第13話 モズの早贄
あの感じやと
2人とも野鳥ビギナーや。
たまにこっちより詳しい人とかおって、
ほんまは知ってるくせに
あえてこっちの知識がどんくらいか
試すようにいやらしい質問を投げてきたり人もおる。
言うてもそんなんは稀で
鳥好きは大抵ええ人や。
変に干渉してこんし、
観察場においては必要最低限しか
人間同士のやり取りはせん。
あの2人は珍しいタイプやけど、
少なくともイケズな人間ではないやろう。
ちょっと面倒やけど、
鳥好きの裾野を広げる意味では
こんなんもええのかもしれん。
それに色々話しとったら地元の人とわかった。
今日は高齢のご両親を連れて
散歩がてら道の駅に来はったらしい。
地元民ならよけいに
ぞんざいな対応はできん。
接客には向いていない俺でさえ
それくらいはわかる。
センターの常連になってもらえるかもしれんし、
野鳥観察イベントに来てもらえるかもしれん。
何よりメモをとりながら
俺の話を熱心に聞いてくれた。
普段、蓄えた知識を披露する場もなく
1人で調査をしているから、
たまにはこんな風なんも悪い気はしない。
そやけどもう任務に戻らねばと
やんわり追っ払おうとしたが……
「すんませんけど、もう調査に戻らんとあかんさかい、このへんで……もし解説が聞きたいんやったら、館内にスタッフがおりますんで」
「いらんいらん!うちらはあんたの話が聞きたいんや」
「ほやほや。それにな、中におるお姉さん、ちょっとおっかないさかい、よう入らんわ」
おっかない?誰やろ……
まあ、1人しか思い当たる人おらんけど。
十中八九、恩田さんやろう。
あの人、黙っとると蝋人形みたいな顔やからな。
「そやけど俺……基本、調査観察が受け持ちやさかい、そう言われても……」
「ほんなら待たせてもらいます!」
「は?」
「ほやほや。邪魔はせんさかい、終わるまで待ってます!なんぼでも待ちますよって」
「はぁ?……」
困ったことになったと思いながら、
変な勧誘とかではなさそうやし、
双眼鏡と図鑑を持ち歩きながら、
ほんまに野鳥観察しとるだけみたいやし、
さすがに待っているわけがないと思い、
適当にかわして業務に戻った。
だが、ほんまに俺を待っていた。
家は
移動は自転車やからと伝えるも
「そら都合ええわ!」
「ここの閉館時間は17時やろ?そのくらいに木之本のピース堂で待っとるわ!」
なかば強引に待ち合わせされ、
そこからは流れるように連れ去られた。
到着したのは木之本からも近い
余呉町の古い民家だ。
古いと言ってもそこそこの家で、
庭木は手入れされていて、
立派な松や庭まである。
そこは鳥好きなご夫婦の女性側の実家、
つまりお爺さんお婆さんが住んでいる家らしく、
『
この人ら、伊吹さんいうんか?……
他人の家に上がるなんて
それこそ何年ぶりかもわからない。
しかもここに来るまで名前も知らん人達やった。
そんな見ず知らずの人の家に上がるんかと思い、
玄関先まで来て急に
「すんません、俺やっぱり……」
「何言うてんや〜!遠慮せんで、さっ、上がってください!」
「村岡さんのために、ご馳走ぎょうさん用意したんやで〜」
「ほやほや、自分ちや思うて、かまうことないさかい」
「ほれやったら、ちょっとだけ……」
夕飯をいただきながら
とにかく鳥の話を聞かせてほしいと言われ、
それならばと望まれるままに
普段は人に話すことない鳥の話をした。
今は渡りのシーズンで
これから冬鳥がますます増えること、
どんな調査をし、今日おった鳥の話もした。
「さっきの甲高い声で鳴いとったモズですけど、あのとおり、ええ鳴き声やし、容姿も可愛いらしいんやけど、めちゃくちゃ肉食で、モズの
「あるある!」
「けど、実際は見たことないなぁ?」
「何言うてんの。お爺ちゃんはあるやろ」
「ありますか?どこで見ました?」
「あれは確か、
「ほうでしたか。ほれやったら、よう見たんやないですか?」
「ほんでも、いっぺんかそこらやで?木の枝に獲物を刺して蓄えとくんやろ?」
「そうです。これからまさにその時期で、冬に備えて蓄えとくんと、縄張りの主張やメスにアピールするために、あないにするて言われてます。ほんでもほぼ放置して、枝に刺さった生け贄を他の鳥が食うてたりしてますわ」
「えらいせっかちやな〜」
「私と一緒や!」
「あっ、俺もや……」
「ワハハハ!」
この家の主である
奥さんの
高齢やからちょっと耳は遠いけど
やはり話し上手の聞き上手だった。
教養があるんがわかる。
学を身につけとると
こんな風に誰とでも話せるんやろな。
親子二代でこのコミュニケーション能力。
どんな人生を送ったらこうなるんやと
俺の退屈で下手な話さえも、
過剰なくらいに反応を示してくださった。
仲も良うて
俺とは無縁の世界すぎて眩しすぎて
話が盛り上がるほど虚しさが込み上げてくる。
あぁ、やっぱり1人がええな。
人と関わるとろくなことにならない。
深入りはせんうちに帰らんと。
そやけど俺が来るからと、
わざわざ刺身や天ぷら、
煮物やデカいエビフライなどを
用意してくれたのかと思うと
「村岡さん、こんなんも食べはる?うちで炊いた小鮎さんの山椒煮やけど」
「お婆ちゃん!若い人は刺身と揚げもんや!」
「ほやほや、遠慮せんと、もっと食べてください!」
「おおきに、ありがとうございます。小鮎もいただきます」
「ほうか!小鮎好き?ぎょうさんこしらえて冷凍してあるさかい、帰りに持ってき!」
「ええんですか……」
「ええに決まっとるがな!」
これまで誰かに鳥の話をしても、
興味がない人達からは呆れられたり、
からかわれることさえあった。
中学の頃、独自の鳥図鑑を作り
自由研究で先生から褒められたら
以来『鳥博士』いうあだ名をつけられて
結果的に学年中からバカにされ、
ますます孤立していった。
子供だけやない。大人もそうやった。
小学生の頃に家を出て行った父親と
たまに会うことがあったが、
図鑑ばかり見ていた俺に、
「ほんまに俺の子か?」と言ってきたことがあった。
言った本人は忘れているんやろうけど、
俺はその一言が今でも耳に残っている。
「村岡さんは、まだおひとり?」
「はい、そうです」
「ええ人は?おるん?」
「いえ、おりません」
そう答えると全員が喜び、
なぜか声を押し殺して万歳三唱している。
「あの……全部見えてますけど?」
「あぁ、気にせんといて!」
「ほやほや、こっちの話やさかい!」
「そやけど……鳥の話、聞きたかったんとちゃうんですか?」
「うんうん。鳥の話も興味ありますけど、村岡さんの話も聞きたいんや!」
「えっと……そういえば俺、名乗りましたっけ?」
なんでこの人達、俺の名前知ってんやろう。
と思っていたら
この家の住人がもう1人おるらしく、
その人物が帰ってきた。
「ただいま〜……」
「おかえり〜!」
「待ってたで!!」
「は?……何でおんの?」
「こっちが聞きたいわ……」
それは可愛ないスズメこと山本穂乃果やった。
聞けばここはスズメの
お爺さんお婆さんの家で、
鳥好きのご両親が住んどる実家は長浜城のそばらしい。
こいつ、なんでこっから通うとるんやろ?
ここの方が近いは近いけど、
車で湖岸走ったら大差ないやろ……
まあ、興味ないけど。
山本穂乃果は変人やけど、
自分の親が俺を無理やり連れてきたことを
悪いと思うてるらしい。
意外と常識あるんやな。
悪いから俺が自転車を停めた
ピース堂まで送ると言い出し、
ほんなら頼むと車に乗った。
「びっくりしたわ。なんで村岡さんがうちにおるん」
「そやからさっき言うたやろ。お前のご両親が鳥の話聞きたいてしつこいさかい」
「は?うちの親、鳥好きやないで?どっちかいうと猫派やで?」
「はぁ!?そやけど、そない言わはったさかい……」
だとすると何の目的や?
あ、わかった。
こいつが変人やから嫁のもらい手がのうて、
親が見合い相手探してるっちゅうとこやろ。
今は若い世代が結婚に関心ないさかい、
親同士が相手見つけるために
本人不在の見合いパーティするらしいからな。
こいつの親もそのクチか……
ピース堂に着き
車を降りがてら嫌味を言ってやった。
「しかしお前の親もたいがいやな?親子揃うていらんことしい言うか……いくつか知らんけど、過保護すぎやろ」
他の人やったら
もう少し言葉を選ぶところやけど、
最近は言われ放題やったし、
こんくらいええやろうと思うたら
「うちな、ほんまはお姉ちゃんもおったんやけど、死んでしもてな。あの2人、それからあないになってしもたんや」
「え……」
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