第10話 カモが葱を背負って来る

道の駅では月に一度開催される

マルシェの準備が始まっている。


これは数年前から

地元の個人商店や農家と一丸となり

様々な物を販売する地域活性化のためのイベントだ。


穂乃果は初めての参加で、

会場となる駐車場での設営や

店内の配置換えなども手伝い、

段取りを覚えていく。


あいまにSNS用の写真を撮りながら

駅長の坂本に提案する。


「この際、店内のレイアウト変えてみるんもええんやないでしょうか」


「そうやなぁ。普段はできんし、やってみようか!」


いつも売り場や配膳に出ている

吉野や由佳、孝介からも意見を聞き、

売り場を4分割する形で動線も広げた。


「ええな!これなら行き来しやすいわ」


「ほんまやな。入り口からもぱっと見広う見える!」


「そうですね。けど、なんか足らん気ぃがする……なんやろ」


穂乃果は飾り気がない店内を見渡し、

かつて関わった売り場作りを思い返した。


客の購買意欲を刺激する何かが足りない。

東京ではいち早く

季節の移ろいを売り場で表現していた。


「そうや。秋らしい飾り付けしません?」


「秋らしい飾りつけて何?」


「たとえばモミジやらススキやら、お月さんやらお団子やら。そんなんがあるだけで秋らしくなります。視覚からの販売促進は大事やと思います」


「言われてみれば、スーパーもそうやな」


「けど、うちはそないなこと、してこんかったしなぁ」


「飾り付けはどないすんの?」


「ほやほや。今からグッズ買って飾りつけしてて、難しいやろ」


「う〜ん、ネットとか百均で買えば明日にはどうにか……」


「そない予算ないで?」


提案したものの時間的にも予算的にも難しい。すると毎日のようにやって来ている道の駅の阿佐ヶ谷姉妹こと常連女性2人組が話に加わってきた。


「あるで!」


「あるある!ぎょうさんある!」


「……?」


聞けば2人は手芸教室に通っており、

色々作ったはいいが発表の場がないまま、

ただただ作品が増えて困っていたと言う。


「家かてそない置くとこないしなあ」


「そやけど何かに役立ててもらえるならなぁ」


これまで制作した作品を持ってきてもらうと、

販売できるほどの腕前である。

風呂敷や着物の生地で作られた

秋らしい小物の数々に

駅長を始めとしたスタッフは感嘆した。


「こらすごいなぁ」


「もともとは吊るし雛を習いに通い始めたんやけど、色々作ってるうちに、なんや楽しなって。ほんでどんどん作っとったら溜まる一方で」


「ほやほや、正直困っとったんや。そやさかい、つこてもらえると、こっちもありがたいわ!」


2人は「さつきさん」「みどりさん」と

互いを呼び合っており、

この日を境に『道の駅の阿佐ヶ谷姉妹』から

『さつきみどり』と呼ばれるようになった。


「駅長、さつきみどりの小物も売ったらええんとちゃう?」


「おっ、そらええな。穂乃果ちゃん早速やけど、さつきみどりに承諾とってくれる?」


「はい。聞いてみます」


「しかしあの2人がなあ。意外やったな」


「いつもは大して買いもんもせんで、ドリンク一杯で何時間も居座って、ずっとお喋りしとったもんなぁ」


「ほぼ毎日おるさかい、他のお客さんからスタッフと間違われてましたわ」


「しかもちゃんと応えとったしな。あちらです〜言うて」


「ほやほや。けど忙しいとあれが助かるんや(笑)」


皆2人のことを

『カモがねぎを背負ってきた』とたたえながら

吊るし飾りや小物をディスプレイした。

これにより、店内はがらっと雰囲気が変わる。


「ええやん!」


「お月見団子もある!」


「山本山のおばあちゃんもおるよ!」


「穂乃果ちゃん、これらもSNSにあげようか」


「わかりました。撮っておきます」


穂乃果は少しずつ職場に馴染み始めている。いつの間にか呼び名が『山本さん』から『穂乃果ちゃん』に変わっていた。ただ、生真面目な滝沢だけは『山本さん』を貫いている。


「山本さん、お昼まだやろ?行ってきいや」


「では、休憩いただきます」


「ゆっくりしてきや?あんたいつも早う帰って来るけど、ちゃんと休憩するんも仕事のうちや」


「わかりました。ほな、そうさせてもらいます」


祖父母から毎日作ってもらっていた弁当も、今日はまかないを食べるからと言って持ってこなかった。だから初めてレストランの賄いをいただく。


「穂乃果ちゃん、好き嫌いあるか?」


「特にないです」


厨房スタッフの真弓が持ってきたまかないはビワマス丼。これはレストランの人気メニューの1つだ。ビワマスは琵琶湖にしか生息していない固有種で、この辺りでは刺身で食べたり塩焼きにしたり、炊き込みご飯にする。ここではミニサラダと味噌汁までつけて出している。脂がのったぶ厚い切り身はマグロやサーモンにも引けを取らない。


「こんなお客さんと同じもん、賄いで食べられますの?」


「たまにな。せやけど今日は特別やで〜」


「ほやほや。穂乃果ちゃんの初賄はつまかないやさかい」


真弓と直哉が

穂乃果の食べっぷりをニコニコ眺めている。

そして時々声をかける。


「どうや?」


「うまいか?」


東京で働いていた頃、昼食はほとんど1人で済ませていた。クライアントの店でいただくこともあったが、それ以外は打ち合わせや会議の合間に、カップラーメンやコンビニのおにぎりで済ませてばかりだった。その時間さえとれない日もあったが、そんなことは自己責任と、誰も他人を心配することなどしない職場であった。穂乃果自身もそうであったから当時と今を比較し、しみじみ思う。


“ ここの人らて、どこまで人がええんや……”


「え……なんで泣いてん?」


「泣くほどのことちゃうやろ!」


「こんなん、長浜出身やったら食うたことあるやろー」


「そやけど、ほんまに美味しいんです」


今とは真逆の状態にあった少し前の記憶がフラッシュバックしている。それは懸命にやっていた仕事が思うようにいかず、立ち行かなくなった時のこと。



「あなたのせいであの店は潰れたのよ?」

「よく平然としていられるよね」

「その関西弁、なんとかならない?」

関西訛かんさいなまりが鼻につくって、クライアントから言われたよ」

「うんちくはいいから早く業績上げてくれよ」

「あんたの言う通りにしてこのザマだ」

「どうしてくれるんだ。余計なことしやがって……」



「穂乃果ちゃん?どうしたん?」


「口に合わんかったか?無理せんでええよ」


「いえ、ワサビつけ過ぎてしもて。ご馳走様でした!」


ふいに襲いかかってくる苦い思い出を

水と一緒に流し込んだ。


こんな時は外に出て

琵琶湖を眺め深呼吸する。


ぽつんと浮かぶ竹生島ちくぶしまを見ていると、

心が落ち着くからだ。

しかし決まって邪魔が入る。村岡蒼介だ。


「なんや暇そうやな」


「暇ちゃいます。おかげさんで繁盛してますんで」


「ほぉ。繁盛?そらたいそうなこっちゃ」


「そうや、明日マルシェありますけど?」


「そやから何や。興味ないわ」


「おいしいもん、ぎょうさん出るで?」


「は?俺は忙しいんや。渡りのシーズン始まったさかい」


「そうですか。けど、なんで鳥は渡りをするんやろ?」


「そんなん自分で調べろ!」


「ケチやな」


「はぁ!?」


なんだかんだ毎日口をきいている蒼介には

遠慮なしで言いたいことが言える。

蒼介が文句を言いながら鳥の渡りについて

うんちくを語り始めると、

ポケットから飴を取り出して

無理矢理、口元に放り込んだ。


「な、何するんや!」


「よう喋るさかい、喉やられてまう思うて」


「いらんことすな!」と言おうとしているが、

飴が口に入ってモゴモゴしている。

そんな蒼介を見て穂乃果はほくそ笑み


「うちで売ってる飴ちゃん。ほな、忙しいさかい、お先に失礼します〜」


「こっちかて忙しいわ!!」


蒼介は怒りながらも

穂乃果からもらった飴を最後まで味わった。

それはとても懐かしい味で

昔からこの地域で愛されている

菊水飴きくすいあめという水飴みずあめ粒飴つぶあめだった。

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