第11話 湖北根性

「おはようございます」


「おぉ、穂乃果ちゃん!おはようさ〜ん。朝早うからすまんな」


「いえいえ、皆さん同じやさかい」


今日は私がここに入って初めてのマルシェや。

気合い入れんとな。

言うても来るか来んか、

買うか買わんかを決めるんはお客さんや。


とりあえず今日は、様子見っちゅーことで。


いつもより早う出勤して、

品出しなどの開店準備を手伝う。

今日は外で野菜やら果物も売る。


キッチンカーが来てカレーパンも販売される。

天気ええし、人気のソフトクリームも売れるやろう。


新米やら栗やらお団子やら、

秋の味覚も揃うた。

焼き鯖寿司も普段より多めに入ってる。


よしよし、あとはお客さんが来るだけや。


いつも下ろしている髪を1本に縛り、

事務所に向かうと滝沢さんが

なぜか冷ややかな目で見てくる。


「何です?」


「そんな気合い入れんでもええんやで?」


「何でです?今日は週末やし天気もええし、ぎょうさんお客さん来はりますやろ」


「さあ、どうだかね」


「マルシェの日ぃは、普段より売り上げが上がるんやないんですか?」


「上がるっちゃ上がるけどねぇ、今回はと被ってるさかい、期待せん方がええな」


「アレって?」


「知らんの?滋賀県民やのに。イナズマや!」


今日と明日は草津市で『イナズマロック フェス』が開催される。これは滋賀県出身の西川貴教さんが発起人として始まった大型野外音楽フェスのこと。有名アーティスト達が参加するため県内外から多くのお客さんが集まる。今や日本を代表する野外音楽フェスとなった。


「あ〜、この時期でしたね」


「草津や大津あたりは賑わうやろうけど、湖北は素通りか、誰も足を伸ばさんやろ」


開店前から諦めモードの滝沢さんを見て、

私も引きづられそうになった。

でもかえって闘志に火がつく。


「何を言うてはるんですか」


「は?何をて、ほんまのことやし……」


湖北根性こほくこんじょう、出していきましょうよ」


「湖北根性て……」


「私はむしろ、イナズマにあやかろうと思います」


行き帰りにちょっと寄っていこか〜て、

そう思ってもらえればええんや。

ただでさえ通過されがちな県なんやで?滋賀は。


東海道新幹線かて『のぞみ』なんか

名古屋過ぎたらいきなり京都や。


そやさかい東京から帰る時、

いったん名古屋で乗り換えんとあかん。

それも新幹線が停まるんは今んとこ、

長浜ここのお隣の米原まいばらだけやさかい、

住んでる場所によっては

京都まで行って引き返したりもする。


けど考えようによっては

それを上手く利用すれば県外からのお客さんを

この湖北に引っ張ってこれる。

そやさかい諦めんのは早い。


外に出ていくともうお客さんらが

駐車場の周りや湖畔をうろうろしている。


皆さん準備もバッチリや。


大学生の孝介くんも

今日は大学が休みやからと午前中から来てくれた。

彼は顔を合わすなりスマホの画面を見せてくる。


「見て!すごいで!」


「何?」


「ここのインスタとX、フォロワー3桁超えたな!」


フォロワー数なんて気にしていなかった。

確かに最近はよう更新していたし、

近隣の施設とフォローし合って、

少しずつフォロワーが増えていたけど、

確認したら倍以上になっている。


孝介くんはそれを由佳さんや恵里さんにも見せ、皆んな喜んでいる。


「なあ、目標立てようや」


「目標?」


「フォロワー1千人とか1万人とか!」


「あ〜……そうやね。頑張ってみるわ」


皆んなのやる気を削ぎたくなくて、

そう答えたけれど、

本当はそんなものどうでも良かった。


東京でも販売促進のために、

クライアントにSNSでの宣伝を勧めていたけど、

正直に言えばフォロワーの数で経営は断続できない。


全く意味がないわけではないし、

拡散力だったり

知ってもらうことはもちろん重要なのだけど、

顔も名前も見えない人達の

「今度行ってみます」「応援してます」

を当てにしたり鵜呑みにすることは危険。


実際に来店してもろたり

商品を購入していただいたり、

そうして売り上げに結びつくんは、

私の統計ではフォロワー数の1割がええとこや。


それくらい軟弱なネットワークで

無償の範囲内だからできる宣伝であり、

無償なら応援できますよと

タバコ休憩や通勤通学、家事子育ての合間に

流し見するコンテンツだ。


ただし何もやらないよりはマシだし、

フォロワー何万人となると箔がつく。

だからその数を水増しする企業や個人がいるほどだ。


でも私はそんなものよりも

商いには大切なことが他にあると思っている。


それが何なのか

はっきりわからんまま辞めてしもたから、

偉そうなことは言えん。


けど確かなことはある。

現場の士気を下げることは、

どんなに売り上げが良うても

営業断続の危機につながる。


私が実際に見聞きしてきたんは

主に新進気鋭の中小企業だけやけど、

軌道に乗ったところもあれば、

逆に傾いていった実例を目の当たりにした。


従業員のやる気を喪失させる体質や

経営者がワンマン気質の会社は、

特化した売りを持っている大企業を除き、

時間の問題で経営が上手くいかなくなり破綻する。それだけはわかっている。


湖北根性こほくこんじょうや!」


「こほくこんじょう?何やそれ」


「湖北の本気を見せるっちゅー意味やで?」


「なるほどな〜、湖北根性!これから使うわ!」


イナズマに負けてられんぞ。

さぁ、開店や。


「揚げたての近江牛カレーパンいかがですか〜?」

「朝どれの地場野菜、お買い得やで〜」

「ソフトクリーム、今日は半額です〜」

「新米のおにぎりもどうです?」

「ブドウもぎょうさんありますよ〜」


開店早々、次々と売れていく。

私も袋詰めやらお会計を手伝った。


「お待たせいたしました。お次の方どうぞ〜」


「ほな、ブドウもう1つもらおか」


「ありがとうございます〜……って、何してんの?」


「バレてしもたがな〜」


「そやからやめとけいうたやろ〜」


お客さんに混じって両親が来ていた。

それもお爺ちゃんとお婆ちゃんまで連れて。


「来るなら言うてよ。今朝もなんも言うとらんかったし」


お爺ちゃんらは「すまんすまん」と言い、

お母ちゃんらは「邪魔せんさかい」と言いながら、いつまでも外や中をうろついている。


気にせんとこ。かまってる暇はない。

いつものことや。

東京にも何べんも来とったしな。

さすがにお爺ちゃんらは来んかったけど、

今は地元やし、しゃーないわ。


気を取り直して接客にあたっていると、

もう1人、珍しい人が視界に入った。


「村岡さん、んやなかったの?」


「来たら悪いんか?」


「いえ、珍しい思うただけや」


めし、買いそびれたさかい、ちょっと覗いただけや」


「ほんならカレーパンどうです?人気やで」


「うるさい!自分で選ぶわ」


「ふ〜ん。まあ、ええですけど」


「俺はレストランで優雅に食うわ。ここのカレーうまいし」


「カレー?今日はカレーですけど?」


「ほぉ、ほなチキンカレーにするわ。カレーパンより豪勢やろ」


「へぇ……」



鳥好きなのにチキンカレーも食うんかいな。

それよりあの人、

なんであないにひねくれてんやろ。


けど、案外おもろい人やな。

嫌な奴やけど観察してる分には害ないし。

口は私の方が達者やしな。

最初だけやったな、勢いあったんは。


村岡さんの観察をしている暇もなく、

無事にマルシェが終わった。

駅長が皆んなを集めて挨拶をする。


「皆さん、長い時間お疲れさんでした!今日はほぼほぼ完売や!売り上げも前回より良かった。大成功や!」


「やった〜」


「お疲れさん!」


「くたびれたけど、楽しかったわ〜」


阿佐ヶ谷姉妹……ちゃう、さんらも最後まで残ってくださって、片付けを手伝ってくれた。


「またイベントごとがあったら言うてな?」


「ハロウィンとかクリスマスとか正月とか」


「その時はまた、宜しゅうお願いします!」


お2人が売っていた手作りの小物も

けっこう売れたらしい。

私も和柄のガマ口ポーチを買うた。


こんなんええな。

スタッフもお客さんと一緒に楽しめるもんなんやな。


「さっ、今日は早う帰ろ」


帰宅すると普段は静かな余呉よごの家が

外まで騒がしい。

この声はお父ちゃんとお母ちゃんや。

あの後こっち来たんやな。


あ〜しんど。こんな疲れとる時に

あの2人の相手すんの嫌やな。

そやからこっちにおんのに……

仕方がない。たまには相手せんと。

腹をくくって中に入ると


「ただいま〜……」


「おかえり〜!」


「待ってたで!!」


そこで私は想定外の光景を目にする。

なぜか村岡蒼介が両親や祖父母に囲まれて

うちでご飯を食べている。


「は?……何でおんの?」


「こっちが聞きたいわ……」

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