第20話 鳶は鷹を生まん

俺と友人夫婦だけの会食のはずが

山本穂乃果まで加わり、

友人夫妻を前に

と並んで座る羽目になった。


微妙な空気を和ませるように、

友人のわたると、その奥さんの侑芽ゆめさんが、

他愛もない話を振ってくる。


「蒼介と会うんは久しぶりやな。電話はたまにしとったけど」


「そうやな。顔見るんは3年ぶりくらいか」


「3年も?でも私と穂乃果もそれくらいだよね?」


「ほやほや。それよりカニ、めっちゃ美味しいな」


山本穂乃果は会話を弾ませようとも思わんのか、料理を貪り食っている。


「お前の神経、どないなってんや……」


「何を言うてますの。尊い命をいただくんやさかい、真面目に食べな」


「それはそうやけどな、この2人は富山から来てくれたんやぞ。しかも急遽、お前の分まで用意してくれたんやぞ?」


「わかってます。そやから話してるやん」


また言い合いになると、2人が宥めに入る。


「気にせんでええて。こっちが誘うたんやさかい」


「そうですよ、せっかくのご馳走ですしね。穂乃果、私のカニもあげる!」


「ええの?ほな、いただくわ」


遠慮のなさに、いちいちイラつくが、

せっかく富山から出てきてくれた二人の手前、

ぐっと堪えた。


話題は互いの仕事に移り、

航は家業の井波彫刻の工房を

親父さんと一緒に営み、

奥さんは役所の職員として働き、

2人で子育てと仕事を両立させているという。


「凄いな。俺なんて自分のことで精一杯や」


「まぁ、うちは父さんも母さんもおるさかい、どうにかやっとんや」


「そうなんです。だから私も仕事に復帰できて、本当に助かっています」


「へぇ、そら良かったな」


友人の順風満帆な暮らしが垣間見えて

羨ましいというより、遠い存在に感じた。


仕事も家族構成も、

絵に描いたような充実ぶりだ。


他人と自分を比較したって、

なんの意味も無いが、

自分と同列と思い込んでいた航が、

到底、手の届かない場所に行ってしまった気がして、それが、少しだけ胸をついた。


隣でカニを貪っているコイツだって、

俺と同じくらい卑屈になっているのかと思えば、そんな感情は微塵も芽生えていないらしい。


「村岡さん、茶碗蒸しいらんの?残すなら、もらいますけど?」


「は?食うわ!」


俺達の小競り合いがよほど滑稽なのか、

こんなやり取りをするたびに2人に笑われた


「は〜、お腹いっぱい!」


「美味かったな」


「私もお腹苦しい。このままここで横になりたいわ」


「アハハ。穂乃果も一緒に泊まる?」


「ええの?」


「アホか。どんだけ図々しいんや。帰るぞ」


「わかってます。私はアホちゃいますんで。ほな、また明日〜」


「おぉ、気ぃつけて帰られ」


「は?また明日て……山本穂乃果アイツ、まさか明日もお前らと行動するんか」


「そいがそいが(そうそう)。蒼介もられ。なんや賤ヶ岳しずがたけを案内してくれるらしゅうて」


「はぁ!?」


案内て……素人が何言うてんや。

俺みたいに、年中登っとるならわかるけど、

大して行ったこともない奴が、

案内なんてできるかいな。


「ほやほや。村岡さんも来てよ。明日休みやろ?」


「なんでお前が俺のシフト知ってんや」


「そら私は、村岡さんの観察してますんで」


「はぁ!?」


何でこんな変人に観察されなあかんのや。

そやけどコイツの適当な観光案内聞かされて、

山で遭難されても困るし、

仕方なく俺も付き合うことにした。


「ほな、また明日」


「おぉ、また明日な」


「おやすみなさ〜い。穂乃果、運転気をつけてね」


「うん!おおきに、おやすみ〜」


宿を出ると、

は駐車場へスタスタ歩いていく。

俺はチャリやから、ここで無言の別れや。

別にええけど、やっぱり変わった奴やな。

普通は何か言うてから別れるやろ……


真っ暗な夜の湖畔は、

時々、魚が跳ねる音がするくらいで、

恐ろしいほど静かだ。


そやけど夜は夜でいい。

夜行性の鳥達が餌を求めて活動するから、

姿は見えんでも

音や気配でどんな動きをしているか、

想像できて楽しい。


しばらく目を瞑り

耳をそばだてていたが、

とっくに帰ったと思っていた山本穂乃果が

車のライトを光らせながら近づいてきた。


その音と光に驚いた鳥達が

一斉に羽ばたいていく。

なんてことしてくれるんや……


「村岡さん、まだおったん?」


「こっちのセリフや」


「送りましょうか?」


「いらんことすな!」


そう言ってから自転車に乗ろうとすると、

やたらと動きが鈍い。

そのうえ妙な音までする。


「……」


降りて確認すると、

前輪がぺちゃんこに潰れていた。


そういえば朝から

変な音がしたんやった。


「うっわ……最悪や」


山本穂乃果は車から降りてきて

「パンクやな」と、わかりきったことを言う


「やかましい、帰れ」


「そやけど歩きやと、ここからけっこうあるで?乗って行きぃや」


宿には明日取りに来るから、

それまでチャリを置かせてほしいと頼み、

了承してもらった。


不本意ではあるが、

山本穂乃果の車に乗った。


借りができた。


これは早急になんとかせんと、

一生、恩着せがましいことを言うやろう。


「その辺でええよ。ここからなら歩ける」


「ええって。家まで送るで?」


ボロアパートを見られるのも嫌で、

その手前で降りた。

山本穂乃果は運転席から

またいらんことを言う。


「ほな明日の朝、またここに来るさかい」


「ええよ、タクシーで行く」


「あかん、お金かかるやん。そうやな、朝9時半でええな。またここで集合」


「はぁ?……」


勝手に決めてそのまま帰っていった。

助かるは助かるけど、

助けてほしくない相手っちゅーとこが厄介や。


こんでまた借りが増えてしもた。

ほんでも仕方がない。


辺鄙なとこにある宿やさかい、

確かにタクシーで行ったらそこそこ取られる。

パンク直すんも金がかかる。

山本穂乃果にも何か礼せんと。


はぁ……、世の中、金やな?

金がないとなんもできん。


自分1人やったらそうでもないけど、

誰かとこないして、

ちょっと会うだけでも金がかかる。


そんなこと気にせんと

酒飲んだり、旅行行ったり、

大人になれば当たり前にできるようになると、

そう思うてたんやけどな。


どこで道を間違えたんや。

航とも、どこでこない差がついたんか。


そうか、元々違うたんや。


平凡な親から優れた子が生まれることを、

とんびたかを生むて言うけど、

そんなんはまずない。


ええ親から生まれたもんは、

大抵の場合、航のように皆んな立派になる。


その逆で、

しょうもない親から生まれたもんは、

どんなにあらがおうと、

しょうもない人間になってしまうか、

大成せんまま凡人で終わるんやろう。


子供を捨てて、

好き勝手しとる我が親達を思うと、

自分の現状も納得がいく。


鳶の子は鳶、鷹の子は鷹や。

鳶は鷹を生まん。


そやけど、

鳶が格下扱いされるんは気に食わん。

誰が言い出したんや、ほんまに。

鳶に謝れっちゅー話や。


辛気臭しんきくさいことばかり考えて、

頭を抱えていたが、

寝床について思い出す。


航、えらい幸せそうやったな。

前は俺以上に辛気臭しんきくさい男やったのに、

今日はよう笑っとった。


人は幸福やと、

人相まで変わるんやな。


奥さんも優しそうで、ほがらかで、

それでいて芯の強さも感じる人やった。


あないに無愛想だった男も、

ああいう人と一緒になると、

つられて丸うなるんか。


わからん。俺にはわからん。

一生、縁のない世界や。

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