第12話 夏鳥去って冬鳥来る
まだ暑さは厳しいが
確実に季節は秋に切り替わっている。
それは日に日に冬鳥達が
この琵琶湖周辺に姿を見せ始めているからだ。
毎日の定点観察に集中し過ぎて
今朝はルーティンが狂った。
いつも通勤途中でコンビニに寄り
昼飯を調達していたが、
今朝は寝坊してそれどころではなかった。
仕方なく昼時に隣の道の駅に来てみると、
運悪く月一のマルシェ開催日でやたら人が多い。
まあ普段は閑古鳥が鳴いているから、
繁盛しているのはいいことだ。
ここが無くなったらこういう時も困るし、
何より直哉くんのカレーを
食えなくなるのは惜しい。
一応、出店もチェックしつつ
店内に入ろうとするも、
だが秒で追っ払い、
レストランで優雅にチキンカレーを食う。
外は混んでいるが
レストランは比較的すいていた。
マルシェには1ミリも興味ないが、
窓辺から高見の見物をし
カレーを頬張る。
いつもは草っ原やここの喫煙所で
パンやおにぎりを食べるくらいで
こんな風に店の中で昼飯をとることはない。
たまの贅沢がこれや。
ここのシェフである直哉くんは、
高校卒業後、自動車整備士の資格をとるため
専門学校で学びながら
様々な飲食店でアルバイトをし、
趣味の車やバイクに高じた。
結局は仕事と趣味は別やと
料理の道を選んだ。
それから腕を磨くために
時には高級なレストランや
五つ星ホテルにいたこともある。
それなのに今は
この道の駅のレストランで腕をふるっている。
ここはコスパがいいと評判で、
毎日やって来る常連さんもいる。
それはそうやろと思っている。
「お待たせしました〜」
「おおきに、ありがとうございます。いただきます」
出されるカレーは
何も言わなくてもいつも大盛り。
これは俺にだけしてくれるサービス。
他で食べたら倍以上とられるであろう
高級ホテルランクのカレーを
俺はたらふく味わえる。
寝坊も悪うないな。
味は言わずもがなや。
無心になって食べていると
直哉くんがニコニコしながらやって来る。
「蒼介、無理してこっちで食わんでもええんやで?外のカレーパン食いたきゃ、気ぃ使わんでええさかい」
「無理なんかしとらん。最初からカレー食いに来ただけや」
「ほうか。ほんならおかわりあるさかいな!」
「そんなに食えんて……」
直哉くんは俺の
いつも割り引こうとする。
けどそれを俺はいつも断る。
「定価でええて。食うこと意外、使い道ないさかい」
「ええからええから」
このやり取りを数回繰り返し
結局厚意に甘える。
ここもバードセンターも
大元は同じやから従業員割引でええんやと
直哉くんは言う。
有り難いがこういうことをされると
頻繁には来ずらくなる。
「ごちそうさんでした」
「おぉ!また食べに来いよ?」
「はい、ありがとうございます」
直哉くんはここから近い
高月町にある土建屋の息子さんで、
家業を継がずに我が道を進んでいる。
親父さんも理解がある人で
ちょっと
直哉くんと同じで外車やバイクを収集し
親子で同じ趣味を楽しんでいるらしい。
そんな直哉くんは実家が太いはずなのに
決して親の脛をかじっている風ではなく、
他人が思うよりずっと苦労しているのかもしれない。だから他人に優しい。いつも誰に対しても等しく穏やかで気遣いができる人だ。
俺のこともしょっちゅう気にかけてくれて、
料理の試作を作ったから味見してくれと、
時々おかずを持たせてくれる。
休憩や退勤時も声をかけてくれる。
俺はあの人に恩を感じている。
それは今に始まった話ではなく、
子供の頃から一言では片付けられない親切をしてもらっている。
その恩着せがましくない親切は
こっちに礼を言う隙も与えないほど
スマートでさっぱりして、
その全てが自然だ。
かっこええな。
俺もあんな風になれたらな。
つい最近まで親鳥から餌を貰い
潜水や泳ぎの練習をしていたカイツブリのヒナが巣立ちをした。
野鳥の成長は早い。
そうでないと天敵に狙われるからだ。
そしてまた
入れ替わり立ち替わり
新しい鳥がやって来る。
野鳥を見ていると
親になった経験もないくせに
子供を送り出す親鳥の気分になる。
冬鳥の到来とともに
夏鳥が故郷に帰っていく。
南の空へ羽ばたいている群れに向かって
大声でエールをおくる。
「お〜い!気ぃつけて帰れよー!また春に来るんやでー!」
そうは言ってみたものの
アイツらがまた戻ってくる頃、
俺はこの仕事を続けていられるか。
たとえ辞めなくてはならなくなっても、
趣味で続ければいいじゃないか。
直哉くんがそうしたように
俺も仕事として割り切れる他の何かを
探せばいいんだ。
こっちは完全に趣味にして
休みの日にだけ愛でればいい。
「そろそろ潮時やな」
すると道の駅の客と思われる
年配夫婦に話しかけられる。
「あの〜、ちょっとええですか?」
どうせ記念写真を撮りたいから
シャッター押してくれと頼まれるのだろう。
「はい。何ですか?」
「お兄さんはバードセンターの人?」
「……そうですけど」
よく見ると双眼鏡を首からぶら下げている。
瞬時にうちのお客さんかもしれないと思い
姿勢を正した。
その2人はやたらと距離をつめてきて
今聞こえている甲高い鳴き声は
何の鳥の声かと聞いてくる。
「これは、モズですね」
「モズ!?へ〜、えらい元気に鳴くんやねぇ!」
「モズは漢字でどう書くんです?すまんけど、ここに書いてくれます?」
「は、はぁ……別にええですけど」
なんだ?この既視感は。
この図々しい感じ、なんや覚えがある
……なんやったか。
というか俺、接客なんぞできんぞ?
聞くなら館内で聞いてくれたらええのに。
モズより喋りまくるその夫婦は
野鳥に興味があるらしく、
しばらく解説しながら
その場をやり過ごすことにした。
モズは百舌鳥と書き
その名が表すとおり
様々な鳴き方をし
他の鳥の鳴き真似までする鳥だ。
「秋になると縄張りを確保するために、あない甲高い声だしてライバルに威嚇するんです」
モズの性質である秋の高鳴きだ。
自分達にとっては普通のことも
知らん人からしたら興味深い話らしい。
「へぇ〜、ええ声やわ!」
「ほやほや。ええ声や!」
「ちなみに……」
話し上手は聞き上手てよう聞くけど、
俺はこの時、聞き上手な人らに
まんまとのせられて
自分が知り得た様々な知識を披露してしまい、
結果このあと夜までご一緒してしまうことになる。
「ほんなら、また後で〜!」
「楽しみにしてるわ!」
「はい……またあとで」
あぁ、いらんことしてしもた……
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