第21話 賤ヶ岳
「おはようございます」
「おはようさん」
約束どおり村岡さんを迎えに行くと、
なんやケッタイな格好をしている。
なんちゅーか、
登山でもするような雰囲気で、
チェックのシャツをズボンにインして、
リュックを背負って、
ベージュのバケットハットをかぶり、
首には双眼鏡をぶら下げている。
私もオシャレに関心ないさかい、
流行りの服や化粧に飛びつく方ではない。
そやから今の職場にきて、
ユニフォームがあるとわかった時は、
めちゃくちゃ有り難かった。
そやけど今日は大学時代の友達と
その旦那さんもおるさかい、
一般的で尚且つ普段も使える服を
事前に
言うても通販の安もんやけど、
この人と並ぶと普通やな。
「村岡さん、ワンダーフォーゲル部やった?」
「ちゃう。しかも、何でワンゲル……」
「なんとなく」
「言うとくけど、中高は卓球や!まぁ、それしか選択肢なかっただけやけど……大学はバイトもしとったさかい、サークルとか入れんかったし……」
「へぇ」
「聞いといてうっすい反応すな!」
「運動しそうに見えんさかい、ちょっと意外やなと思いましたんで。そやけど卓球部言うたら帰宅部がタテマエで入るとこやん」
「はぁ!?ちゃんと出とったわ!それより、なんでワンゲルて思うたんや」
「そらそんな格好してはりますやん。その服、どこで
「どこだってええやろ!」
どうせピース堂あたりで買うたんやろう。
スーパーやけど、あっこは
私も昔、ピース堂でビキニ買うたことあるし。
実用的なんや、スーパーの衣料品コーナーは。
ビキニで思い出した。
他県の人に言うと驚かれるけど、
海のない滋賀県民はまず琵琶湖で泳ぐんやで。
海水浴ならぬ湖水浴やけどな。
夏に大津あたりまで行けば、
ちゃんとビーチになってんや。
ビーチちゃうか、まあええわ。
「村岡さん、なんや山登りにでも行くみたいな格好やな」
「そら
この人、ほんまに山登りする気やったんか。
こらあかん。
けど普通に考えたら、
リフトで上がるに決まってんやろ。
ほんまに変人の扱いは難しい。
「言いにくいんやけど、今日はリフト乗るで?」
そう伝えると
「それ早よ言えや」とか
「1時間かからんと登れんのに、アホか!」
などと、しばらく文句たれとったけど、
友人夫妻と合流すると大人しくなった。
侑芽と航さんは自分らの車でそのまま行くと言い、車2台で賤ヶ岳に向かった。
登山する気満々だった村岡さんは
えらい不服そうやったけど、
これからまた富山まで帰らんといかん
2人の都合も理解したらしく
それ以上、文句言わんかった。
そやけど駐車場に着くと
客人2人が想定外のことを言い始めた。
「これくらいなら登れそう!」
「そうやな。今日は気候もいいさかい。歩いてもいいな。
その流れで村岡さんは、
水を得た魚のごとく張り切りだした。
「おぉ!ほんなら案内するで!」
え……こうなると思わんかった。
そやけど皆んな乗り気やから、
私だけ反対するんもな……
「穂乃果もスニーカーだし、いいよね?一緒に歩こ?」
「あ、うん……」
スニーカー言うても
安もんのおろしたてで、
ちょっと硬いさかい歩きづらいんよな。
ほんでも仕方ない。なんとかなるやろ。
この山は標高421mの低山で、
コースによるけど
初心者でも比較的登りやすい山やさかい、
私も子供の頃、よう家族で登ったけど、
もう何年も来てないし、うろ覚えや。
「休み休み、ゆっくり登ればええで」
バードセンター主催のイベントで、
年に数回、野鳥観察ツアーいうんがあるみたいで、村岡さんもスタッフとして同行しているらしいし、プライベートでも何べんも登っていると言う。そやからこなれてるんやな。
しかも今日はよう喋る。
「今鳴いた鳥はエナガやで。ほれ、あっこの枝におる!」
「あ〜!いた!可愛い〜」
「小鳥やな。ふっくらしとる」
「この辺は餌が豊富やさかい、よう肥えとるやろ。今日は風向きもええし、他の鳥類の渡りも見られるかもしれん!」
この人、自然相手やと生き生きするんやな。
今日は記録とるわけでもないし、
余計楽しいんかもしれん。
賤ヶ岳合戦の慰霊堂で手を合わせたり、
途中で振り返って琵琶湖見たりして、
四人でなんやかんや話してると
あっという間に半分過ぎた。
紅葉が盛りやから、
他にも登る人がぎょうさんおる。
もみじ狩りっちゅーやつや。
皆んな紅葉見に京都まで行くけど、
滋賀かてええとこあるんやで。
ま、そない言うてる私も、そうそう行かんけど。
友達の
落ち葉を見ては
「綺麗だね〜」と微笑んでくる。
死んだうちの姉ちゃんも
同じように言うてたな。
今思えば、こんな季節に来たんやな。
当時の私は
わざと落ち葉の上を歩いて踏み潰し、
皆んなを追い抜いて
誰より早く頂上に行きたいと、
景色もろくに見んと駆け上がった。
お姉ちゃんは私と違って
動きも喋りもおっとりしとって、
そやけど責任感が強うて、
私が転んだり迷子になると、
泣きながら親に謝るような人やった。
そうや、思い出した。
最後に家族でここ来た時、
一人で先に頂上まで行って
リフトに乗って降りる約束だったんを、
私は皆んなを驚かせようと
勝手に走って下って行き、
その結果、大騒ぎになって、
その時もお姉ちゃんが必死に探してくれて、
下で待ってた私を見つけて
「よかった、よかった」言うて
大泣きしたんやった。
あの時、
なんであないに姉ちゃんが泣いたんか
全然わからんかった。
お父ちゃんとお母ちゃんが血相変えて
私を叱ったんやけど、
その時もなぜか姉ちゃんが必死に謝ってくれて、私はそない怒られんですんだ。
ずっとそんなこと忘れとったのに、
なぜか今、鮮明によみがえってくる。
もう何年も前の風景と
今見てる風景が重なって、
まるでタイムスリップしたように。
姉ちゃんに悪いことしたな。
謝りたくても、もうできんけど。
「穂乃果、どうかした?」
「あっ、ううん。なんでもない」
自然と男性陣が前を歩き、
その後ろに私と侑芽が続いている。
歩くペースが違うのもそうやろけど、
そうか、女は男の後ろを歩くもんなんやな。
「侑芽は、なんで旦那さんと結婚したん?」
「う〜ん、一緒にいたいと思ったからかな。どうしてそんなこと聞くの?」
「他人と一緒に生活するて、大変やろ?そやから結婚する人の気持ちがわからんの」
「う〜ん……そうだな。一緒にいて苦じゃないから結婚するんじゃない?色んな話ができて、それが苦じゃないっていうか、安心できるっていうか」
「へぇ。そやけど、ようそんな人、見つけたな」
「見つけたっていうか、出会っちゃったら
「
「そうじゃないけど(笑)私だって、航さんと出会わなければ、一生一人でよかったと思うよ?けっこう1人の時間も好きだったし」
「そういえば、大学おった時も、よう単独行動しとったな」
「そうだね。友達といるのもいいけど、勉強に集中したかったからね」
「私もそやった。けどほとんどの子らは群れとったやん。そやから侑芽のこと珍しい子やなぁて、観察しとったんやで?」
「観察?アハハ!観察対象だったんだ、私」
「うん。おもろい人を観察すんの趣味やから。今の観察対象はあの人」
そう言って村岡さんを指差すと、
侑芽はムフフと変な笑い方をした。
「勘違いされたらアレやから言うけど、そういうんやないで?」
「ふ〜ん。でも穂乃果にも、そういう人ができたらいいね!」
「私はええわ。他人に気ぃつかうんは苦手!」
お姉ちゃんに似てる侑芽と話してると、
ほんまにお姉ちゃんに見えてきて
ちょっとしんどなる。
そやから私は、前を歩く男どもを追い越して、
先に登ることにした。
「お先です〜」
「おい!単独行動すな!」
そう村岡さんにどやされたけど、
そない言われたら余計に早足になった。
私は私や。
協調性なんて知らん。
息が切れて、
あの頃みたいにタッタタッタ行かん。
後ろで侑芽が「穂乃果!ちょっと待って!」
と叫んでいる。
その声が、
ほんまにお姉ちゃんの声に聞こえて、
なんや急に悲しなって、
振り返ったら泣いてしまいそうやった。
そやから絶対に振り返らん。
足が痛い……
こんな厚底のへんてこりん、
履いてこんかったらよかった。
そやけど、もうすぐ頂上や。
そこまでは……
最後は階段があって、
そこをあの頃の調子で駆け上がろうとしたその時
「あっ……!」
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