第6話 閑古鳥が鳴いている

俺以外の職員は車通勤で、

けっこう遠くから通う人もいる。

そうは言っても職員は俺含めて5人。

そのうち3人は嘱託しょくたくで俺もその中の1人。


ここに来て今年で4年になる。

あと1年で満期となり

その後はどうなるかまだわからない。


そやけど他にやりたい仕事もないし、

給料は低くてもやり甲斐はある。

人間関係だって今くらいがいい。

そこまで踏み込んでくる人はいないし、

ちゃんと業務さえこなしていれば、

何も言われることはない。


住まいはセンターから自転車で片道30分弱。

湖岸を北上し内陸に入った木之本きのもとにある。恐らく街らしい街は県内でここが最北だろう。


北陸本線の木之本駅周辺は、

商業施設やコンビニ、飲食店もあって

帰りは必ずスーパー『ピース堂』に寄り

夕飯やタバコを調達する。


1人暮らしだから気ままで、

食いたいもんを食い、飲みたいものを飲む。

甘いものやスナック菓子は大好物。


ストレスや疲れが溜まった時は

そういった好物だけで腹を満たすこともある。


今日はどっちや?


良いこともあったし悪いこともあった。

そうや、今日も自分を労おう。

一目散にデザート売り場に行き、

プリンやシュークリームをカゴに放り込み、

やっぱり酒も飲もうかと、つまみを調達する。


「今日は品揃え悪いな……」


よく買うコロッケやたこ焼きがない。

仕方なく俺の中では二軍になっている

出来合い品を手に取りレジに並ぶ。


いつもより混んでいる。

そろそろここもセルフレジとか作ってくれんかな。


このスーパーは

セルフレジも電子決済もない。

だから夕方や土日はレジが混雑を極める。


人の目など特に気にならんけど、

30過ぎの独身男が

嗜好品や惣菜ばかり入れたスーパーのカゴを持ちレジに並んでいる姿は、

どうにもみっともない気がして、

割高でもコンビニに行けば良かったと

こんな時毎回思う。


けどあと少し、次で俺の番。

前に並んだおばちゃんはやたら買い込んでいるが、店員さんのレジ捌きは職人技だ。


どんなに並んでも

俺はこの人と決めた店員の台にしか並ばない。

早くて丁寧で間違いのない人に

自分が買う商品を委ねたいからだ。


間違っても見習いバッチをつけた

新人のところになどいかない。

仕方がないのはわかっているが

以前プリンををひっくり返されて

えらい目にあったことがあるから。


そろそろかと

リュックからマイバックを取り出していると

背後から話しかけられた。


「えらい偏食やな」


「は?……」


まただった。

道の駅の新人・山本穂乃果。

なんでこないなとこに……


しかも人が買ったものを覗き込み、

ドン引きしながら話しかけてくる。


「鳥好きなのに、焼き鳥食べはるん?」


「関係ないやろ!てか、急に話しかけてくんな!」


「すんません、前におったんで、つい」


うちの勤務時間は17時まで。

道の駅は18時までやっているから

コイツは俺よりも

勤務時間が1時間は長いはずなのに、

なぜこの時間にもうここにいるのか。

それも着替えもしないで

あのダサいユニフォームのまま……


「あぁ、もうクビになったんか。そらそうやろな」


やさかい、

あの温厚な駅長もさすがに堪えきれんかったんやろう。


「ちゃいます。皆さんの夜食、買うてきて言われましたんで」


「夜食!?」


そうこうしているうちに

レジの順番が回ってきて

その理由は聞かずじまいだった。


道の駅はよほどのことがない限り

残業なんてしていない。

なのに皆んなが残らなくてはならないほど

何か問題が起こったのだろうか……


別に俺には関係ないが、

わざわざ隣で袋詰めしだした

レジ袋に品物を雑に放り込んでいる。

そのおにぎりやパンの数を見ると、

ほぼ全員残業になったことがわかる。


「ほな、お先に。あっ、さっきはおおきに」


「おおきに?何を……」


「鳥の名前、紙に書いてくれはったんやろう?勉強になりました」


全く心がこもっていない感謝を述べて

は店を出て行った。


「なんやアイツ……」


ほんまに東京でコンサルしとったんかいな。

あんなコミュ障、なかなかおらんぞ。

ようあんなん雇ったわ。

そんなにあっこの道の駅ヤバいんか?


確かになんでもない平日は

閑古鳥が鳴いている状態だ。


隣が潰れたら色々不便だし、

駅長や吉野さん、直哉さん達には

世話にもなっとるしやや気がかりだ。


そうは言うても

俺の方が社会的には遥かに不安定で

人のことを心配している場合ではない。


やりたいことを続けるか

生きていくために職を変えるか、

選択の時が迫っている。


好きなことで食べていける人間は

この世に一握りしかいない。


焼き鳥を食いながら

野鳥の本を読んでいる俺は

世間の役に立っているとは思えない。


でも、少なからず生態系の未来には

何か役に立てたらと思う。


単身者向けのアパートは

街から少し離れていて静かだ。

目の前には水路が流れていて

ちょっと歩けば田んぼもある。

夜はサギの鳴き声がし、

時期になるとカモの親子が水路を泳ぐ。


山本山やまもとやま賤ヶ岳しずがたけなどの低山も近所にあって、

休日は山を歩いて生態観察をする。

子供の頃からそうしてきた。


夜行性の鳥類が活動しだした頃、

珍しく電話がかかってくる。


以前、センターから依頼して

オオワシの木彫刻を作ってくれた

富山の木彫刻職人のわたるだ。


奴が制作するにあたって

実物を見たいと言うから、

毎年越冬のため山本山にやってくる

通称『山本山のおばあちゃん』と呼ばれる

オオワシのメスを見せるために案内してから、

なぜか意気投合し時々連絡を取り合っている。


「おぉ、久しぶりやな」


「そくさいけ?(元気か)突然すまん。どうしとるか思うて」


航も人付き合いは苦手で

俺と似たようなもんやったけど、

結婚してから人が変わったように

なんやこう、角がとれて丸うなったように思う。


そんな航に最近観察した鳥の話や

今年も『おばあちゃん』が山本山に来るかなど

他愛のない会話をした。


たぶん俺が友達もいない一人もんやさかい、

気にかけて生存確認しているんやろう。


「ところでお前、子供生まれたんやて?おめでとう」


今年の正月に

家族写真を加工した年賀状が届き、

とうとう航まで他の同年代と同じになったのかと、やや落胆したことまでは言わずに飲みこんだ。


「けっこうええもんやちゃ。子供できんのも」


「ほうか。お前も変わったな」


「蒼介、誰かええ人おらんがけ?」


「ええ人?おらん。知っとるやろう?俺は人間嫌いやし、特に女は御免や」


航は笑いながら「俺もそやった」と言う。

そしてこうも言ってきた。


「けど、いつどんな出会いがあるかわからんさかい、そん時は知らせてくれま」


「絶対ない!俺はお前と違う!」


何かあったのかと聞かれ、

山本穂乃果という変人が

俺のテリトリーに入ってきたことが

ストレスになりそうだと愚痴をこぼすと、

航は妙に面白がって

最後にわけのわからんアドバイスをしてきた。


「1つ忠告やけど、言い返せんような相手にひどいこと言うたら、だちかん(ダメだ)」


「はぁ?アイツ、そないやわな女やないで?」


いつもは5分くらいしか話さないのに、

今日はえらい長電話になった。


同類だと思っていた男が

たかが結婚しただけで

これほど変わってしまうとはと

なんや複雑な心境になった。


そういや、いつだか航が言っていた。


好きなものだけ作っていたいが

そうもいかない。

需要や時代に合わせて変わっていかないと、

閑古鳥が鳴いて

あっという間に潰れてしまうと。

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