着いたし、
たまに直哉くんが乗せてくれた。
仕事で遠出せんとあかん時は
恩田さんやセンター長が運転し、
俺は助手席に乗っとればよかった。
そやけどもし正式に採用されたら、
そうも言うてられん。
免許か……
この歳で教習所に通わんとならんのか。
そうなると車も買わんと。
中古でもいくらかかるんや?
冬タイヤと夏タイヤも必要や。
税金やメンテナンスにも金がかかる。
今かてギリギリやのに
どうやって生きていけばええんや。
こう考えると、
当たり前のように車を持ち、
家族までもった航が
やっぱりすごい人間に思えた。
ほんでも、幸せそうやったな。
所帯じみた感じもせんかった。
むしろ以前より、
健康的で艶があるように見えた。
そない彫刻で稼いでいるんか。
それとも親の援助があるんか。
まあ、奥さんも公務員て言うてたしな。
人と比べてもどうにもならん。
なんとかせな。
翌日、道の駅の裏で
タバコ休憩をしていると、
直哉くんが話しかけてきた。
そこで車のことを聞いた。
「蒼介、免許取るんか?」
「まだわからんけど、あった方がええかと思て」
「そうか、そらあった方がええで?雪道歩くんは、えらいやろ?」
「それもあるけど……あ、そうや。アイツ……今日はどうや?」
「アイツて、穂乃果ちゃんか?」
「昨日、転けて足痛めたんや。まぁ、あの感じやと大したことないやろうけど」
すると直哉くんは納得した風に
「あ〜、ほうか。そやから今日、送ってもろたんやな」
「誰に?親?」
「そうそう。朝、親御さんに送ってもろてたで」
そない重症やったんか?
そのわりに昨日、
親が来るまでやかましかったけどな。
そやけどあのまま実家に泊まったんやな。
「やっぱり、昨日一緒やったんか」
直哉くんはニヤニヤしながら
そないなことを聞いてくる。
「たまたまや。アイツは想定外やったんやで?しかも皆んなに迷惑かけて……」
「ほうほう。そやからお前、免許取る気になったってわけやな?」
「ちゃう!全然ちゃうわ!」
「ハハハ!なんでもええわ。けど、本気で免許取る気になったら、また言えや。俺の知り合いが教習所におるんや。車も中古でええなら俺の知り合い紹介するさかい」
「そん時は、たのんます」
まずは資金をなんとかせんと。
無駄なもんは削らなあかん。
そうなるとタバコか……唯一の娯楽やぞ。
食いもんとタバコくらい
楽しみがないとやってられん。
削れんなら作るしかない。
どないかせんと……
短期でバイトするか、
もしくは博打で一発当てるか。
いや、そんなんあかん。
うちの親父もそないなことで何度も失敗したんや。
将来への不安は年々増していくのに、
心のどこかで
どうにかなると楽観している。
湖岸で羽を休めているユリカモメを見ていたら、悩んでいても仕方がないと、そう励まされた気がした。
仕事が終わり、駐輪場に行くと
なぜか山本穂乃果が
俺のチャリの横で
「何してんや」
「村岡さん、昨日はどうも」
「足はどないや」
「骨は折れとらんて。ただの捻挫や」
「ほうか。まぁ、ちょっと大人しくしとった方がええで」
「口は動きますんで」
「ほんまに、いらんこと言いやな」
「それよりチャリ、直って良かったですね」
「昨日、お前のお父さんに直してもろたんや。助かったわ」
「どういたしまして」
「なんでお前が……まぁええわ。ほな、お先」
「待ってよ」
「まだ喋るんか。ちょっとは弱れや」
「村岡さん、暇?」
「は?暇なんはそっちやろ。いつまで油売ってんや」
「私は暇ちゃいます。そやけど今日は、もう帰ってええて言われましたんで」
「へぇ。また閑古鳥が鳴いたか」
「ちゃいます。皆さんに足のこと気にしてもろて。直哉さんに言うてくれたんやて?おかげさんで早退させてもらいましたんで」
どうでもいい話をしていたら、
変人はチャリのカゴに勝手に荷物を入れていた。
「何してんや」
「もうええわ。単刀直入に言います。後ろ、乗っけてほしいんやけど」
「はぁ!?」
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