第22話 おしどり夫婦

「アホ!何やってんや!」


友人夫婦を連れて賤ヶ岳しずがたけを登っていたら

登山道の頂上が近づいてきた時

突然ダッシュで追い抜いていった山本穂乃果が

階段で足を滑らせ、けそうになった


咄嗟に体が動き

なんとか転がり落ちるのは防げたが

二段ほどずり落ちて

あちこち擦りむいたらしく

「痛い痛い」と言って泣きべそをかいている


航と侑芽さんが付き添って

座れるとこまで連れていくと

今度はガチ泣きしだした


何なんや、ほんまに……


俺だけは優しくしまいと

ちょっと離れたとこで苛立つ心を鎮めている


ここまでくるともう

変人とおり越して病的なものを感じる

少しすると航は

奥さんにアイツを託して俺のとこに来た


「あの子、なんかあったがけ?」


「知らん。いつものことや。言うたやろ?変人やて」


「まぁ、ちょっと変わっとるみたいやけど、けただけで、あんな風にはならんやろ」


天気もようて

今日は竹生島ちくぶしま伊吹山いぶきやまもよう見えてんのに

アイツのせいで航も奥さんも

景色どころではなくなってもうて

なんや申し訳なくなってくる


「すまん、せっかく来てもろたのに」


「いいて。気にせんでくれま。おかげで俺達もゆっくりさせてもろた」


「どこがや、アイツのせいで台無しやろ……」


「そんなことないて」


俺とアイツは関係ないさかい

俺が謝る理由もないのに

なぜか居た堪れなくなった


そやけど航は笑いながら両手を上げて体を伸ばし、ようやく景色を楽しんでいる


「ここええな。琵琶湖も余呉湖も見えて」


「そやろ。琵琶湖見るんはここが最高やで」


「連れてきてくれて、おおきに」


航がそない言うから、俺は景色を説明し

あの辺に長浜城があるとか

その先に彦根城や近江八幡があると

郷土の地理や歴史を得意になって説明した


航は「へぇ」とか「ほぉ」など

大袈裟にリアクションをしながらも

茶化すことなく最後まで聞いてくれた


「蒼介、説明うまなったな」


「そ、そうか?」


「前に山本山やまもとやま登った時は、もっとまわりくどい説明やったぞ」


「あの時は……まだそない勉強しとらんかったさかい」


「勉強してんのけ」


「ちょっとな」


少し前にセンター長から呼び出された

来年で満期になる嘱託しょくたくの任務終了についての話だった。センター長は俺に、今後どうしたいかと聞いてきた。俺はその時、できれば同じような仕事を探して、この仕事を続けていきたいと答えた


それは叶わぬ願いとわかっていたが

どうしたいかと聞かれたら

本音を言うしかなかった


するとセンター長は

「よっしゃ、わかった。なんとかここに残れるようかけ合う。そこでや、提案があるんやけど……」と、ここに残るための条件を出してきた


それは今までの調査観察だけでなく

来館者の対応や野外イベントなどで

ガイドを務められるようにしてほしい

他にも色々任せたい、という話だった


要は恩田さんがやっていることを

俺もできるようになれば

継続して採用されるかもしれないと言う


それを聞いてから

今までただ同行するだけだった野外イベントなどで、センター長や恩田さんが、お客さんらにどんな話をしたり、どんなことに気を使っているかを思い出しながら勉強するようになった


本当は人と接するんは苦手やから

今のままでいたいというのが本音やけど

そうも言ってられん


そやから今日はその練習でもあった


航は気をつこうて褒めてくれたんかもしれんけど、嘘でも説明がうまなったと言われ、ちょっと自信がついた


航と一緒に頂上を一周しながら

そんな話もした


「そら良かったな。お前の努力が実ったんやちゃ」


「まだわからんけどな。そやけど、今頑張らんかったら、俺はほんまに終わりや。そやからお前は凄いな。もう一端いっぱしの職人なんやさかい」


「そんなことない。俺やてまだまだや。まだ親父に信用されとらんさかい」


航も色々あるらしい

俺からしたらもうじゅうぶん立派に見えんやけど、職人の世界も色々あるんやろう


上空では白鳥の群れが

降りてくるんが見えた

先に地上に降りたもんが大声を出し

まるで「こっちやでー!」と導くように

「コォーコォー」とうるさく鳴く

後から続くもんらも同じように鳴き返す


「蒼介、あれは白鳥け?」


「ほうや。コハクチョウや。越冬しにきたんや。シベリアあたりから2週間くらいかけて飛んでくるんやで」


「はぁ……えらいこっちゃな」


「4千キロも渡ってくるんや。ほんでまた春になったら帰る。毎年それ繰り返してんや」


「根性あるんやなぁ。けど、喧嘩しとるみたいに鳴くんやな」


「あれはコミュニケーションや。生き抜くために助け合うてんや」


「ほぉ。仲間同士、仲えんやな」


「仲がええかは知らん」


そこへ侑芽さんがやって来て

山本穂乃果アイツが落ち着いたから

そろそろリフトで下ろうと言う


「なんや、任せてしもてすんません……」


「いえ、色々話せて良かったです。でもちょっと心配だな……」


侑芽さんの話では

アイツが死んだお姉さんの話をしたらしい

転けて泣いた思うてたんやけど

なんで今その話になったんや……


「お姉さん、亡くなったて聞いたけど……」


「あぁ……蒼介さんも聞いてます?」


「まぁ、詳しゅうは知らんけど」


そう答えると、航が意外そうな顔をし


「お前、案外あの子と仲えんやな」


「はぁ!?どう見ても違うやろ!」


「けど、そんな話までしてんやろ?」


「そら、ちょっと小耳に挟んだだけで、詳しゅうは知らんて」


「ほ〜お?」


「何が言いたいんや……」


航がよう笑う。それが1番の驚きやった。

3人で話していると

山本穂乃果が後からやって来て

「お腹すいた」と騒ぎだした

誰のせいでここに長居したと思うてんや……


1人ずつリフトに乗り麓に下る

航と侑芽さんは先に乗ってもらい

その後、アイツと俺が続いて乗った


数分は空中遊覧が楽しめる

普段は乗らんさかい、新鮮やな


そう思うとったのに

1つ前に乗った山本穂乃果が大声で話しかけてくる


「村岡さん!揺らさんでよ!」


「揺らしてないわ!お前が自分で揺れてんや」


「そやから動かんでって!怖い!」


怖いんはお前のメンタルや……

というか、行きも帰りもこれに乗る計画立てとったんは自分やろ。苦手やったら別のとこ勧めたらええのに、どんだけアホなんや


これ以上、周りに迷惑かけんように

言いたいことをぐっと堪えて飲み込んだ


俺も空気読めん変わりもんやけど

コイツとおると普通やな


先に見える友人夫婦は

仲睦まじく写真を撮り合っている

それを見せつけられた俺達は

途中から無言になった


そやけど麓に降りると

変人がまたアホなことを呟く


「ああいうんが、おしどり夫婦て言うんやろな」


「ちゃう。ほんまのオシドリは、シーズンごとにペアを替えてんや」


「え!ほんまに!?」


「嘘言うてどうするんや。そやさかい仲のええ夫婦に、おしどり夫婦て言うんは、どうかと思うで」


「へぇ……ほな、ずっと仲がええツガイておるん?」


「そうやな。仲がええかは知らんけど、アメリカの国鳥のハクトウワシとか、今渡ってきてるコハクチョウとかタンチョウ、アホウドリ、メジロなんかも一夫一妻て言われとるな」


「勉強になるわ」


「どうせすぐ忘れるやろ」


「失礼やな。私は鳥と違うて記憶力ありますんで」


「鳥バカにすんな!お前より賢いわ!」


友人夫婦は飯を食って

土産買うたら帰ると言う

そやからそこまで一緒におることにした


湖畔を車で走り、長浜の中心部に出る。

やはり2台に分かれ

俺は山本穂乃果の車に乗ったが

けたばっかの奴に運転させるんは

ちょっと気が引けた

そやけど俺は免許を持っとらんさかい

代わってやりたくてもできない


航は当たり前のように運転席に乗り込んでいた

こういう時、なんや情けない気分になる


運転している山本穂乃果を見ると

ハンドルを握るその手に

擦り傷があることに気づいた


「お前、大丈夫か?消毒とかした方がええで」


「なんちゅうことない。さっき除菌ティッシュで拭いたし。膝は絆創膏貼ったし。そやけど村岡さん、今日は人らしいんやな」


「人らしいて、どういう意味や」


「よう喋るし、さっきも助けてくれたやろ?あんたが後ろ支えてくれなかったら、頭打って救急車で運ばれとったわ」


「そら、なんぼ嫌いな奴やて、すっ転んどったら助けるわ」


「おおきにな」


可愛ないスズメやけど

素直やと、それはそれで引っかかるもんがある


昼飯は長浜駅から近い店に入った。

俺は滅多にこっちに来んさかい

ここらのことはよう知らん


同じ市内でも

俺が住む木之本きのもと余呉よご

合併してもろたみたいなもんやから

何年経っても長浜市民という自覚が持てん


実家がこの近くという

山本穂乃果の勧めで入った店は

鳥料理やうどんなどを出す家庭的な店だった


「ここは親子丼がうまいんやで」


「へぇ」


「村岡さん、親子丼も食べはりますの?」


「食うわ」


「へぇ……」


4人で飯を食い、黒壁スクエアをぶらぶらして

豊公園ほうこうえんという長浜城を囲む公園で友人夫婦と別れることになった。

別れ際、航がボソボソ話しかけてきた


「蒼介、お前も話し相手はおった方がいいと思う」


「話し相手?」


「仲良うせいとは言わん。そやけど穂乃果ちゃんみたいに、言いたいこと言うて、何でも話せる相手ちゃ、そうそうおらんやろ」


「あのなぁ、アイツは話し相手とちゃう。そもそも会話っちゅーんはキャッチボールやろ?アイツとはドッジボールなんや。そやから話にならん」


「ハハハ!それでえんや!」


航はわけのわからんことを言って帰って行った

奥さんはアイツを気にかけてか

いつまでも助手席から心配そうに手を振っていた


それに比べて山本穂乃果は

あっさり車に戻ろうとしている


「ほな、チャリ直しに行くで」


「はぁ?そんなんええわ。早よ帰れ」


「そやけど歩きやと大変やん。昨日の宿まで戻って……あっ、車にチャリ乗るかな?……まあええわ。ほれと……高月たかつきに大きい自転車屋さんあったな。あっこなら今日もやってるやろ」


「いらんことすな!自分でどないかする。それよりお前、足挫あしくじいたんやろ?」


さっきから片足を庇うように歩いている

転けた時、どっか痛めたんやろう

早う言えばええのに

人の心配してる場合か!


「こんくらい平気や。湿布貼ったら明日には治るやろ」


さっきまで客人がおったから我慢しとったけど

人が心配してやってんのに何も聞かんで

平然と運転席に座るコイツに

とうとう我慢の限界がきた


「あかん!足の怪我なめんな!鳥なんかなぁ、足痛めたら命取りなんやで?」


「大きい声ださんでよ。足の前に耳が壊れそうや。しかも私、鳥とちゃいます!」


「わかっとるわ!」


あー言えばこう言う奴を黙らせるには

もう方法は1つしかない


「すんません……バードセンターの村岡ですけど……」

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