第7話 一石二鳥

「戻りました」


「山本さん、おおきに!とりあえず、皆んな腹ごしらえしよう」


「は〜い!私エビマヨ〜」


「あっ!それ俺がもらおう思うてたんやで?」


「人生早い者勝ちや〜」


「なんやそれ〜」


「なんでもええやん。さっ、早よ食うて、ちゃっちゃと終わらそか」


「いただきます〜」


「よばれよ、よばれよ」


勤務2日目にして残業になった。

面接時に月末の棚卸し以外

残業はないと言われていたけど

それはさっそく破られた。


まあ前職に比べれば、

こんなん残業とも言えんけど。


全員居残りでもういっぺん、

商品の期限を確認する作業にあたっている。

それはレストランスタッフを含めた

従業員総出の残業となった。


昨日お土産を買ったお客様から

クレームが入り、

駅長が大阪まで謝罪に行ったことで

再度全ての商品の確認を一からしているうちに

いくつかまだ漏れがあることが発覚したからだ。


最初はタッキーこと滝沢さんが

1人でやっていたのだけど、

到底1人でできる量ではなく

皆さん協力して自主的に残っている。


滝沢さんは皆んなを巻き込んで申し訳ないと、

ポケットマネーで夜食の買い出しを私に頼んできた。そこまでするんかと思いながら買い出しに出て、買ってきたものを事務所で広げた。そこで滝沢さんがいないことに気づく。


「あれ、滝沢さんは?」


吉野さんがサンドイッチを頬張りながら答える。


「皆んなで食べてって。自分だけまだやってるわ」


「え……けどもうないんとちゃいます?ほぼ確認しましたよね?」


「ないと思うんやけど……」


由佳さんと孝介くんも首を傾げ


「けど、棚卸しも普段のチェックも、ちゃんとやっとったよなぁ?」


「ほうや。きちっとデータと照らし合わせてやっとったんやで?」


「俺もやりました。なんで漏れたんやろ……」


「そういえば先月も1件あったよなぁ。ここまで大事にはならんかったけど」


「ほうやほうや。あれは乾物やった。けど今回はちょっと期限短いもんやったさかい、土日の忙しさで見落としてしもたんやろな」


「こう立て続けに起こると、やっぱり滝沢さんもなぁ……」


皆んな責任を感じているようで

早々に食べ終えてまた戻っていく。


それに比べて入ったばかりの私は、

どこかまだ他人事というか、

何か違うなと感じて、

1人で過去の資料などを眺めていた。


「ん?なんか数字、変やな……」


まだ小さなお子さんがいる由佳さんや

大学生の孝介くん、恵里さんには早めに帰ってもらい、最終的には吉野さんと私と滝沢さん、レストランの直哉さんと真弓さんの5人になった。


冷蔵や冷凍ものもチェックし、

全てが完了したのは22時だった。

ちょうどその頃、

大阪に行っていた駅長が戻ってきた。


「皆んなお疲れさんやで、遅うまですまん」


「駅長、お帰りなさい!」


駅長が買ってきてくれた豚まんをいただき、

今日はもう帰っていいと

ようやく解散になった。


だけど滝沢さんだけは

駅長と話をするらしく事務所に残った。

吉野さんが呟く。


「タッキー、自分を責めすぎやわ」


直哉さんも頷きながら


「クソ真面目で気にしいやさかいな」


真弓さんは明るく締めた。


「けど食べもん扱ういうんは信用第一や。また皆んなで気ぃ引き締めんとな!」


お弁当やらお惣菜は

決まった時間で下げるようになっているけど、

日持ちするものなどはデータを照らし合わせながら定期的なチェックで管理している。


仕入れに来る業者さん達もそれは同じで

食品を扱うからにはその辺は徹底されているはずなのに、こうした人的ミスが起こった原因は何か。反省だけでなく分析して改善しなくてはならない。


データ管理の仕方はちょっと古いけど、

あっこの人達、そないええ加減でもないし、

なんでああなってしまったんやろう……


帰宅後もスッキリせず、

さっき見たデータを思い返していた。


「穂乃果?なんかあったか?」


「え?」


「さっきからぼーっとして」


お爺ちゃんお婆ちゃんは

こんな時間までご飯とお風呂を用意して

私を待ってくれていた。


毎日、私の好物ばかり作ってくれて、

今日はかぼちゃの煮物とほうれん草のお浸し、立派なエビフライまである。


「こんなん毎日ええよ。大変やん」


「なんてことない。穂乃果が来てくれて、うちらも元気出たんやで」


「ほやほや。気にせんと食べや」


さっき食べた豚まんのせいで

全然お腹がすいていなかったけど、

こんなんしてもろたら

無理矢理にでも食べんとバチが当たりそうで

必死になって全部食べた。


「ご馳走様でした」


「どういたしまして」


2人は交互にヒソヒソ話しかけてくる。

「仕事大丈夫か?」

「しんどないか?」と聞いてくる。

それに対して私は「大丈夫や」とだけ答えた。


大丈夫。

前に比べたらなんてことない。

誰かを蹴落としたりバカにしたり、

人のせいにしたり、

ののしるような人は今のところいない。


それどころか、

滝沢さんのために皆んなで残ったりして、

ええ人ばっかしや。


あっ、あかん奴が1人おった。

隣の……なんやったっけ。

そうや、村岡蒼介。


けどあの人はただ

鳥ファーストなだけそうやし。

吉野さんもちょっと気難しいだけやて言うてはったしな。第一、隣ってだけで私には全く関係ない人やし。


お風呂から上がると日付が変わっていた。

あぁ、今日は何も起きませんように……


それからは毎日SNSの更新や経理など

少しずつ任される仕事が増えていく。


「助かるわ。おおきに」


「いえ、どういたしまして」


滝沢さんは仕事中わりと無口で

愛想も良くはないけど、

感謝と謝罪はできる人らしい。


結局、期限切れの漏れは

データ管理の手入力によるミスとわかった。

恐らく滝沢さんが担っている仕事量の多さと

私が入る前に1人欠員が出たことによる

人手不足にあると推測できる。


新たなソフトを導入すれば

簡単に解決できるのだけど、

システムを変えるだけの体力が

この道の駅にないことは早々にわかった。


だから業績を上げるまでは

マンパワーで乗り切るしかない。


これからはデータ管理を、私と滝沢さんと駅長のトリプルチェックをすることで再発防止策を講じた。


他にも受電やメールのチェックも行い、

これらは以前もやっていたことだから

そんなに苦ではない。


とにかく新人だし、

教わりながらやれるだけのことをやる。

いらんことはせんように、言わんように。

悪目立ちせんようにせな。


「山本さん、休憩行きや?」


「ほんなら行ってきます」


あいた時間には店に出て

お客さん達の動きをさりげなく観察する。

時にはレジや品出しも行う。


そうしているうちに

常連さんの顔を覚え、

混む時間帯やお手隙の時間帯も把握した。


休む時間ないけど業務全般覚えられるし、

数ある商品も把握できる。

一石二鳥や。


こっちにきて使い始めた新しいメモ帳にも、

日々書き留めたあらゆる知識が増えていく。


新米が入荷した、特産のブドウがぎょうさん売れる、鮒寿司ふなずしだけ毎日買いに来るおっちゃんがおるとか、阿佐ヶ谷姉妹っぽい常連のおばちゃん二人組がおるなど、役に立つんか立たんのかわからん情報も見返していると楽しかった。


なんとなく挟んでおいた村岡さんからのメモ紙もそのままにしている。


何かをちぎったクシャクシャの紙に

殴り書きされた『イソヒヨドリ』の文字。

どんな鳥か調べたらキレイな青い鳥やった。


鳥に関心ないけど、

知って損することは1つもない。


けどあの人、

鳥好きなのに焼き鳥をうてたな。

ほんなら鶏の唐揚げも食べはるんか?


絶対、変人や。

あの人には関わらんとこ。

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